第149話 布陣

 いよいよ聖王国との最終戦争が始まる。こちらの兵力は全部で一万八千。うちジャムカ達騎馬民族が二千でジェベル辺境伯の騎兵が千になる。

 総指揮官はもちろん我らがベリサリウスで、俺は飛龍部隊を率いる。騎馬民族はジャムカ。辺境伯騎兵はハゲのモンジューが率いる。

 本隊指揮官はベリサリウスになるが、指揮官が不足してるんだよなあ。その辺りは猫耳族や部隊長の経験のある傭兵などに任せることになったんだけどね。


 しかしまあよくこれだけの兵が集まったものだよ。予定されてたとはいえフランケル郊外の平原へ一同に会すると圧巻だな。


 俺たちローマ混成軍はこれより東方の戦争予定地に向かう。既にマッスルブをリーダーとした工兵隊は現地に到着しており作業を開始している。

 ローマ混成軍が現地に到着次第、工兵隊を手伝うことが予定されていて、今回の作戦の肝は陣地作成なんだよね。ここをしっかりこなさないと勝利に繋がらないだろう。

 

 俺はエルラインとミネルバに乗り、先に現地に向かう事にする。フランケルからミネルバの速度なら十五分程度でついてしまった。いやあ。航空機って凄いよな。ミネルバは生き物だけど……

 

 マッスルブ達は防御陣地の構築に汗水流しているようだったが、は、早い。すでに最前線の塹壕を掘り終えている。一直線に掘られた塹壕からフランケル側に俺達のメインとなる防御陣地を構築する予定だ。

 この防御陣地は、馬車を組み立てて構築する。馬車の前面には鉄板かコンクリートで固めた炎弾でもビクともしない板を用意して、前面の板には中央と下部に水が通るような梁が取り付けてある。

 中央の梁より上の部分には一枚の板につき四つの小さな穴が開いており、中から外へ射撃できるようになっている。

 

 馬車の中にはクロスボウを持った射撃兵を配置し、クロスボウの弦を引くだけの人員も配置している。こうすることで、絶え間なくクロスボウを発射することが可能になっている。信長の三段撃ちみたいな感じだけど、火縄銃は残念ながらないからクロスボウで代用している。

 クロスボウは弓と違って、弓の矢にあたるクロスボウボルトを引くことが手間だが、狙いをつけて発射することが出来るし、弓と違って発射するだけなら力も要らない。狭い場所から狙いをつけるには向いてると思う。

 

 俺達の陣地を整理すると、最前列に穴を掘っただけだけど胸辺りまでの深さがある塹壕。そこから少し離れて、防御陣地の本隊である馬車がずらっと横一列にならんでいる。

 

 当日の配置は、塹壕に人を配置するが様子を見てすぐに撤退。塹壕は相手の戦力を見極める為にしか使わない。馬車には事前に射撃兵が詰めており、馬車同士は連結され一直線に並んでいる。馬車の端が無防備になるから、ここを歩兵が固める。

 馬車の後ろには騎兵と、歩兵、射撃兵の交代人員を配置する。

 

 最初ベリサリウスから馬車戦術を聞いた時、俺は耳を疑ったよ。もちろん馬車戦術がダメな戦術ってことじゃない。馬車戦術を思いついたことにビックリしたんだよ。

 馬車を連結させ、防御陣地とし火縄銃の部隊を密集させて攻撃する……この戦術はベリサリウスより遥かに後の時代に猛威を振るった。

 

 時代は十五世紀のボヘミア。現在の地球で言うところのチェコ西部で生み出された戦術だ。当時異端とされたキリスト教の一派にフス派ってのがいた。フス派のフス自身は処刑されてしまったが、残った者は闘争の道を選ぶ。

 フス派の信徒を率いた人物こそ馬車戦術の創始者ヤン・ジシュカだ。彼はロクな戦闘訓練を受けていないフス派の信徒を率い、圧倒的多数の敵兵を幾度となく破った。

 馬車戦術は騎兵の突進を防ぎ、火力を集中運用することで素人が撃っても敵に当たり有効な戦術となりえた。

 

 たかが馬車と思うなかれ、これを馬車だと認識していては勝てない。馬車だけに機動力は無いが、これを破ろうとするならば攻城戦のつもりで挑まねば崩すことはできない。

 左右から回り込めば話は変わるが、こと正面戦力に関してはただ突進するだけで破ることはできない城壁なのだ。

 

 ベリサリウスがヤンジュシュカを知っているわけではないから、彼は独自にこの戦術を思いついたのだろう……すさまじい戦術センスだよ。ただ、今回の戦争目標は敵を退けることではなく、敵を打ち破る必要がある。

 聖王国が攻撃を攻撃を諦めて立ち去るだけではダメなんだ。必ずしも敵兵力を撃滅する必要はないが、俺達には敵わないと思わせなければならない。

 

 ずっと馬車で引きこもってるだけにはいかないだろうから、ベリサリウスは次の手も考えている。その為に馬車前面に張った板には梁を取り付けてあるんだ。

 

 俺とエルラインとミネルバはマッスルブらを遠目で眺めながら、ベリサリウスら本隊が到着するのを待つ。マッスルブ達を手伝おうと思ったけど、逆に邪魔になると彼らから協力を固辞されたんだ。

 

「エル。ベリサリウス様の戦術は凄いよ」


 手持無沙汰になった俺は隣で腰かけるエルラインに声をかける。

 

「良くこんなことを思いつくね。まあでも、この戦術は君の成果でもあるよ」


「え? 俺は何一つ考えてないんだけど……」


「全く……本当に気が付いてないのかい?」


 エルラインは呆れたように肩を竦めると、俺の成果とやらを説明してくれる。

 ベリサリウスは使える物は何でも使おうとする。聖教騎士団では飛龍を。辺境伯との戦いではギリシャ火を。辺境伯との戦いでギリシャ火の性能を確認できたベリサリウスはこの戦いでギリシャ火の効果的な運用を戦術に取り込んだと言うのだ。

 もちろん、飛龍も戦術に取り入れている。

 

「なるほどな……確かにギリシャ火を今回も使う」


 俺は納得したように頷く。

 

「それだけじゃないよ。遠距離会話のオパール。これも有効に運用している」


「それは俺も分かるよ。遠距離会話のオパールはこれまでの常識を完全に覆す素晴らしいものだ!」


 情報の大切さは他の何にも勝る。風の精霊術と遠距離会話の魔術は使える者が限定されていたが、遠距離会話が俺達に与えた恩恵は計り知れない。

 ローマの警戒網は情報戦で圧倒的に敵より優位に立つことが出来た。 

 

「僕も驚いたよ。遠距離会話がここまで優位性を持つなんてね」


「そうだよ。エルのお陰だよ。ありがとう」


「全く君は……」


 エルラインは額に手を当て、ハアとため息をつく。

 のんびりとエルラインと会話していると、馬の走る音が近くなって来る。どうやら先に騎馬隊が到着したようだな。

 ジャムカとモンジューが率いる騎馬隊だ。彼らの部隊はそれぞれ今回の作戦の肝になる。

 

 俺は立ち上がり、大きく伸びをすると騎馬が向かってくる方向に目を向ける。さあ、いよいよだぞ。

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