第147話 備品のチェック

 聖王国との最終戦争開始まであと三週間を切った。俺達はラヴェンナからフランケル郊外の平原まで物資を運ぶ準備を行っている。

 最終戦争が起こるまでの流れはこうだ。カミュの騎兵隊は「偶然」遭遇した遊牧民族に敗れた。ジェベル辺境伯の敵とも味方ともつかない遊牧民族が倍以上の騎兵隊に勝利したことによって、ジェベル辺境伯は態度を一変させ、遊牧民族と同盟を組み聖王国へと挑戦状を叩きつける。

 辺境伯は日和見の小物と聖王国に思われており、適当に辺境伯をあしらえばいいと聖王国の文官を中心に意見が出たそうだが、カミュやダリアをはじめとした武官はこれに反対する。

 辺境伯はその名の通り聖王国内の辺境にあるため、補給線が長くなることを考慮し、充分な補給を受けることが出来る最大限の部隊を用意すべしと武官は主張する。

 

 当初五万以上の兵をもってジェベル辺境伯討伐を主張したカミュら武官ではあったが、文官の強硬な反対にあい遠征軍は四万と定められた。これでもカミュたちは粘ったそうだ。これだけの兵数を動かすとなると、予算を切り盛りする文官からしたらとんでもない金額になるから、カミュたちも文官の主張することは理解できたようだけど、文官の言うように部隊を組んでいては聖王国が辺境伯に勝てない可能性があると踏んでいた。

 カミュらは辺境伯の兵は聖王国軍と変わらないが、後ろに控えるローマやジャムカら遊牧騎馬民族は少数ながらも脅威と見ていた。ジャムカらとは実際にカミュが一度当たっているし、ローマと聖王国の戦は二度あり、その結果がどうなったのかはカミュも知るところだ。

 

 戦争をする場所は同じ聖王国同士ということもあり、農業が行われておらず戦い易い辺境伯領東部平原を指定している。指定した場所で戦うって変な感じだけど、聖王国内の紛争だから可能なんだろうか?

 地球の中世の戦争はこれと似たような形で行われていた時代がある。中世ヨーロッパでは戦争を「ゲーム」的な感覚で実施していた時期があった。場所や兵力を指定して、勝利条件まで定める。勝った方は負けた方に何を行うのかまで記載されていたという。

 これって戦争って言えるのかって俺は思うんだけど、当時は真剣に議論されゲームのような「戦争」で政治が動いていたんだから、政略の延長線上にある戦争という意味ではれっきとした戦争だよな。

 

 こういった背景で俺達にとっての最終戦争は起ころうとしている。聖王国側だと不届きものが挑戦してきたから懲罰するってところだな。

 もちろんこのシナリオはカエサルが絵図を描き、彼のシナリオ通りに進捗した結果だ……本当にここまでもってきやがったよ。あの人は……

 この後のシナリオももちろんある。これが「最終戦争」となるように、戦争後、カエサルがまた暗躍するってことだ。ともかく、「シナリオ」を完成させるには「最終戦争」に勝たなければならない。

 

 こちらの兵は予定通り一万八千。聖王国は四万千。想定兵力もカエサルの予定通りってわけだな。後は戦争芸術ベリサリウスがカエサルの脚本を実演するだけってわけだよ。

 

 ラヴェンナに集められた食料や武器の量はものすごい量があるのだけど、マッスルブらオークが中心となって馬車で運び込む予定の作戦の肝となる解体されたパーツ類が重くてかなり厄介なようだな。

 フランケルまではアスファルトで固めた道があるから、特に問題は無いだろうけど、その先不整地になると馬車の車輪が地面の窪みに嵌ったり、重みで沈んだりしたら大変だろうなあ。一応土を固めた道はあるんだけど……重量が重量だけにちときついかもな。

 

 俺はテキパキと働くマッスルブを遠目で眺めながら、エルラインと遠距離会話のオパールに欠陥が無いかチェックしている。遠距離会話のオパールは部隊と部隊を繋ぐ重要な道具だから念には念を入れておかないと。

