第127話 ザテトラーク会談

 禿げのリーダーモンジューに連れられテラスから扉を潜り抜け城の中へと進む。


 先頭をモンジュー、後ろにベリサリウス、その後ろを俺が歩き、最後尾に槍を持った騎士が続く。

 いつ背後から突かれるか少しだけ心配したけど、この状況で刺されることもないかと安心する俺だった。


 城は頑丈な石造りの建物に見え、中世後期くらいの技術力かなあと俺は想像する。地球で観光地になっている城に比べたら粗末な作りには違いないが、実用に耐えうる頑健さを持つと予想し、俺はワザと床を強く踏みしめ強度を確かめることにする。

 踏みしめた感じ、床が軋むこともなく安定した作りなのかと推測できた。できれば壁も叩きたいがさすがに今は無理だ。


 やはり石を積み上げモルタルで隙間をふさぐ形だと相当の手間と時間がかかりそうだな。その点コンクリートなら半分以下の手間で建築可能だ。石造りほど正確に石を切り出す必要もないし、完成までかかる時間も遥かに短い。

 それにコンクリートならそれなりに頑丈だしな。言うことがないぜ。コンクリートが使えるようになったのはティモタとライチのお陰だから、本当に彼らはいい仕事したと思う。


 さて考え事をしていると、どうやら着いたようだ。


 モンジューに続き扉をくぐると、三十人ほど入りそうな長方形の部屋になっていた。窓も取り付けられており、奥にはシンプルな作りのカウチに座る青年に、彼の隣に立つ長い真っ白の髭が特徴の老齢の男。

 部屋にはカウチ以外に立てかけられた革鎧がいくつかあるだけで、他に何もない。貴族が好むようなカーペットの類も全く無く、床は石がそのまま露出しているといった感じだ。


 あのカウチに座る青年が辺境伯だろう。しかし随分若い。二十歳に満たないと思う。彼は俺の想像する貴族然とした格好から遠く離れた姿をしている。

 胸に紋章が入ったシンプルな皮鎧に黒のズボン。手や首に宝石類は一切無い。少しウェーブのかかった黒髪を短く切り揃え、射抜くような目つきが特徴と言えば特徴か。


 なんと言うかこの青年、辺境伯というより軍人と言った方がしっくりくる。しかしこの青年……どこかで……

 俺とベリサリウスはモンジューに促され辺境伯の目前にまで来ると、モンジューは老人の反対側に立つ。

 

「よくぞまいった」


 辺境伯は片手をあげ俺達へ気さくに挨拶をする。この青年肝が据わっているな……俺だとこうはいかないぞ。だって考えてみろ。城の上空には飛龍、テラスにも龍と飛龍がいるんだぞ。彼らは知らないだろうが、ザテトラーク自体を下手したら単独で壊滅させれるエルラインまでいる。

 いくら俺達が二人とはいえ、彼からは緊張感が一切感じられない。

 

 ん。ベリサリウスがすぐに辺境伯に応じない。どうした? 俺はふとベリサリウスの方に目をやると――

 

――指先を僅かに震わせながら、固まっている。


 どういうことだ? 一体べリサリウスへ何があった? 

 声をかけたいが、辺境伯の前だ。どうする。このまま黙るか、いや、ここはベリサリウスへ失礼に当たるが仕方ない。

 

「はじめてお目にかかります。私はローマのプロコピウス。こちらはベリサリウス様になります」


「べ、ベリサリウス……」


 俺の言葉にベリサリウスが続くが、口元さえ覚束ない。これはまずいぞ! 俺はベリサリウスへ目くばせを行い、俺が会話を行うと念力を送ってみる。

 理解してくれればいいんだけど……

 

「私はジェベルという。辺境伯をやっている」


「ジェベル殿。私達からの要求は一つです。ラヴェンナから手を引いていただけますか?」


 俺の言葉に控えていたモンジューと老人が息を飲む。ん。俺の要求が意外だったか? ザテトラークを壊滅させるとでも言うと思ったのか?

