第119話 ええい演説だ

 強引に演説をさせられることになってしまったが、いざ演説するとなると困るな……何を話せばいいのか。木の板に書いたことなんて一言だしなあ。

 俺はチラリとエルラインに目を向けると、悪戯が成功した時の子供のような笑みを浮かべている。ダメだ。ちょっと捻らないと、別の事をエルラインがやってきそうだぞ。


<トミー。私が代ろうか?>


 困る俺にプロコピウス(本物)が代ってくれるとありがたいことを言ってきてくれるけど、彼に任せたら嫌な空気になりそうな……ええい。思いつかないからもういい。

 ものすごく嫌な予感がビンビンするが仕方ない。時間も押してるし、俺は思いつかねえ。

 

<あまり過激なのはよしてくださいね。お任せします>


 俺が心の中にいるプロコピウス(本物)にお願いすると、体の主導権が彼に移る。

 俺はスウっと息を吸い込み、エルラインとカチュアを順番に一瞥いちべつした後、口を開く。

 

「我らローマへ無謀な挑戦をする愚かな辺境伯よ。いつまでそこに閉じこもっているのだ? 挑戦は口だけなのかな。いつまでたっても挙兵しないではないか」


 俺の皮肉たっぷりの声が街全体へ響き渡る。

 だ、だから過激なのはやめてくれって言ったじゃないか。ま、まだしゃべるの?

 俺の願いもむなしく、プロコピウス(本物)はさらに続ける。


「ならば私から出向こうか? 臆病者でないと言うのならば、そこのテラスまで出て来るがいい。勝利の指揮者たるプロコピウスが相手をしてやろう」


 だー! 城のテラス……確かにある。城にテラスらしきものは。もしノコノコと誰かが出てきたら行くのか? 行くんだよなたぶん。

 やはり任せるべきではなかった。思いつかなかったといって安易に人を頼るものじゃないと俺はこれほど後悔したことは、これまで無かった。いやあったな……誠に残念なことに。

 

「ふうん。やっぱりやる気なんじゃない」

 

 エルラインはケラケラと愉快そうに笑い声をあげる。

 お、俺じゃないんだー。いや、プロコピウス(本物)に任せてしまった俺の責任か。

 エルラインの奴、いい笑顔を見せやがって。恨めしい。


「かっこいい! ピウスさん!」


 カチュアが手を叩いて俺を褒めてくれる。その無邪気さが今は心に突き刺さるよ。

 

「お、ピウス。衛兵かな? テラスに出て来たよ。行くかい?」


「ああ。行こう」


 俺はニヒルな笑みを浮かべ、エルラインの誘いを承諾する。い、行くのか。


<ではトミーよ。体の主導権を返すぞ>


 待て! ここで俺に戻ったら死ぬ! 


<ま、待ってください。戦うんですよね?>


<剣を向けてきたら代ろうじゃないか。それでいいかな?>


<分かりました。それでお願いします>


 俺がプロコピウス(本物)と心の中で会話している間に、エルラインが先端に大きなルビーの付属した杖を一振りすると、俺の体が重力のくびきを抜ける。

 ふわりと浮き上がった俺はエルラインと共にテラスへ向かうのであったが。

 

――炎弾が飛んでくる!


 しかし炎弾は俺へ届く前に見えない壁に弾かれる。


「全く。つまらないことをするねえ」


 どうやらエルラインが魔術で炎弾をはじく見えない壁を張ってくれたみたいだ。

 安心して上空からテラスを眺めると……

 

 ええと、衛兵が十名に衛兵のリーダーらしき全身鎧を着た騎士が一人か。辺境伯らしき人物は見えないぞ。


「エル。辺境伯らしき人物は見えないから、戻る?」


「せっかく面白くなって来たんじゃない。行くよ。ピウス」


 エルラインは俺の前へ出るとどんどんテラスへ近寄っていく。もちろん、炎弾はもう十発以上こちらに飛んできているが、全てエルラインの魔術の障壁に弾かれている……

 あ、これ。エルラインから離れたら、炎弾に当たるじゃないかよ!

