第148話 聖王国の会議

――聖教騎士団 ムンド

 聖王国は偶発的に遭遇した草原の民と聖王国騎兵隊の戦闘結果を見て態度を豹変させたジェベル辺境伯に本格的な懲罰ちょうばつを加えることを決定した。

 ジェベル辺境伯はやり手の貴族として聖王国内でもそれなりに名声があったのだが、魔の森と関わって以来これまでのやり手の姿がなりを潜め日和見主義が目立つようになってきている。

 彼の立場が私とて分からぬわけではない。正直、魔の森と戦い勝利することは非常に困難だろう。しかし、魔の森にラヴェンナという街が出来たとあっては辺境伯の務めを果たさなければいけない。

 

 辺境伯はラヴェンナに手を焼き、聖王国へ無断で融和政策を取る。私の個人的な考えでは、戦って勝利することが困難なラヴェンナを相手どるより融和政策を取るほうが望ましいとは思う。しかしそれでは聖王国が許さない。

 聖王国は辺境伯にラヴェンナとの融和を停止するよう働きかけたが、辺境伯はのらりくらりとかわし続けていた。

 

 その結果しびれを切らした聖王国はカミュ様率いる聖王国騎兵隊を辺境伯領へ派遣し威圧を行う予定だった。辺境伯は聖王国騎士団が威圧に向かうことが告げられると、ラヴェンナとの融和政策をやめると宣言し聖王国騎士団を辺境伯領へ派遣しないよう働きかけた。

 これに対し聖王国は誓約書を出すよう辺境伯に迫ったが、辺境伯はまたしても曖昧な態度を取るようになってしまった。

 

 辺境伯の態度にしびれを切らした聖王国は聖王国騎兵隊を辺境伯領に派遣。しかし、聖王国騎兵隊は思わぬ敵に敗れ去る。そう……草原の民だ。いつの間に聖王国の憎き敵「草原の民」を引き入れたのか不明だが、聖王国騎士団が敗れたことで辺境伯は魔の森との融和政策は堅持すると態度をひるがえしたのだ。

 

 辺境伯の不誠実で一貫しない態度には文官だけでなく武官も憤り、辺境伯の懲罰が決定したのだ。辺境伯が聖王国へ敵対するにしても一貫した態度を取っていれば、武官の心象が悪くなることはなかっただろう。

 むしろ、武官は辺境伯の勇気ある態度を称賛していたかもしれない。

 

 このたび私とナルセス様は「辺境伯の懲罰」へ観戦武官として参戦することが許可され、これから私はナルセス様と共に「辺境伯の懲罰」戦略会議に出席するため聖王国王城へと足を運んでいる。

 観戦武官として参加するのは、聖教騎士団第一団を率いる私とナルセス様に加え、私の部下が三百名になる。これだけの人数がいれば万が一の際にもナルセス様をお守りすることができる。

 観戦武官としてこのたびの「辺境伯の懲罰」に参加したいとナルセス様たってのご希望だったので、許可されてホッとしたものだ……

 

 私は後ろを歩くナルセス様をチラリと見やると、彼女はいつものように柔和な笑みを浮かべている。

 「ナルセス様の望みとあればこのムンド、全力で当たらせていただきますぞ」私は心の中で改めて誓いをたて、城の門までナルセス様を先導したのだった。

 

 

◇◇◇◇◇



 会議は騎兵将カミュ様が進行役を買って出て、会議の開始とともに文官へ兵力について協議を始める。カミュ様はなるべく多くの兵を集めたがっていたが、文官から出された遠征にかかる費用やなにより聖王国に備蓄された食料の問題から四万が限界と提示された。

 さすがのカミュ様も王国民が飢えで苦しむ結果となっては本末転倒だと文官の示した兵力に理解を示す。

 

 カミュ様は王国民の生活改善を強く主張している急先鋒なので、王国民の事情を文官から出されては何も言えないだろう……

 

