第125話 招かれざる客

 シルフはミネルバが部屋にやって来る気配を察知したのか、そこで銀の板に映る彼女は消えてしまった。彼女が消えると画面も真っ暗になってしまう。

 今日はここまでかあ。


 俺は銀の板をベッド脇のテーブルに置くとベッドに寝転がる。


 うーん。絶望的だと思っていた日本帰還が実現するかもしれないのか。

 ここへ突然転移した頃はとにかく生き延びて帰る手段をさがそうと考えていたよなあ。

 俺は来た頃を思い出し懐かしくなる。

 最初はとにかく必死だった。ベリサリウスが俺をプロコピウスと思ったことを利用して生き延びようともがいたんだよなあ。


 ベリサリウスや魔の森のみんなと接しているうちに、俺はローマを護りたいと思うまでになった。この小さな楽園ローマを外敵から護る。俺ができることなんて数少ないけど、戦争にも気がすすまないけど反対はしない。ローマのインフラ整備は大好きだけどね。

 確かに帰りたかった。最初の頃は毎日この不条理な召喚に怒り狂い、それでも生きる為にふんばった。でも今は少し違うんだよなあ。

 俺はローマと共にありたい。ベリサリウスもローマのみんなも今となっては俺の家族のように思えるんだ。


 それでも帰りたい気持ちはもちろんあるよ。ローマが安寧の時を過ごせるようになってから、帰還するか残るのかを真剣に考えるとしよう。

 

 シルフの事ですっかり気分が飛んでいたが、ザテトラーク襲撃をまず乗り切らないとな。ベリサリウスは真正面から乗り込むのか、彼のことだから街そのものを燃やし尽くすって手段はとらないだろうけど。

 


◇◇◇◇◇


 飛龍が三十匹揃うと壮観だなあ。龍の姿になったミネルバは飛龍より一回り大きいから、彼女が群れのボスみたいに見える。ミネルバに乗るのは俺とエルラインだけで、ベリサリウスとエリスは飛龍に乗り、他の飛龍を率いる。

 飛龍に乗るのはリザードマン達だ。今回、猫耳族は来ていない。

 

 俺達はザテトラークから飛龍で一時間ほど行った森の中で野営し、これからザテトラークに向かうところだ。出発前に飛龍達が俺達を囲み、ベリサリウスが中心に立つ。

 

「諸君。これよりザテトラークへ向かう。ギリシャ火の確認を最後に行って欲しい」


 ベリサリウスの言葉に全員が頷き、飛龍の積荷を再度確かめる。全員が問題ないことを確認すると、ベリサリウスは最後の演説を行う。


「向かおう。諸君! 辺境伯の兵など物の数ではない!」


「応!」「応!」


 リザードマン達は一斉に怒号のような声をあげ、ベリサリウスへ同意する。

 

「我に続け。戦士達よ!」


「応!」


 相変わらず、ベリサリウスの演説は体が震える! 彼の言葉は皆の心を震わせる何かがあるんだ。これがカリスマって奴だよな。

 さあ行くぞ。ザテトラークへ。



◇◇◇◇◇



 高い塔が二本立つ城が特徴的なザテトラークの街が見えて来た。街を目前にすると、飛龍達は一つの生き物のように統制が取れた動きで、魔法の届かぬ上空へ上昇する。ベリサリウスは統制のとれた動きができるよう相当彼らを訓練したんだろうなあ。

 俺とエルラインはミネルバの背に乗り、ベリサリウスの言葉を待ちながらザテトラークの街を見下ろす。

 

「ベリサリウスが何を言うか楽しみだね。彼の言葉は不思議な力がある」


 エルラインは期待の籠った目で俺の方を向く。エルラインってナルセスのカリスマが嫌いって言ってたけど、ベリサリウスはいいのかよ。

 基準はどうなってんだろ。


「ベリサリウス様の演説を聞くと勇気が湧いて来るんだよな」


「君の顔を見ていたら分かるよ」


 エルラインは少しあきれた顔をして肩を竦める。その時……


――空気が震えた。


 実際はそんなことは起こらないんだけど、街全体の空気が一変した気がしたんだ。


「辺境伯よ。いまなら手打ちにしよう。恐れず出て来るがいい」


 ベリサリウスの言葉が街全体に響き渡る。俺の位置からベリサリウスの顔は確認……って彼の後ろに座るエリスの顔が残念過ぎる……恍惚としているだけならいい。美しいキリっとした顔の面影は全くなく、口からよだれをだらだら流している。

