第121話 大混乱の辺境伯領

――とある兵士

 領主様から召集があり、村の若者でクジを引いて俺を含めた三人が選ばれた。領主様は辺境伯様のいつもの癇癪かんしゃくだとおっしゃっていたけど、行く方の身にもなって欲しい。

 幸いうちの領主様は兵士に出た人数分だけ年貢を減らしてくれるけど、領主によっては年貢が変わらない所もあるみたいで、うちのような領主様は珍しいらしい。


 辺境伯領だけでなく聖王国の兵士は炎弾が使えることが条件で、俺のような小さな村の出身者でさえ年長者から炎弾の魔法を習う。

 習得できない者も極稀にいるんだけど、そういった者は村の中で厳しい立ち場に立たされる。


 うちの村だと、二人だけ炎弾の魔法を使えない人がいるけど、彼らは二人とも腕のいい猟師であり、木こりだ。

 みんながやりたがらない仕事を率先してやることで村の中で地位を保っているんだよ。

 肉はみんなに喜ばれるし、貴重だからね。


 そんなわけで、領主様の元へ俺達が集まると、木の棒の先端に鉄製の鋭い刃が付いた槍を支給される。俺達は一団となり、フランケルの街へと向かう。

 魔の森にあるラヴェンナという街が反逆したので鎮圧に向かうと領主様から説明を受けた。魔の森かあ……噂では魔族や凶悪なモンスターが跋扈ばっこしているらしいけど、大丈夫かよ。

 

 俺達は百名くらいの集団で騎馬の先導を受け進軍する。隊商が普段通過する道を進み、開けた草原に出てしばらく行ったところで異変が起きたんだ。


「愚かなる辺境伯の兵達よ。今すぐ解散するのならば手は出さぬ。尻尾を巻いて帰るがいい!」


 どこからか声が響き渡る。声の大きさよりも、声の持つ威厳といえばいいのか、今まで感じたことのないような圧力を声から感じる。この声の主はただものじゃない。

 俺は声を聞いただけなのに震えてしまった。もちろん声の大きさにびっくりしたわけじゃないんだ……

 

「何者!」

「どこだ!」


 仲間の兵士達の怒号が響き渡る。突然の無礼な言葉に怒りを示す者もいるようだけど、俺のように声の圧力に身を竦めている者もちらほらといるみたいだ。


「上だ。愚かな辺境伯の兵よ。少しだけ猶予をやろう。今逃げるのならば見逃そう」


 とっさに上を見ると、魔法が届かないほどの上空に……あれは飛龍か。飛龍の集団がいる!

 俺達が上を見上げたのを確認したのか、さらに声が続く。

 

「これより進むは地獄。引き返し、自らの農地を耕すがいい」


 ざわつく俺達は一斉に領主様へと視線を向ける。

 領主様は俺達一人一人を見渡すように首を右から左へ向けた後、正面を向く。


「諸君。大変遺憾ながら、飛龍の数は三十を超える。我々だけでは太刀打ちできないだろう。引き返そう」


 どよめく兵士達。まさか領主様が辺境伯様の命令に背き、兵を引くとは思わなかったからだろう。

 

「安心しろ。私が全責任を取る」


 領主様はそう言って、俺達を元来た道へ引き返すよう先導し始めた。

 俺達が引き返したことを確認したのだろう。飛龍の群れはフランケルの方向へと引き返していった。

 


――とある兵士その二

 俺達の領主様は辺境伯様の懐刀と言われるほど有力な領主様で、集まった兵士はなんと千人! これだけ揃うと壮観だ。領主様は太っ腹にも倒した敵の数だけ褒章をくれるそうだ。

 だから兵士達は皆、血気盛んにフランケルへ向かっている。開けた土地に出てしばらく行ったところで奇妙な声が響き渡る。

 

「愚かなる辺境伯の兵達よ。今すぐ解散するのならば手は出さぬ。尻尾を巻いて帰るがいい!」


 妙に威圧感のある声だが、俺達は怯むわけにはいかねえ。敵を殺して褒章をもらえれば、冬を楽に越せるんだ。それも今年だけじゃあねえ。三年は持つほどだ!

