第120話 辺境伯は相手にならない

 フランケルの郊外まで来ると、ミネルバは地に降り立つ。俺たち三人はミネルバの背から降りると、彼女は人型へ姿を変える。

 俺は黙って彼女へ服を投げると一息つく。


「ふう。任務完了だ……」


 俺は未だに少し動悸がする左胸に手をやりながら、大きく息を吐き出す。


「襲いかかってこなかったね。少しだけ残念だよ」


 俺の思いは置いておいて、あのリーダーは肝が座っている印象だった。無駄に戦いを仕掛けてこないところも厄介だぞ。俺の希望とは異なるが、短絡的に剣を抜いてこなかった。

 互いの戦力、自身の立場、権限を冷静に分析し、実行に移せるリーダーだと俺はあの短い時間で感じたんだ。ああいうタイプは手強いぞ。


「まあ、ローマへ帰ろうか。ベリサリウス様へ報告しないと」


 俺の言葉にエルラインは一瞬興味深そうな顔をしたが、先端に大きなルビーが付属した杖を振るう。



◇◇◇◇◇


 エルラインの転移魔術で出て来た先は俺の自宅の前だった……エルラインに聞いたことをまとめると転移魔術は拠点登録を行う必要がある。拠点登録には数時間かかるみたいで、ラヴェンナの街でエルラインが拠点登録した時に俺も一緒に付き合ったことを覚えている。

 しかし、俺の自宅前なのかよ……拠点登録している位置は。いや、自宅前だけじゃない。俺の自宅にあるリビングルームにも拠点登録しているはずだ。だって何度もエルラインが椅子の所に出現してるからな。

 出現するたびに心臓に悪いって言ってるのに聞いてくれないのだ! やめろと言うと面白がって、俺の前にわざと現れるようになってしまったので、最近は何も言わないようにしているけど……

 

 それはともかく、俺は三人に俺の家で待っててもらうように頼むと、ベリサリウス邸へ足を運ぶ。

 

 エリスに中へ通されれた俺はいつもの執務室で座っていたベリサリウスに迎え入れられ、状況報告を行う。


「ふむ。城に乗り込んだか。プロコピウスらしい大胆さだ」


 ガハハとベリサリウスは莞爾かんじと笑い俺を労う。

 城に乗り込む気なんてさらさら無かったんだけどな。確かにプロコピウス(本物)らしいってそら、本人の行動だから、当たり前って言えば当たり前なんだぞ。

 

「お褒めいただき光栄です。報告は以上になります」


「プロコピウス。辺境伯とはまともな戦をしないでおこうと思う」


 ん。どういうことだ? 戦はするんだろうか。「まとも」な戦をしないのか、戦にならないのか。どっちだ。


「どういった作戦を行うのでしょうか?」


「お前とティモタらが開発したギリシャ火と飛龍を使い、各個撃破を行おう」


 相変わらず説明が無いな……ベリサリウスは。ええと、俺達の大きなアドバンテージは空戦戦力だ。辺境伯はこれまで飛龍を使った行動を起こしておらず、俺達は好き勝手に彼らの領土の上空を移動している。

 つまり、俺達の航空戦力を「空」から落とす手段は恐らく辺境伯にはない。もしあったとしたら、ベリサリウスは別の手を考えるだろう。

 飛龍は三十匹程度なら一度に出撃させることが出来る。飛龍は大人三人分の重量を乗せて飛ぶことができるから、壺に入れたギリシャ火を積んで、ロウソクの芯のようなものを壺に取り付けて火をつけて放てば、充分な攻撃になるだろう。

 

 辺境伯の兵は各地の街や領主が兵を集めて辺境伯の元へと馳せ参じる。挙兵し、集合するまでの間に叩いてしまおうってことだよな。確かに「まとも」な戦争にはならないだろう。

 空という圧倒的に有利な戦力を使い、魔法の届かない上空からギリシャ火の入った壺で攻撃する。火に焼かれ、混乱したところで近寄り上空から弓で仕留め切れば敵を仕留め切れるだろうな。

 

「ベリサリウス様。だいたい理解しましたが、辺境伯は聖教騎士団から我々の脅威を知っているのでは?」


 俺の疑念にベリサリウスは鷹揚おうように応える。

 