 そんな顔をベリサリウスに見られたら幻滅されるぞ……ベリサリウスなら気にしないか。


 しばらく城の様子を伺っていると、以前来た時に出て来た騎士団が城のテラスに現れる。

 さあどうでる。辺境伯。

 

「おや。あれはこの前いた誰だっけ……」


 目の良いエルラインはこの位置からでも出て来た騎士団各々の顔がハッキリ見えるみたいだ。

 

「この前の騎士団のリーダーかな? 名前を聞いていないなあ」


「ピウス。ベリサリウスがテラスに降りるから君も来いってさ」


「お、降りるのか……」


 何でわざわざ安全な空から騎士団が構えるテラスに降りるんだよ。表情が固まる俺をエルラインはニヤニヤと嫌らしい笑みで見つめている。

 俺は左右を確認すると、どうやらテラスに向かうのはベリサリウスの乗る飛龍と、俺の乗るミネルバだけのようだ。なんかこの動きにデジャブを感じる……ザテトラークは俺にとって鬼門かもしれないぞ。

 

 ベリサリウスの乗る飛龍とミネルバは悠々とテラスに降り立つと、城の入口方向に固まる騎士団を眺め咆哮をあげる。俺達が降り立つと、騎士団のリーダーらしき男が前へ出て来る。

 あれは以前会った禿げ上がった頭に髭の男か。

 

 ベリサリウスは悠然とテラスに降り立ち、俺達にも降りるように促す。ここに降り立ったのはベリサリウス、エリス、エルラインに俺の四人だ。エリスの姿を見た騎士団の息を飲む様子が俺に伝わって来る。

 エリスはエルラインの姿を変える魔術をかけていないそのままの姿だ。尖った長い耳に浅黒い肌と人間とは明らかに違う容姿をしているエリスは聖教徒にとって魔族と呼ばれ討伐される対象だ。

 辺境伯領もパルミラ聖王国にある領域なのでもちろんパルミラ聖教を信仰している。彼らがエリスを見て動揺する気持ちは分からなくもない。

 

 しかし禿げ頭のリーダーだけは少なくとも表面上、表情一つ変えずベリサリウスへ一礼する。彼の一礼にベリサリウスは手をあげて答え、二人は剣の届く位置にまで距離を詰めた。


「辺境伯騎士団の団長モンジューと申す。貴殿がラヴェンナの統治者ですかな?」


 騎士団のリーダー……モンジューはベリサリウスへ丁寧な口調で問いかける。


「統治者ではない。強いて言うならば護民官ブレビスベリサリウス」


 ベリサリウスは鷹揚おうようとモンジューへ応じる。彼の姿からは一切緊張感が感じられない。あくまで自然体だ。怖くないのかこんな多くの騎士に囲まれて……

 しかし、護民官ブレビスか。ベリサリウスがローマにおける自分の役目をどう捉えているのかが良く分かる表現だな。護民官ブレビスとはローマが帝政になる前に設立された役職で一言でいうと「平民ブレブスを保護する役目」を持つ。

 彼は魔の森の亜人達を平民ブレブスと捉え、自身を彼らを護る者――護民官ブレビスと表現したんだ。事実ベリサリウスはこれまでずっと魔の森の亜人達の為に自身が先頭に立ち率先して外敵を払ってきた。

 確かに言いえて妙だな。

 

護民官ブレビスとは聞いたことのない役柄ですが、貴殿がラヴェンナの代表者と思ってよいですかな?」


「うむ。そう思ってもらってよい。少なくとも戦のことについては私が受けよう」


「了解した。ベリサリウス殿。辺境伯と会ってもらえますかな?」


「ふむ。代表者同士で議論の場を持とうということかな。であれば、こちらのプロコピウスも連れて行くがよいか?」


 やっぱり俺も行くのね。ベリサリウスとモンジューの目線だけでなく、騎士団もエルライン達も全ての目線が俺に集中する……

 

「貴殿とそこのプロコピウス殿の二人で来ていただけますかな?」


「問題ない。では行こうか。プロコピウス」


 うああ。重要会議だぞこれ。政治的な判断となればベリサリウスは全て俺に振って来る……胃が痛くなってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る