第114話 英雄召喚の考察
ローマに戻りベリサリウスへジャムカの戦闘を報告する。戦争の話になると彼は目を輝かせて感心した様に何度も頷いていた。
特にジャムカの魔法対策で見せた騎兵運用の巧みさを、ベリサリウスは褒め称えていた。
「英雄とはすべからく卓越した手腕を持っているものだな」
ベリサリウスは腕を組み、何やら思案顔だ。
「どうされました? ベリサリウス様」
「お前が既に調べているようだが、英雄召喚を行なった意図が気になるな」
「そうですね。聖王国に必ずしも味方をしない英雄召喚はリスクが高く思います」
「うむ」
以前一度ベリサリウスに説明したのだが、俺は彼へ英雄召喚の仕組みについて説明を始める。
英雄召喚は恐らく聖王国の王都にある聖教教会本部で行われている。
当初目的は国力の増加か国威発揚だと思っていたが、英雄召喚には致命的な弱点がある。それは召喚される場所を指定出来ないことだ。
そのため、英雄達は自身により馴染みのある場所へ召喚されたのではないだろうか。ジャムカは騎馬民族の元へ、カエサルはローマ時代と政体が近い共和国へ。
英雄はブリタニアに住む人々のように魔法を使ったり、人間離れした身体能力を持っているわけではない。地球の人類とここの知的生命体の平均的な戦闘能力を比べると、ブリタニアの方がはるかに優れているだろう。
しかし、英雄とは地球の三千年の歴史の中から選りすぐられた人物が召喚されてくる。ブリタニアにももちろん優れた人物はいるのだろうけど、今の時代だけの優れた人材と地球史に残る英雄とでは英雄に分があるとこれまでの戦いで俺は確信している。
政治力についても、カエサルはブリタニアの知的生命体に比べ劣っていることはまずないだろう。かの天才が遅れをとることを俺は想像できないから。
ブリタニアの住人だって千年に一人の存在は現れることもあるだろうけど、この時代にいるとは限らない。俺の知る限り例外は唯一人――エルラインだけだ。
彼は悠久の時を生きる千年に一人の逸材だろう。魔術を極めし者。その探求心は未だ衰えず、世界の謎を解明しようとまでしている。
話が逸れてしまったが、聖教が何故、自分たちに不利になる可能性の高い英雄召喚をするのか。考えうる理由は二つある。一つは英雄の力を軽視し「英雄召喚」で聖王国へ英雄が来たと喧伝し、国威発揚が出来ればいいだけの場合。
もう一つは、聖教の中に聖王国を快く思わない人物がいる場合か。
「ベリサリウス様。聖教も一枚岩では無いような気がします」
「戦略的に見て、ジャムカ殿やカエサル様、私達は聖王国にとっては良い方向ではないだろうからな」
どうやらベリサリウスも同じ事を考えていたようだ。しかし、聖教がミネルバ達に行っていた「声」の存在は明らかに俺達を排除しようと動いている。召還した者、「声」で邪魔してくる者、聖教の中枢に接触できれば何か分かるかもしれないけど。
「今は情報が足りません。いずれ接触できるかもしれません」
「そうか。今は悩んでも仕方がない。辺境伯との戦闘もそろそろだろう」
「辺境伯周辺の情報は集めております。都度報告いたします」
「うむ。よろしく頼む。ハーピー達も良く動いてくれている。お前が作った組織のお陰だな」
ベリサリウスは俺を褒めるが、彼の言う通りハーピー達が自発的に交代で警備に当たっていてくれるだけだ。俺は監視地域の指定をしただけに過ぎないんだけど……
ともかく、俺はベリサリウスへ一礼し彼の自室を辞す。
◇◇◇◇◇
辺境伯領の中心地はフランケルから南東へ馬で二日ほど行ったところにあるザテトラークという街になる。ザテトラークは上空から確認した限りだが、街の規模はフランケルのおよそ三倍。人口は一万人は超えるというのが俺の見積もりだ。
ザテトラークは城壁が無く、街の入口にあたる部分に検問があるにはあるが、入ろうと思えばどこからでも侵入できると思う。街の中央には堀で囲まれた城が立っていて、ここが恐らく辺境伯の居城なんだと思う。
城は石造りの二階建てで、左右に二本の塔が立っている。塔のてっぺんには監視施設が見えた。
ハーピーの監視は魔の森の中だけだから、ザテトラークはもちろんフランケルにさえ監視の目は届いていない。ザテトラークとフランケルの情報収拾は冒険者と行商人に頼んでいる。彼らからもたらされる情報は一週間ほどの時差があるけど、辺境伯が挙兵したとしても、魔の森まで到着するにはそれ以上の日数がかかるから俺達の迎撃態勢を整えるには問題無い。
今のところまだ辺境伯が兵を集合させたという情報は入って来ていない。
<ピウス。今からそちらへ行くよ>
不意にエルラインから脳内メッセージが入る! 慣れてきたとはいえ、未だに唐突な脳内メッセージは心臓に悪い……このメッセージは俺から返信できない一方通行のものだから、俺に拒否権がない……
俺が座る椅子の向かいに音も立てずにエルラインが現れると、「やあ」と彼は挨拶をしてくる。もちろんエルラインが出現する前、その空間には何も無かった……これも心臓にとてもとても悪い……
「エル。どうしたんだ?」
「この前言っていた、僕の討伐隊の話を覚えているかな?」
「あ……そういえばそんなことを言っていた気がする……」
「全く……すぐに討伐隊が出ると思ったんだけど、まだ動きが無いんだよね。討伐隊を出すか出さないかでひと悶着あったようだね」
「聖教騎士団だっけ?」
「うん。そうだよ。聖戦だとか張り切って来るものだと思っていたんだけど」
「ナルセス様が説得してくれているのかもしれないなあ……」
「ナルセスって、あの気持ち悪い英雄かな」
エルラインはあからさまに嫌そうな顔でナルセスの名を呼ぶ。エルラインはナルセスの事を快く思ってないのは俺も既に承知のことだけど、そこまで露骨にする必要ないじゃないか。
彼はナルセスのカリスマが気に入らないんだろう。人を盲目にしてしまう魔性の魅力。エルラインは「人の自由意志」を重要視しているから、それを鈍らせるナルセスのカリスマは気に入らないんだろう。
エルラインは世界の謎が隠されているかもしれない例の「銀のサイコロ」を解明できるかもしれない存在として、英雄に好意的なんだけど、ナルセスには辛辣なんだよなあ。下手したら自ら抹殺しに行きそうな勢いだ。
「エル。頼むから暗殺しに行くとか言わないでくれよ」
「暗殺。悪く無いね……」
クククと口の端をあげ微笑むエルライン……冗談と思うがシャレにならないって……
「暗殺する必要性がないだろ……」
「目障りだからねえ。いっそやってしまった方がいいかもしれないね」
「待て待て! 敵になり、戦場に立ったのならともかく、無駄に殺人はしたくないし、エルがそうするのを見逃したくないよ」
「ハハハ。冗談に決まってるじゃないか。君なら彼女でも落とせるかもしれないね」
「ナルセス様をそういう対象で見ないでくれ!」
ナルセスは確かに美しい。薄幸の美女って感じの静粛な雰囲気のする聖女だ。しかし、ナルセスは神と結婚した存在。触れる事さえしてはダメだ!
触れる気も無いけど……
「全く君は、次から次から」
エルラインは肩を竦めため息をつく。
この後、お茶を持ってきたティンが「彼女も落とせる」ってところだけを聞いていたようで、持ってきたお茶を落とすというハプニングがあった……
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