第128話 会談後ザテトラークの様子
――辺境伯騎士団 団長モンジュー
ラヴェンナの二人は龍と飛竜に乗り、あっという間に見えない距離まで飛んで行く。
あの機動力があれば好きなところに急襲をかけることが出来る。その上奴らは火炎壺まで持っているのだ。奴らの火炎壺は普通の油と違い爆発的に燃え広がる。まさに悪夢のような兵器なのだ。
もちろんそのままやられっぱなしになる我々ではない。対応策の準備は行った。ジェベル様のご判断でこれ以上の争いは避けることになったのだが……
私は踵を返し、テラスから城内へと戻る。その足でジェベル様の応接室に戻るとジェベル様とササフラ殿は私が退出した時のままの位置で歓談していたようだ。
「モンジュー戻ったか」
ジェベル様の声に私は敬礼して応じる。
「ジェベル様。モンジュー殿にも伯の戦略を説明させていただきますぞ」
「ああ。頼む」
ササフラ殿とジェベル様は私が退出した後に重要な話をしていたらしい。私にも共有してくださるとはさすがジェベル様、懐が深い。
「ありがとうございます! ササフラ殿。よろしくお願いします」
私の言葉にササフラ殿は長く伸びた白い髭を撫でた後、説明を始める。
「モンジュー殿。辺境伯領は政治的に微妙な立場に立っておるのです」
ササフラ殿の説明はいつもながら実に分かりやすい。
辺境伯の地位は聖王国において公爵に次ぐ地位にあり、侯爵より権限も領土も広い。聖王国には公爵、辺境伯、侯爵、子爵、男爵の領土を持つ貴族の地位があり、辺境伯は上から二番目に当たる。辺境伯がいかに高い地位にあるのか私にも容易に分かる。
公爵は王家につらなる血族の方々で占められてることに対し、辺境伯は違う。過去に多大な功績があった軍人に与えられることが多い地位なのだ。
その役目とは聖王国と外部の国境地に配され、聖王国を外敵から防衛すると共に外敵を打ちはらい聖王国の勢力を拡大することにある。
先日ナルセス様が草原へ遠征した時の兵もまたジェベル様とは別の辺境伯領の兵になる。
ジェベル様は外敵ラヴェンナと和議を結び、積極的に交易を行なっていくとおっしゃった。打ちはらうべき外敵、それも亜人や魔族と結ぶとなれば聖王国内の他の貴族と
しかしラヴェンナを滅ぼすことは私の意見が参考になったのか不明だが、滅ぼせたとしても辺境伯領の根幹を揺るがすほどの甚大な被害が予想される。
立て直せない程の傷を負いながらラヴェンナと戦い続けるか、和議を結び聖王国内の貴族達と争いを生むか。
これが辺境伯領の立たされた立場になる。
今からならラヴェンナに手を出さなければ良かったのではないかと考える輩もいるだろう。ササフラ殿を中心にラヴェンナを支配地に治める計画を推進したわけだが、辺境伯の役目を果たすには魔の森の中に勝手に出来た街を見逃すわけにはいかなかったのだ。
魔の森へ攻勢を行った聖教騎士団は魔物に敗れたという。今なら分かる、彼らは強力な魔物に敗れたわけじゃない。プロコピウスらに敗れたんだろう。外聞を気にした聖教騎士団が「魔王クラス」の魔物に敗北したと
また聖教騎士団はこうも言っていたのだ。その魔物は聖教騎士団の勇者たちによって傷つき魔の山へ逃げて行ったと。
魔物が追い払われた地に亜人達がラヴェンナを建築したと皆が思っただろう。私も現にそう考えた。
「ジェベル様はラヴェンナとの交易を行うことによって辺境伯領を立て直すおつもりなんですね」
「そうだ。モンジュー。毒喰らわばってやつだな」
私の言葉にジェベル様は軽く頷きを返す。ジェベル様は利害を冷静に判断されるお方だ。ただ和議を結ぶだけでは辺境伯領の
ならばいっそのこと亜人の街ラヴェンナと交易を行い、そこで利益を出す。その利益で戦の被害の補てんを行おうというのだろう。
