第130話 ボールを投げたぞ
モンジューと会ってから数日たつが、特に変わったことは起きていない。
ローマに闘技場と水道橋を建てる計画をベリサリウスに相談すると、彼は珍しく興奮した様子で特に闘技場の完成を楽しみにしているとはしゃいでいた。
闘技場は墓穴を掘ったかもしれないぞ……
ローマの娯楽施設と思って安易に考えてしまったが、俺が戦う可能性もあるじゃねえかよ!
闘技場と水道橋の事ですっかり忘れていたが、エルラインに銀の板の妖精ーーシルフから聞いた事を伝えないと……覚えているうちに。
といってもシルフから大したことを聞けているわけではないからなあ。伝えたとしても微妙かもしれないけど。
簡単に聞いたに過ぎないし、深いことを説明しようにも俺の頭がついていかないからどうしようもないんだよ。
シルフは俺以外に誰かいると出てきてくれないから、俺が覚えてエルラインに話すしかないんだよなあ。
正直、言語の魔法陣についてエルラインが把握している以上の情報はない。しかし作成者はハッキリしたからそれだけは伝えておくか。
エルラインは神出鬼没だけど、週に数回は俺の自宅に出現しているからそのうち会えるだろ……
ベリサリウス邸から俺の家に行くには中央広場の噴水前を通るんだけど、キャッサバパンを抱えて歩くエリスに遭遇した。
ちょうどいい。エリスに風の精霊術でエルラインに連絡とってもらうかな。
「エリスさん、こんにちは」
エリスは黒を基調にした胸元の開いたドレスシャツにタイトスカート姿で胸とお尻が強調されている。まあ、ベリサリウスは振り向いてくれないみたいだけどね。
「あら、プロなんとかさん。ティンもカチュアもいないけどどうしたの?」
さっそく来たよ。エリスの恋愛脳が!
「ま、まあ。俺の事はほっておいてください……エリスさんはどんな感じなんですか?」
「ベリサリウス様とは相変わらずよ」
あ、地雷踏んだかも。「相変わらず」ってことは何も進んでないってことだよ。一年以上過ぎてんだけどなあ。ずっと同棲してるのにね。
「そ、そうですか。では、俺はこれ……で?」
エリスにエルラインと連絡を取ってもらうことをあきらめ、逃げ去ろうとしたらエリスからガッシと肩を掴まれて揺さぶられる。
俺の首がガックンガックン揺れるが、彼女は構いはしない。あ、前に首が傾いたときにエリスのおっぱいに当たった。柔らかいけど……そんなことを言ってる場合じゃあないぞ。
来る。エリスの恋愛アタックが来る。
「プロなんとかさん。まあそこに座りなさいよ」
「は、はい……」
俺達は噴水前にあるベンチに腰掛けると、エリスは
――三十分ほど経過……
「でね。プロなんとかさん。ベリサリウス様が――」
あー。まだ終わらないのかよ。長い。長いよ!
エリスのベリサリウス話は止まらない。俺は曖昧に相槌を打ち続けるが終わらない。終わらないんだ!
「ちょっと。プロなんとかさん。聞いてるの?」
こういうところだけは目ざとい。もう何回おんなじ話がループしてると思ってんだよ!
「は、はい。聞いてますって」
「そう。それならいいのよ。でね。プロなんとかさん。ベリサリウス様が――」
だからループしてるって! いい加減にして欲しいが突っ込めない。何故って? あまりに必死過ぎて口を挟めないからだ。
「エ、エリスさん。ベリサリウス様とご結婚とか考えてるんです?」
エリスの剣幕に負けてつい言葉を合わせてしまった。これは更に長くなること確定だな……
「え? プロなんとかさん。何言ってるのよもう。そんなの決まってるじゃない! 私の夢よ」
美しい顔はだらしなくにやけ、長い耳もペタンと落ちているエリス……あー。この顔をベリサリウスに見て欲しい。
「結婚の話はしたんですか?」
「もう。そんなの私から出来るわけないじゃない! あ」
嫌な予感がする。とても。そうとてもだ。
「どうしたんですか……」
「そうだ! プロなんとかさん。ベリサリウス様にそれとなく。ね!」
それとなく、何だよ! 何を言えっていうんだよ。
「は、はあ」
「そうと決まればすぐに行きましょう」
ちょっと待て。俺は行くとも言うともいってないだろお!
俺はエリスに無理やり腕を引っ張られ、ベリサリウスの元へ連れていかれたのだった。
そしてやってきましたベリサリウス邸。エリスは「頼んだわよ」と一言残し、外で待ってるようだ。まあ、この場にエリスが来たらよろしくないことは分かるが、行くのかよ俺……
俺は重い足取りで、ベリサリウスの執務室へ向かう。
執務室の扉を開けると、ベリサリウスが笑顔で俺を迎えてくれる。こ、心が痛い……
「ベリサリウス様、折り入ってお話しが……」
「ほう。お前が改まるとは珍しいな」
ベリサリウスは
「以前お伺いしましたが、ご結婚する予定はないのでしょうか?」
そう。ブリタニアに転移したころ、エリスにせっつかれて結婚の事を聞いたことがある。あれ以来、触れたくもなかったので聞いていなかった……
「ふむ。ブリタニアに来て一年以上たつか……お前も結婚したくなったか?」
「い、いえ。私の事ではなく、ベリサリウス様の事なんですが……」
「私か? 私は人に愛されるような人間ではない」
本気で言ってるのかこの人。オークのような女性が好きなうえに、致命的に男女の機微に疎い。毎日エリスから熱視線を受けてるだろうがあ!
なんてことは言えない。どうしたものか。
「ベリサリウス様を慕うご婦人はローマにたくさんいると思うのですが」
「私がか?」
ベリサリウスは珍しく目を見開き驚いている。あ、ああ。帝国時代の彼は俺とナルセス以外のほぼ全員から疎まれていたからなあ。彼の豚じゃない妻はベリサリウスの金に目をつけて近寄ったに過ぎないし、ずっと浮気してたものなあ。
ベリサリウスが「人から愛されない」と思っていても不思議じゃないなあ。
「ええ。ベリサリウス様はいろんなご婦人から愛されてますよ」
「そ、そうか。お前が言うのだから真実なのだろうな……しかし、私がか……」
ベリサリウスはまだ信じられないといった様子で顎に手を当てている。ここだ。ここで押し込まねばならぬ。ならぬのだ俺。
「ベリサリウス様はご結婚されるご婦人の容姿を気にされますか?」
「いや、ハッキリと断言しよう。見た目より私を愛してくれるご婦人が好ましい。アントニナは美しい女性だったが……」
アントニナというのはベリサリウスの帝国時代の浮気性の妻だ。見た目? 豚だよ。豚。もう年中汗が滴ってるよ。エリスとアントニナを人間の男に見せてどちらが美しいかと聞いたら、百人中九十八人はエリスって言うよ。
残り二人? そんなのベリサリウスとジャムカだけだよ!
「そうですか。エリスさんがベリサリウス様を好きで好きでたまらない様子なんですが……」
「エ、エリスがか。エリスは気が利く上、家事も仕事も優秀だ。私にはもったいない」
押すしかないぞ。俺! がんばれ! 俺。
俺は自分を鼓舞し、エリスを押す事を決意する。
「ベリサリウス様が否ではないのでしたら、一度エリスさんとお話ししていただけませんか?」
「う、うむ。お前がそこまで言うのなら……」
ベリサリウスはイマイチ納得できない様子だったが、否とは言わなかった。上手くやってくれよエリス。
全力でボールは投げたぞ。
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