 俺は急ぎエルラインの真後ろへ追いつき、彼に隠れるように追随する。

 

「戻らないんだ。やっぱりピウスも楽しみたいんだね」


「……もう何とでも言ってくれ……」


 俺は憮然ぶぜんとした顔でエルラインへ言葉を返す。し、仕方ないんだこれは。

 

 

 テラスは城の二階部分にあり、外側は木と石で出来た柵。城の中へ続くであろう大きな両開きの扉があった。床は城の外壁と同じ石を四角に切りそろえたものになっている。

 広さは衛兵が三十人居ても狭さを感じないほどに広い。

 

 降りて来た俺達を衛兵が襲い掛かろうとするが、リーダーらしき騎士が手で彼らを制する。リーダーは俺くらいの身長に茶色の長い髭と禿げ上がった頭が特徴の、筋肉質な体をした三十代半ばほどの男だった。


「ローマのプロコピウスと言ったか? たった二人で降りて来たことに免じて話だけは聞いてやろう」


 一歩前に出たリーダーは俺へ居丈高いたけだかに言葉を投げる。


「君たちこそノコノコ出てきて、相手の実力も分からないのかい?」


 エルラインは口調こそいつもの彼らしく淡々としているが、内容はとても挑発的なものだった。もうどうにでもしてくれ。


「貴様!」


 衛兵が思わず叫ぶが、リーダーの男が手をあげると彼は引き下がった。すぐに激高しないあたり、この禿げ上がった頭のリーダーは侮れない人物かもしれない。


「上空に何がいるか君たちは分かるのかい?」


 エルラインの言葉に呼応するように、ミネルバが少しづつ高度を落としてくる。

 ミネルバの姿がハッキリと確認できた衛兵から驚きの声があがる。

 

「あ、あれは龍!」


 衛兵が口々に「龍だ!」と叫ぶことを満足そうな顔で見渡したエルラインは彼らへ言葉を続ける。


「飛龍だと思ったのかい? ここにいるプロコピウスは龍を従える程の人間なんだよ」


「なるほど。貴殿らの実力、たった二人で乗り込んでくるだけのことはあるのだな」


 リーダーのハゲ頭は納得したように頷くがミネルバに委縮した様子はない。

 

「僕らと戦うかい? それとも話を聞いてみるかい?」


 エルラインの質問という名の脅しに、リーダーは肩を竦める。

 

「ここで、龍と戦うわけにはいくまい。話を聞こうか」


「ピウス。要求をどうぞ」


 エルラインが突然俺に話を振って来る。

 俺は慌てて彼に目くばせした後、リーダーへ向き直る。


「さっき空から言った通りだ。攻める気があるならすぐに攻めて来い。それを辺境伯へ伝えてくれ」


「分かった。辺境伯へしかと伝えよう」


「用事はそれだけだ。エル。戻ろうか」


 偉そうに話をしているけど、内心心臓はバクバクいっている……早くこの場から立ち去りたい。

 エルラインは頷くと、杖を一振りする。

 

 俺とエルラインの体が浮き上がり、衛兵たちは茫然と俺達を眺める。俺達がミネルバの元へ戻る際には炎弾は一発たりとも飛んでこなかった。きっとあのハゲ頭のリーダーが制止したんだろう。

 あのリーダー。龍を前にしても、少なくとも表面上は落ち着き払った態度で応対していた。あれは手ごわいかもしれないぞ……厄介だな。

 

 ミネルバに戻り、炎弾が届かない距離まで上空へ登っていくとようやく俺は一息つく。


「残念だったね。ピウス。暴れたかったんだよね?」


「……」


 エルラインが肩を竦めるが、俺は大きなため息をついたのだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る