「では。諸君。魔の森――ラヴェンナの戦術は全員聞くところと思うが、私なりに対策を立てた。まずは私の対策を聞いてくれ」


 カミュ様は会議に出席した幹部全てを見渡してから、ラヴェンナの戦術への対応策を説明し始める。

 

 歩兵の装備は二種類準備する。最前列の兵は大盾を持ち後列の兵に長槍を装備させる。その内側に一列大盾部隊を配置し、その後ろにまた長槍部隊を用意する。その他の兵は長槍と短槍を持たせる。

 ラヴェンナの飛龍による火炎攻撃は脅威ではあるが、数が少ない。火炎攻撃を実施してきたら、冷静に盾で防御し、地面に落ちて燃え上がる炎については盾を被せ消化する。

 

 敵は火炎攻撃のこちらの混乱を突いて攻勢に移るだろうから、前列の大盾部隊で敵の攻勢を受け止め、長槍で後ろから逆撃する。

 

 カミュ様はもちろん防戦一方の戦術を考えられておられるわけではない。いくら空を飛ぶ飛龍とはいえ、生き物である限りスタミナがある。飛龍が飛んでいられる時間はおよそ二時間。

 飛龍が飛び始めたことを確認した後、時間を計測し遅滞戦術を取る。飛龍が休憩に入った時がチャンスだ。後列に配置した身の軽い歩兵と騎兵によって一気に大攻勢をかける。

 

 敵は飛龍の部隊を二つに分けて、休みなく空から攻撃してくるかもしれないが、二つに分けた場合は火炎攻撃の威力も半分になるので火炎を受け止めつつ前進して敵をすり潰す。

 

「……というわけだが。どうだろうか? 諸君の意見を聞こう」


 カミュ様のラヴェンナ対策と戦術を聞き終えた会議出席者は一瞬静まり返った後、万雷の拍手をカミュ様へと送る。私もカミュ様の見事な戦術に感動し立ち上がって拍手を送る。

 ただ一人、ナルセス様だけが冷静に柔和な笑みを浮かべたまま動こうとしなかった。

 

「カミュ。草原の民が率いる騎兵はどうするのだ?」


 立ち上がりカミュ様へ意見を求めたのは、戦士将ダリア様だった。ダリア様は長身の赤毛の女性で、二十代半ばとお若いながらカミュ様に匹敵する腕を持つ。

 

「あの厄介な騎兵の特性は概ね理解したよ。ダリア」


 相手がダリア様とあってカミュ様はいつもの柔らかい口調で彼女に応じる。

 草原の民が率いる騎兵は、聖王国の騎兵と根本から違うことを認識しなければならないとカミュ様はおっしゃった。

 彼らは馬と共に生き、馬が生活の一部で繊細な馬の動きで勝負すると太刀打ちできない。いくら訓練を積んだ聖王国騎兵隊と言えども、馬を操る技術に関しては誠に遺憾ながら天と地ほどの開きがあったそうだ。

 

 しかし、彼らの騎乗技術が聖王国より上と認識し、特に馬を走らせるスピードを高く見積もれば次に来る位置の予想はつく。

 

「……というわけだよ。ダリア」


 カミュ様はダリア様へ肩を竦める。

 

「スピードが違うと認識しておけばいいってことだな?」


「ああ。特に方向転換する際の速度が驚異的だ。ダリア。君が考える倍くらいの速度と認識しておいて欲しい」


「なるほど。動きを予測し、大盾部隊で受け止めればいいんだな」


「その通りだよ。ダリア。よろしく頼むよ」


「任せておけ!」


 ダリア様は胸を張り、カミュ様へ応じる。

 

 ダリア様とカミュ様……この二人がいれば、ナルセス様が一目置くベリサリウスにも勝てそうだな……私はお二人の様子を見てそう感じるも、私の隣に座るナルセス様の様子が全く変わらないことに一抹の不安を覚えていた……

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