第146話 戦後の相談
ジャムカの雄姿を遠距離会話でベリサリウスへ伝えると、彼は非常に興奮した様子で手放しにジャムカを褒めたたえていた。ベリサリウスではジャムカほど巧みに馬を操ることも率いることもできないといかにジャムカが素晴らしいかを長々と聞かされ少し辟易したのは余談だ……
ベリサリウスへの報告が終わることには、ジャムカ達は戦場から引き上げフランケルへ向け兵を動かし始めていた。
<ジャムカ殿。素晴らしい戦いでしたね>
俺はジャムカへ遠距離会話を飛ばすとすぐに彼から返事が返って来る。
<カエサルからの要求が面倒でなあ。次は思う存分やりてえぜ。カミュって奴と一騎打ちもしてえ>
圧勝したにも関わらずジャムカはご不満な様子だ。そこまでカミュと一騎打ちしたかったのかよ。闘技場で一騎打ちして勝ったほうが、戦争も勝ちってできないものか。
それなら平和的に解決できるけど……聖王国が納得しないだろうなあ。ジャムカが一騎打ちで負けたらどうするのかなんて考えようもない。この男が一騎打ちで敗れるなんてあり得ないだろう……ベリサリウスなら互角だったっけ……
ミネルバは持って生まれた身体能力と勘を武器に戦っていて、プロコピウス(本物)にあっさりとあしらわれていたけど、ジャムカも勘を武器に戦うんじゃなかったっけ……俺には同じように思えるけどミネルバとジャムカの実力差は天と地ほど開いてるはずだ。
プロコピウス(本物)やベリサリウスがジャムカの実力はベリサリウスと互角って言うんだから。幾多の戦いを潜り抜け、研ぎ澄まされた自己流剣術と天性の勘がジャムカの武器なんだろうな。
ミネルバとは経験値がまるで違うってことか。死と隣り合わせの戦いを彼はどれだけ潜り抜けて来たのだろう……想像しただけでゾッとするよ。
<ジャムカ殿。次は全軍で出ますので、連戦になりますがよろしくお願いします>
<任せときな。ベリサリウスの手腕を見れるとあってはジッとしてろと言われても戦いに出るぜ>
一か月後、俺達は聖王国軍四万と雌雄を決する戦いをする予定だ。四万でも聖王国軍の全てではないんだけど、カエサルが次の戦いに勝利できればあとは上手くやると言っているので、次が最後の戦いになるに違いない。
<私はジャムカ殿ら英雄と敵対していなくて良かったですよ。勝てそうにはありません……>
<ガハハ。お前も充分強いぜ! 俺もやりたくねえ奴はいるさ>
意外だな。何者も恐れぬジャムカが珍しく戦いたくないって言うとは。
<どなたなんですか?>
<カエサルの旦那だよ。どんな手段を使ったのか分からねえが、奴の言った通りに動いているだろ>
<なるほど。戦場外での戦いは厄介だということですね>
<普通の奴ならそうでもないんだけどな。あいつは異常だぜ……>
ジャムカの言いたいことも分かる。ローマとカエサルが敵対したとしよう。恐らく俺達は戦わずしてカエサルに敗れる。会議の時にとんでもない事を言うと思ったが、実際実行されるとすごいという気持ちより恐ろしい気持ちのほうが遥かに勝る。
さすが英雄の中の英雄カエサルだよ。
<確かにカエサル様は私もやり合いたくありませんね>
<面白くねえからなあ。やるなら殴り合って決める方が好きだぜ>
<……ま、まあ。戦いお疲れさまでした。私は先にローマへ戻りますね>
<おうよ>
ジャムカの考えてることが分からない……俺が考えていたことと少し違う気がする……深く考えても仕方ないし。戻るかな。
俺は隣にいるエルラインに目くばせすると、ミネルバへローマへ戻ることを告げる。
あ、そうだ。エルラインにお礼を言っておかないと。
「エル。君の作ってくれたオパールのお陰だよ」
「そんなことはないさ。遠距離会話も拡声のオパールも使い手次第だよ。僕は道具を提供したに過ぎないからね」
エルラインは肩を竦める。
「それでもさ。エル。俺は君への感謝を忘れないさ」
「全く……君は」
エルラインは額に手をあて呆れた様子だ。でも俺には分かる。彼は少し照れているんだって。
「さあ。戻ろうか。来月の戦争に向けて最後の準備をやらないとね」
俺の言葉にエルラインは静かに頷くと前方へ目を向ける。俺もつられて前を向くと遠方に見えるフランケルの街にちょうど夕日が差し込みはじめ、茜色に染まった空と大地に俺は目を奪われる。
こんなにも美しい景色があったなんて、戦争が終わったらまた空から夕焼けを眺めることにしよう。ジルコンから眺める夕焼けも美しいだろうなあ。海平線に沈んでいく太陽。茜色に反射する波。そこを抜けて行く船……ああ。想像しただけで癒される。
◇◇◇◇◇
ベリサリウスへ改めて報告した俺はエルラインと共に自宅へと帰る。ミネルバにはカチュアが食事を振る舞ってくれているはずだ。たぶんミネルバは食べたら帰るだろう……本当に動物だよなあいつ。
俺達が自宅に到着した頃には予想どおりミネルバは既に帰宅しており、カチュアがリビングへと俺達を迎え入れてくれた。
すぐに食事を準備してくれたカチュアにお礼を言ってから、水だけを飲むエルラインを前にして俺は食事を始める……俺だけ食べるってのが気が進まないシチュエーションだけど、朝少し食べてから何も食べてないんだ。
「ごめんなエル」と俺は心の中で彼に謝ってからキャッサバパンを手に取る。
「いただきます」
キャッサバパンとシチューにキャッサバリキュールとローマらしいメニューにすっかり安心感を覚える俺……俺もローマっ子と言ってもいいのかな……
「ピウス。君は戦争が終わったら何をするつもりなんだい?」
戦争が終わったらかあ。エルラインは何をするつもりなんだろう。世界の謎の解明? 言語の魔法陣はシルフと彼女の主人が作成したことは分かっている。エルラインが興味あることって、世界の謎と英雄召喚のは魔法陣だっけ……
英雄召喚の魔法陣は俺も調べたい。シルフ曰く、英雄召喚の魔法陣を調査すれば日本へ帰る手段が分かると言っていたからな。日本へ戻るにしろ戻らないにしろ、知っておいて損はない情報だ。
「エル。俺は英雄召喚について調べようと思う。聖王国と争うことが無くなれば聖教本部とかにも行けそうだし……」
「ふうん」
エルラインの目が一瞬光る。これは彼がかなり興味を持ったときに見せる仕草だ。
「エルも興味あるの?」
「まさか君が魔法陣について興味を持つとは思わなかったから意外でね。うん。僕は魔法陣に興味があるよ。どんなことが描かれているのか」
「おお。未知の魔法陣には興味が出るものなのか?」
「まあ。そうだね。魔法に関することは何でも知りたいよ。それが僕の生きがいだからね」
エルラインがついてきてくれるなら心強いよなあ。俺は魔法陣のことは全く分からないから……
「エル……」
「その先は言わなくてもわかるよ。君についていこう。全く、そんなもの欲しそうな目で見ないで欲しいよ」
「ごめんごめん」
あははと俺が笑うと、エルラインも子供っぽくクスクスと笑い声をあげる。俺達はいつもこんな感じだったよなあ。
いろいろあったけど、エルラインは今となってはすっかり友人だと俺は思ってる。彼もそう思ってくれてたら嬉しいな。
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