第131話 シルフが這い出して来た

 ベリサリウス邸の扉を開けると、待っていたエリスに物凄い勢いで肩を掴まれる。だからガクンガクンさせないでくれって。また彼女の大きめの胸に俺の顔が突っ込んでしまう。

 恥ずかしくないのかよ……あ、必死過ぎてそれどころじゃないのか。ほんとう残念美人だな。エリスは。


「プロなんとかさん。どうだった?」


 エリスの目が血走っている。こ、これは酷い。


「いい話になりそうですよ……」


「やっぱりダメ……え? どういうこと? プロなんとかさん!」


「ちゃんと話して来ましたから! 首が」


 ガックンガックンし過ぎだって。いい加減首が限界だ。顔が胸に突っ込んでも何も嬉しくない!

 なぜなら俺は小さいほうが好きだからだ。いや、そんなことはどうでもいい。


「いい話ですって! ヤダー!」


 今度は肩を思いっきり押された! エリスは尻餅をつく俺に目もくれず。ヤダヤダ言ってる……今のうちに帰ろう。


 俺はエリスに気がつかれないようその場を後にする。

 結婚式はいつかなあ。エリスもこれで少しは落ち着いてくれればいいんだけど。ベリサリウスにも幸せになって欲しいなあ。帝国時代は不遇だった彼にこの世界では幸せになって欲しい。それは俺の偽りの無い気持ちだよ。


 結局何しに行ったんだ俺は……そうだ。エルラインに言語の魔法陣の事を話すつもりだったんだよ。

 エリスにエルラインへ連絡してもらうつもりだったな……確か。

 ま、まあ。目的が異なったけどいい仕事をしたよな。俺。


 家に戻ったはいいが、中途半端な時間になってしまった。今日の当番カチュアは陽が落ちる頃に来るし、それまで銀の板でも触るか。

 お。カチュアと言えば精霊の事を銀の板の妖精シルフに聞いてみるか。

 俺の持ってるという太陽と月の精霊についても分かることがあれば知っておきたい。

 エルラインは精霊が見えるようになる魔術を研究すると言ってたけど、たぶん忘れてる。


 そんなわけで、自室のベッドに座り銀の板を手に持つとキーワードも言ってないのにシルフが画面に出て来る。


「はあい。遠見とおみ。何か用?」


 いつもながら脱力する可愛らしいアニメ声で画面の中のシルフは手を振る。

 見た目は緑系で統一した可愛らしい妖精なんだが、少し性格に問題が。


「んと、シルフ。精霊って知ってる?」


「精霊? どんなのかしら」


 口に人差し指を当て、首を傾け思案顔のシルフ。トンボのような四つの羽も揺れている……芸が細かいな……


「ん、俺についてるらしいんだけど、見える?」


「そもそも精霊ってどんな生き物なの?」


「生き物……なのかなあ。エルフとかダークエルフとかミネルバ達のような龍といった特定の種族にしか見えないんだ」


「んー。イマイチ見えてこないわね。遠見とおみ自身は精霊ってのがどんな物体? 生き物? なのか分かってるの?」


 そういわれると困るな。精霊って物質なのか生き物なのかと聞かれるとどっちなんだろう。エリスやカチュアの言葉から想像するに、精霊術は精霊に「お願い」をして発動するものらしい。

 となると精霊には意思があるように思えるけど、人間のような精神を持ってるのかといわれると疑問なんだよな。会話が成り立つのかも不明。

 

「正直俺にも分からない……精霊術を使えるカチュアにでも聞いてみるよ」


 ちょうどカチュアが今晩やって来るからその時に聞いてみるかな。


「いくつか要点があるから、そこをはっきりさせてね」


 シルフは指をピンと伸ばし、俺に解説を始める。主な確認ポイントは会話が成立するかどうか、寿命はあるのかどうかの二点らしい。


「了解。カチュアに聞いてみるよ」


「ほいほい」


 その言葉を最後に、「じゃあねー」とシルフは手を振り消えてしまった。

 


◇◇◇◇◇


 

 カチュアに話を聞いた結果、彼女に聞くのじゃなくティモタに聞けばよかったと後悔した……話が掴みづらくて難儀したんだよ……天真爛漫で良い子なんだけど、物事を順序立てて説明してもらうのに向いてなかった。それも致命的に。

 分かったことは精霊は意思を一応理解するけど、難しい内容は理解してくれないみたいだ。精霊に「今日はいい天気?」と聞いても答えは返ってこないし、精霊は言葉を話さない。

 なんとなくだけど、単純なAIみたいな感じだよなあ。特定の命令はこなすけど、意思疎通が不確かだ。寿命は分からないとカチュアは言っていた。

 うーん。ティモタに聞き直した方が良さそうな……

 

 ま、まあ。とりあえずシルフに聞いてみるか。俺はベッドに腰かけ、銀の板を手に持つと、既にシルフが画面に映っていた……

 

「はあい。遠見とおみ


 シルフはトンボのような羽を震わせながら手を振って来た。

 

「やあ。シルフ。一応聞いて来たけど……余り芳しくなかった」


「まあ。分かった事だけでも教えてくれない?」


「ああ……」


 俺はカチュアから聞いたことをシルフに説明する。聞いている間、彼女は小首をかしげ人差し指を口に当てて思案するような顔をしていた。こ、細かいな。本当は生き物なんじゃないか……シルフって。

 

「ふんふん。見えて来たけど私じゃあまだ予測がつかないわね。実際に見えている人を観察しないことには分からないわね」


「そうかあ。少しは予想がたってる?」


「いくつか可能性はあるけど、絞り込めないわね」


「なら、見てみる?」


 俺が問うと、彼女は「うーん」と両手を頭にやり考え込む仕草を行う。ちょっとかわいい……


「うーん。うーん。仕方ないか。あ、これなら……」


 シルフは何やら勝手に解決した様子だけど、何なんだもう。

 

「何か分かったのか?」


遠見とおみ。私が映っている端末は持ち歩けるわよね?」


「そらまあ。平気だけど」


「私が映っていない状態だと、私は外を観察できないのね」


「じゃあ。映っている状態でティモタなりに会わせればいいのかな」


「それだと、私が見えちゃうでしょ。それだと私のルールに反するでしょ」


「もうこの際いいんじゃないの……」


「ダメよ。だからこうするの」


 シルフは画面の中でクルリと一回転すると、画面の端っこに手をかけ――

 

――画面から這い出して来た!


 怖え! ホラーだよ。ホラー。画面からシルフが出て来ると、もちろん画面の中にシルフは居ない。

 シルフが指をパチリと鳴らすと画面は真っ暗になった……


「その端末からは離れることはできないけど、これなら観察可能よ」


「でも、シルフ……見えてるじゃない」


「ふふん。あなた以外には見えないから。大丈夫よ。さあ行きましょうか」


 シルフは羽を羽ばたかせフワリと浮かび上がると、俺の肩に止まる。


「端末を持ってればいいんだな」


 俺は銀の板を掴み、シルフに見せる。

 

「ええ。端末から二メートル以内にしか移動できないから。それは覚えておいて」


「了解」


 せっかく実体化? してくれたけど今日はもうカチュアが帰宅済みだ。次に来るのは明後日……

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