「ジェベル様。亜人……しいては魔族まで所属するラヴェンナは聖王国といずれぶつかるのでは?」
「まあ。そうなるだろうな」
ジェベル様は腕を組み頷く。
奴らの仲間にはダークエルフやハーピーまでいた。つまり奴らは亜人だけでなく、魔族まで率いているのだ。
魔の森の魔族が力を取り戻してきているとなると、聖王国が一丸となり事に当たる可能性は高い。
「ジェベル様。その際は我々が矢面に立つのでは?」
「果たしてそうかな。その判断は聖王国がするのではない。私が行うのだ」
ジェベル様! ジェベル様は確かにおっしゃった「私が行う」と。私は目を見開きジェベル様を見つめる。ササフラ殿も驚きで口が開いているほどだ。
「ジェベル様。私はジェベル様に従います。どこまでも」
私はジェベル様の大きさに膝をつき、敬礼を行うのだった。
私はその時が来ればジェベル様に聖王国へ従って欲しくないと思ってしまった。ジェベル様こそが我が主君。例え魔族と手を組むとしても、ジェベル様が飛躍できるというのなら、私は喜んで聖王国に弓を引こう。
ジェベル様ならばできるはず。この若き聡明な辺境伯ならば。
ササフラ殿も何か感激した様子で、うんうんと何度も頷いている。
「その時はその時だ。よろしく頼むぞ。二人とも」
「ハッ!」「了解いたしました」
私とササフラ殿は同時にジェベル様へ返答を返す。
◇◇◇◇◇
私は馬を走らせ、四日が経過する。ようやく魔の森の先端までやって来た私は商人に案内されラヴェンナまでたどり着いた。はじめて見るラヴェンナの街は予想以上にインフラが整った街で私は圧倒される。
私が感心したものはモルタルのような建築素材だ。道にもふんだんに使われているその素材はモルタルなどより遥かに頑丈に見え、家や街の外壁にも使われている。
街の中央には噴水があり、噴水を取り囲むように露店が立ち並ぶ。街には人間だけではなく、多くの猫耳族や犬耳族が歩く姿も目撃された。
驚いたことに私がラヴェンナに到着すると、冒険者の宿のスタッフと名乗るものに案内され、丸太を組み合わせて建築されたであろう宿屋に通されたのだった。宿は二階建てで、一階部分は食事を出すレストラン。二階が宿泊施設とのこと。
食事をして暫く待っていて欲しいとそのスタッフに告げられ、私はレストランの席に座し一息つく。
出て来た食事は鶏肉のソテー、温野菜、パンに牛乳を使ったシチューのようなスープだった。パンの味がこれまで味わったことのないもので、私はほのかな甘みに舌鼓を打つ。
「モンジュー殿。お待たせしました」
食事を食べ終わる頃、私に話かけて来たのは……彫刻のように均整の取れた体つきに、秀麗な顔、緩くウェーブがかかった長い髪をした男――プロコピウスだった。
そこで私は背筋が寒くなる。彼らは知っていたのだ。私がラヴェンナに来ている事を。ラヴェンナの入口で冒険者の宿のスタッフが私を迎え入れたこともこの男の指示だろう。
どこから監視していた……いや。これは。ラヴェンナから監視網があるのだな。飛龍かそれともハーピーか。
彼らの監視網に気が付いた私は改めて彼らと和議を結んだことに安堵していた。これだけの監視網を持つラヴェンナに不用意に攻め込んではいいようにやられることは想像に難くない。
多少の数の差なんぞ物ともしないだろうな……
「プロコピウス殿。ザテトラーク以来です」
「交易の件ですか? さっそくお話しいたしましょう」
プロコピウスは柔和な笑みを浮かべるが、私は再び背筋が凍る思いをする。この男から出るオーラ……やはり只者ではない。
※牛がふもっとしてるので明日はお休みします。次回は日曜日にお会いしましょう。
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