 宝石も食料も俺達には必要ない。ただほっておいてくれたらいいんだ。

 しかし、さすがは辺境伯だな。動揺する二人に対し、表面上は一切表情に変化はない。


「貴殿らの要求は他にないのか?」


「はい。ありません。お互い不干渉ということにしてくだされば」


「ふむ。ラヴェンナには商人や冒険者が多数訪れると聞く。交易を続けるつもりはあるか?」


「はい。交易は私達にとっても望みです」


「分かった。今後辺境伯領とラヴェンナは相互不可侵とする。これでよいか?」


 なんだこのスムーズな進みは。辺境伯は何を考えている? これまでの戦闘経過から彼らは俺達に脅威を感じているはずだ。下手に当たるよりお互い不干渉としたほうが賢明だと判断したのか?

 俺が辺境伯の立場でもそう考える。しかし、聖王国としてはどうだ? 亜人や魔族に屈し和議を結んだとあれば反対する家臣が出て来るだろうし、他の貴族から追い落としも受けるかもしれない。

 辺境伯の立ち位置を考えると、簡単に俺達へ相互不可侵を結ぶってのは考えづらいんだよなあ。

 

 いや、辺境伯は若いが切れ者なのかもしれないぞ。家臣を抑え込み、他の貴族に隙を見せない自信があるのだろう。ここで俺達との争いをやめるのが一番理になってるのは確かだからな。


「はい。私達が望むことと、一致いたします。誓約書は必要ですか?」


「いや。良い。ここにいる人間が証人とする。よいか?」


 辺境伯は左右の家臣――モンジューと老人に目くばせすると二人は敬礼し応じる。

 

「ジェベル殿。了解いたしました。では私達はこれにて」


「うむ。使いの者をラヴェンナにやろう。いつでもここに遊びに来るがいい」


 辺境伯の言葉に両側の二人は驚きで目を見開く。


「ありがとうございます」


 俺が答えると、辺境伯はニヤリと笑みを浮かべ、


「なに。俺はお前たちが少し気に入ったのだ」


 辺境伯は「私」ではなく「俺」と一人称を変え、俺達へ気さくに声を返す。

 彼に何か思うところがあるのだろうが、俺にそれが分かるはずもないか……

 俺とベリサリウスは敬礼すると部屋を辞す。帰りもモンジューに先導されテラスまで歩いたのだった。

 

 ベリサリウスは終始何か思いつめたように見え、精彩を欠いていた。これはすぐにでも事情を聞かないとだなあ。ベリサリウスは辺境伯ジェベルを見た後、様子がおかしくなってしまった。

 俺もどこかあの青年を見たことがある気がするんだ。そう何度も見たことがある気が……

 

<トミー。ベリサリウス様がああなるのも仕方ない>


 俺の考えていることが分かったかどうか定かではないが、心の中でプロコピウス(本物)が語りかけて来た。まあ、ベリサリウスを見て心配そうな顔をしてたら分かるか。


<どういうことなんですか?>


<あの青年。そっくりなのだよ。気質は全く異なるが>


<そっくりとは? 誰にだろう>


<陛下だよ。私はあれほど若い時代の陛下の顔は見たことは無いが、あの顔は間違いなく陛下に違いない。瓜二つなのだ>


<なるほど……>


 陛下。陛下か。プロコピウス(本物)が言う陛下とは、彼とベリサリウスが生きた時代の東ローマ帝国皇帝――ユスティニアヌス一世のことだろう。辺境伯ジェベルは皇帝ユスティアヌスにそっくりだとプロコピウス(本物)は言う。

 どうりで見たことあると思ったわけだ。実際には「プロコピウスの夢」で見ていたわけだが。


 晩年、ベリサリウスは皇帝に冷遇され物乞いにまで落ちてしまった。それでもベリサリウスは願う。「今一度陛下に会いたい」と。何がベリサリウスをここまで執着させたのか俺には分からないが、ベリサリウスはどれだけ冷遇されようと皇帝に対する崇拝ともいえる好意は変わらなかった。

 そんな恋い焦がれた皇帝に瓜二つの青年に会ったとなれば、平常心を保てないのも理解できる。

 

 俺はミネルバに乗り込みザテトラークを後にした。

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