第126話 辺境伯ジェベル
――辺境伯騎士団 団長モンジュー
ザテトラークに兵を集めるとなると必要物資が跳ね上がることを私はもちろん分かっていたが、フランケルに兵を集めるわけにはいかなかったのだ。
憎きラヴェンナの飛龍隊から兵を護るには準備が必要だからな……
辺境伯領は温暖な気候と広い平原のお陰で農作物の生産量が聖王国の中では多い方になる。それでも、大軍をザテトラークからフランケルを経て魔の森まで動かすとなると膨大な食料が必要になり辺境伯領にとって負担は大きい。
しかし、このまま兵をフランケルに集めたとすれば全てラヴェンナの飛竜隊に潰されてしまうだろう。
ザテトラークならば魔の森から遠く、各個撃破するとなると、魔の森から辺境伯領内へ拠点を移さねばならぬ。
補給線が伸び、勝手の分からない辺境伯領内ならば奴らの手も緩まるはずだ。
しかし最良の手は何か私には分かっているのだ。奴らと和解しラヴェンナの占領を諦める。今ならまだ被害も抑えることができる。ザテトラークに集まってくる兵まで全て各個撃破された場合の被害は甚大なものになるのは容易に想像でき、兵は農村から引き抜く為、農作物の収穫量も減るだろう。
もちろん辺境伯の兵を率いる私の役目は理解している。ラヴェンナの飛龍隊の火炎壺へ一刻もはやく対策が打てるよう、火炎壺を炎弾で撃ち落とす修練と火炎を防ぐ盾を用意した。盾の数が若干不安だが、行けと言われればいつでも出撃可能な準備は整った。
あとはザテトラークへなるべく多くの兵を集めるだけだ。
私は塔から壺を落とし炎弾で撃ち落とす修練に励む騎士団員を指導した後、城の会議室へと向かう。本日の会議は辺境伯ジェベル様と辺境伯領の政務全般を司る文官の長であるササフラ殿も出席される重要な会議だから気合を入れねばならぬ。
元々ラヴェンナを所領に加えようと提案したのはササフラ殿で、ラヴェンナを支配下に置いた場合の税収増加額を算出し、使者をラヴェンナに送ったのも彼の主導だった。
ラヴェンナの飛龍隊の恐ろしさを目の当たりにしても、ササフラ殿の意思は変わらず空からの攻撃を一度防ぎさえすれば相手は少数だからすぐ崩れると考えている様子なのだ……戦の素人が口を出すとろくなことは無い。彼は奴らの恐ろしさを分かっていないのだ。
もし我々が飛龍隊を持っていたとしても、あれほど有用な運用は出来なかっただろう。先日、飛龍ではなく龍に乗りザテトラークへ挑発行為に来たあの秀麗な見た目の男……奴は只者ではない。奴からただよう強者のオーラ、立ち振る舞いから龍を従えるに足る実力者だと一瞬で私には分かった。
しかし恐ろしいのはあの男ではないだろう。あの男の裏で動く人物が必ずいるはずだ。飛龍を使った戦術を編み出した者。その者の戦術能力こそが脅威なのだ。
例え飛龍への対策が出来ようとも、その人物は必ず私達の裏をかく戦術で、私達を苦しめるにことは容易に想像がつく。
ササフラ殿はそれが分からぬのだ。真に恐ろしいのは火炎壺ではない! 戦術を編み出し、運用する者なのだ……
私は会議室へ入ると、既に会議室へ来ていたササフラ殿へ会釈を行う。私はササフラ殿の隣へ腰を降ろし、辺境伯ジェベル様を待つ。私の後にも数名会議室に訪れ、席に着く。
会議室には十人の辺境伯領の重鎮が座し、全員が揃ったところで辺境伯ジェベル様が入室される。ジェベル様の入室に私達は立ち上がり敬礼を行う。
ジェベル様はまだ二十に満たない若い辺境伯ではあるが、理知的な瞳に少しウェーブのかかった短い黒い髪、小柄ではあるがしっかり筋肉のついた青年で華美な服装を好まず、いつも動きやすい服装をお召になっている。
「座れ」