 俺が真剣に遠距離会話のオパールを両手に持って通信するか確かめていると、エルラインは呆れたように肩を竦める。

 

「ピウス……そんな非効率で不確かなやり方だと念のための意味がないよ」


「といってもエルライン……魔術が動作しているか調べる術がないじゃないか……」


「ああ。君は魔力を一切持たないんだったね。なるほど」


 エルラインは納得したように頷くと、先端に赤いルビーが付いた杖を一振りする。

 すると、オパールが薄っすらと輝きだす。俺は光りだしたオパールを一つ手に取り、顔に近づけそれを凝視する。

 

 ん。何やら光で紋様が描かれている?

 

「この模様? が魔法陣?」


「うん。そうだよ。まあ、目視で見れたとしても分からないよね」


「ここまで複雑だと差異が無いことを確認するのは無理だけど……」


 俺は再びオパールに目を落とすと、オパールには様々な図形が組み合わされた幾何学模様が光で描かれている。これが間違いないかとか分からないけど、オパールに魔法陣が込められているかの確認はできるぞ。


「けど……なんだい?」


「魔術をオパールに込めたか込めてないかは分かるよこれで。手探りより断然ましになったよ。ありがとう。エル」


「全く。君は……話は最後まで聞くものだよ。こんな不確かな状態で僕が放っておくと思うのかい?」


 ん。まだ先があるって言うのか。俺としてはこれだけでも断然効率があがったんだけどな……手順としてはこうだ。まず魔法陣……魔術が入っているか目視で確認し、光っていないオパールは取り除ける。

 次に両手にオパールを持ち遠距離会話を動作させればいい。手探りよりかなりましなんだけどな……

 

「ええと。まだ先があるってこと?」


「うん。そうだよ」


 エルラインは先端に大きなルビーが付いた杖を一振りすると、白く光っていたオパールに赤い光が差し込んでくる。手に取り観察すると、白い光に赤い光が徐々に侵食していっている。

 幾何学模様を一つ一つ潰していくようにだ。これはまさか……

 

 俺はもう一つオパールを手に取り、二つのオパールを並べて赤い光の動きを観察する。なんと赤い光は、同じ速度で同じ模様を侵食していた。これは、エラーチェックか?

 コンピューター用語でいうところのディフに似ている。プログラムがバージョンアップした際に、過去のバージョンと現行バージョンにどれだけの差異があるかを調べるときに、ディフというツールを使う。

 ディフは左右が一致していれば「一致」と判断し、一致していないところを表示してくれるのだ。

 

 エルラインの魔術はそれぞれのオパールに白い光で表示された図形が同一かどうかを、赤い光でチェックしているんだろう。で、これ同一じゃないと判断された場合……つまりエラーの場合はどうなるんだ。

 

「これは、魔法陣が同じかチェックしているんだな」


「その通りだよ。相変わらず概念を理解するのは早いね」


「これ、不整合が出たらどうなるの?」


「赤く点滅するよ。まあ、そんなオパールは無いはずだけどね。君に渡す前にチェックをしているから」


「ありがとう。エル!」


 エルラインの言う通り、不整合が出たオパールは一つたりともなかった。凄いぜエルライン。

 俺のお礼に彼は照れたように額に手をやると、誤魔化す為か話題を変えてくる。

 

「ところでピウス。マッスルブ達が運んでいるあれは何に使うんだい?」


 エルラインはあくせく重い荷物を運ぶオーク達を指さす。

 

「あれは、馬車の材料なんだよ。あれを使って……そうだなあ。要塞を平原に構築する」


「ふうん。また何か面白そうなことを考えたんだね。楽しみにしておくよ」


 エルラインはクスクスと子供っぽく笑うと、オーク達から目を外す。

 

 要塞と言ったら言い過ぎだけど、あの資材は俺達の切り札の一つとなるだろう。まさかベリサリウスが考え付くと思ってもみなかったけど……

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