 兵士達は俺と同じ考えだったのか、声にもひるむことなく、気合の入った怒号をあげている。

 来るなら来やがれ! 

 

「諸君。上だ! 飛龍が三十匹ほどいるようだが。魔法の射程距離に入ったところが奴らの落ちる時だぞ!」


 兵士長は俺達を鼓舞し、炎弾の一斉射撃の準備をしろと指示が出る。


「お主らの覚悟見届けた。進は地獄。味わうがよい」


 上空の声が鳴り響くも、俺達は飛龍が射程距離に入るのをじっと待つ。

 

――火を吹く壺が落ちて来る!


 壺が勢いよく地面にぶつかると、激しい炎をあげて燃え上がる! 次から次へと落ちて来る壺のせいで、辺り一面あっというまに炎に包まれる。

 ここからは地獄だった……炎に巻かれて苦しみながら倒れ伏す者、生き残った俺を含めた兵士達は炎の熱に参りながらも、地獄から抜け出そうと蜘蛛の子を散らすように逃げはじめる。

 俺は急いでこの地獄から逃げようと一歩踏み出す。

 

 しかし、一歩が重い……急速に俺の頭がもうろうとしてくるのだ……一歩、まだ進まなければ……炎が……俺は……

 


――辺境伯騎士団団長

 な、なんということだ。ラヴェンナの奴らは悪魔か……集合しようとする兵士達が次々に炎に巻かれて倒されていく。既に全滅した兵士は二千を超え、引き返した兵も五百を超える。

 我々辺境伯騎士団も騎士団員三百に加え、兵を三千は集める予定で動いているが集まる前に炎に焼かれるかもしれぬ。

 

 フランケル近郊に、辺境伯内の各領主の兵が集合し、辺境伯直轄領からは我々騎士団が率いた兵を同じく派遣する予定だった。その数、一万。

 しかし、フランケル近郊までたどり着いた領主は現時点ではゼロだ! ゼロなのだ!

 

 早馬で次々にもたらされる悲報に、私は何度頭を抱えたことか! おのれ、ラヴェンナめ! 先日、龍を引き連れてきた者たちがこの惨事を引き起こしているのだろうか。

 あの場で切り捨てることは難しかった。龍だけならば、城に控えた兵士全てで当たれば始末することは可能だったかもしれぬ。しかし、龍を操る者は龍以上の存在……嘆かわしい事にあの場の戦力が足りなかったのだ!

 もし、あの場で奴らがこちらに戦いを挑んできた場合、城の安全確保は叶わなかっただろう。あの場ではあれが正解だったのだ……

 

「モンジュー様! メオン殿の兵が全滅したと連絡が入りました!」


 伝令役の騎士が息を切らせ報告してくる。メオン殿までなすすべなくやられてしまったのか! 何という事だ……


「領主達へ通達しろ。フランケルへ集合することを中止とする。新たな集合場所はここザテトラークだ。全員一丸となりフランケルに向かおう」


「承知いたしました!」


 騎士が下がったのを見届けた私は大きく息を吐く。許さぬ。許さぬぞ。ラヴェンナよ。

 奴らの戦術は把握した。手はある。急ぎ、鍛冶屋へ調達を行わせている。今に見ておれ……

 

 私は城から塔に並び修練に励む騎士の元へ激励に行く。騎士たちは塔から木のタルを落とし、落ちて来るタルに炎弾を当てる練習を繰り返している。

 炎弾の特性なら騎士団の者全てが把握しているが、実のところ一番の利点を勘違いしている者は多い。炎弾の優れた点は威力や燃え上がることではない。

 

――命中力だ。


 炎弾は確実に当たる。空中から高速で落下してくる壺と言えどもな。慣れないことをさせるつもり故、騎士達へ修練を指示したのだ。

 これが、奴らの炎壺に対する対策の一つ。もう一つは盾だ。盾が完成次第、出るぞ。その頃には兵も集まっていよう……

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