ジェベル様の言葉に私達は一斉に着席する。
「モンジューよ。これまでの戦況報告を簡潔に説明せよ」
続いてジェベル様が私に戦況の説明を求めると、私は立ち上がり、ジェベル様へ敬礼してから口を開く。
「ジェベル様。恐れながら申し上げます」
私は魔の森近郊の街――フランケルに各地から集合しようとした兵が飛龍により各個撃破されてしまったことと、先日ザテトラークへ挑発行為が行われたことを報告する。
「ふむ。モンジュー。飛龍隊へ打ち勝つことは可能なのか?」
「ハッ! 対応策は準備いたしました。しかし……」
「お前の意見を忌避なく申せ」
「恐れながら、対応策を準備しようとも我が方の損害は多大なものになると予想されます」
「よくぞ申した。座れ」
ジェベル様へ我が軍が不利であると伝えることは心苦しいことであったが、ここで嘘を言ってはよけい傷口が広がると私は考えたのだ。これで処罰されようとも辺境伯領のことを考えると言わねばならなかった。
幸いジェベル様は私の具申を褒めてくださったので、問題とはならなかったのだが。
私が「損害が多大になる」と言った瞬間、会議室にどよめきが出るが、ジェベル様が発言されると即座に場は静まり返った。
「皆の意見を聞こう。戦うことに賛成の者?」
ジェベル様の発言へ私以外の全ての者が手をあげる。心の内ではこれ以上の戦闘は被害が拡大するだけだと考える者であっても、ジェベル様の手前、臆病な態度は取れない。
だから私以外の者は全て手をあげたのだ。
「ほう。モンジュー以外は皆賛成か」
ジェベル様は感心したように大きく頷き、一人一人の顔を順番に見て行く。全員を見渡した後、面白そうに私へ意見を求める。
「モンジュー。騎士団長であるお前以外は全員賛成のようだが? お前の意見を聞こうか」
ここで怖気ついては駄目だ。辺境伯領の為にも意見しなければならない。私はごくりとつばを飲み込むと意を決し、ジェベル様へ具申する。
「ハッ! 恐れながらラヴェンナを率いる者の中に相当な智者がいます。飛龍の戦術を編み出した者が」
「ほう。飛龍自体は脅威ではないというのか。さすが騎士団長だな」
「かの者の戦術能力は脅威です。ザテトラークへ僅か二人で挑発を行わせる大胆さ、各個撃破する戦術。全てその者が描いた絵図に違いありません」
「お前から見て、その者の能力はどうなのだ?」
「正直言いますと、かの英雄聖女様と並び立つのではないかと」
「聖女様と並ぶか。お前の言いようならば、聖女様を凌ぐのだろうな」
図星をつかれて私は固まってしまった。騎馬民族相手に見せた聖女様の戦術能力は素晴らしいものだった。しかし、ラヴェンナの者は次元が違うと私は考えている。
「お恥ずかしながら……」
「よい。では皆の者よ。私の決定を聞くがいい」
ジェベル様は私を座らせると再度全員を見渡し、告げる。
「ラヴェンナと和議を結ぶ」
ジェベル様の言葉へこの場にいた全員が静まり返る。どうも私の意見を聞く前から決めていたように私には見えた。
その時だ。静寂を破るかのように声が響き渡る!
――辺境伯よ。いまなら手打ちにしよう。恐れず出て来るがいい
「無礼な!」
この場の誰かが激高し叫ぶ。確かに余りに無礼な発言だ。しかし、この声には威厳があり、人を惹きつける魅力がある。先日会ったあの美麗な容姿をした男とはまた違ったカリスマを感じる声。
「ジェベル様。私が出ます」
私は立ち上がり、ジェベル様へ敬礼する。
「会談を行うのならば、ここへ呼ぶがよい」
ジェベル様は豪胆にもそうおっしゃった。全くこの人は底が知れない。
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