「対策を取られても一考に構わぬ。むしろ対策を取ってくれた方が望ましい。この戦いは序章に過ぎないのだからな」


 俺はベリサリウスへ懸念点……聖教騎士団から俺達の戦い方を辺境伯が聞いていて対応策を取ってくるのではないかと伝えたが、ベリサリウスはその方が望ましいと言っている。

 辺境伯が敗れたとなると、聖王国はこのままでは済ませないことは明らかで、彼の言う通り辺境伯に目をつけられ戦うことを選んだ時点で聖王国とある程度の決着をつけるまで戦いは終わらないことは容易に予想できる。

 ベリサリウスは辺境伯が頭を捻り、俺達へどのような対応策を取って来るのか今後の参考にしたいのだろう。

 

 そうは言っても、懸念点を述べた俺自身、辺境伯が俺達を脅威と認識している可能性自体低いと見ている。

 辺境伯の様子は随時、冒険者や行商人から情報を得ているが、彼らは俺達を舐めきっている。兵を集めて脅せばすぐに折れると考えている様子なのだ。

 聖教騎士団は俺達を舐めきって敗れたのだが、辺境伯はそのことを知らないのだろうか。それとも知っていて甘く見ているのだろうか?

 謎は深まるが、俺達にとっては悪いことではない。


「そうですね。この戦いは長い戦いの始まりでしょう」


「うむ。精々我々の糧になるくらいは頑張ってもらいたいものだな」


「では配置はいかがなさいますか?」


「そうだな。飛龍の部隊は私が率いよう。お前はミネルバと空からの監視だ。ハーピーも監視に回せ。彼女らの安全確保も頼む」


「了解いたしました。連絡役にはパオラでよろしいですか?」


「私の所にはエリスをつけよう。エルラインがお前についてくるというなら、彼でも良い。その場合はパオラにはローマにいてもらう」


「了解しました! 直ぐに準備に取り掛かります」


「決行は本日より三日後。よろしく頼む」


「全力を尽くします!」


 俺はベリサリウスへ敬礼すると、一瞬だけエリスに目くばせしベリサリウスの居室を去った。

 

 まずは何処へ行こうか……ハーピー達のところだな。

 ハーピー達はローマ、ラヴェンナ、ヴァルナに分散して住んでいて、半数以上はローマに住んでいる。ヴァルナに住むハーピーは僅かだ。ヴァルナは共和国の領土が近いのと、川が流れているためモンスターが川の向こうからは侵入してこない。

 そういった意味で監視する範囲が狭いのだ。さらに、ローマからリザードマンの村、ヴァルナは大きな街道を設置済みだから人の往来もそれなりにあるし、ローマ側からもハーピーが監視に当たっているからね。

 

 ハーピー達は集団で住むことを好み、ローマ風アパート――インスラをコの字型に建て、中央部を畑にしてキャッサバなどを育てている。

 俺がハーピー達の住むインスラアパートへ行くと、ちょうど二人のハーピーがキャッサバ畑に水をやっていた。

 

「ピウス様。こんにちは!」


 茶色の長い髪をしたハーピーが俺の姿が目に入ると気さくに声をかけてくる。余談だけど、ハーピーは胸の大きな者が多い。正直ティンほど胸が無いのは彼女以外に一人か二人しかいないんだぜ。

 まあ、そんなことはどうでもいい……

 

「リリアナさん。ちょっとお願いが……」


「ティンは今、空に行ってますよ。ピウス様」


 茶色の長い髪をしたハーピー……リリアナは俺へ即座に答える。


「い、いや。ティンではなく、ハーピーにお願いがあって来たんだ……」


「そうなんですか! たまにはティンじゃなく私の相手もしてくださればいいのに……」


 話が変な方向へ行きそうだったから、俺は慌てて辺境伯領の監視の件を依頼する。


「なるほど。分かりました! みんなに周知しておきますね。あとピウス様」


「なんだろう……」


「ティンと私、二人一緒でも構いません!」


 うああ。俺は聞かなかったことにしてそそくさと、ハーピーのインスラアパートを立ち去ったのだった。


※牛がふもふもしてるので明日お休みいたします。明後日またお会いしましょう!

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