第113話 待つのじゃああ

 んーむ、何がなんだか分からなかったけど、敵は倒れた!やったぜ。

 しかし、もうちょっと余裕を持って攻撃をかわしてくれないものかな……


 ギリギリ過ぎて心臓に悪い。


 プロコピウス(本物)から体の主導権が俺に戻って来たが、俺は呆然と宝石龍を眺め棒立ちになっていた。

 その間にジャムカは仲間を呼びに行ったようで、彼の後ろには騎馬が追随している。あれは先ほど避難させた精鋭達だろう。

 まだ戦闘の余韻から抜け出せない俺は手を振るジャムカへ手を振り返すのが精一杯だった。


 と、そこへ不意に肩を叩かれる。後ろか!

 後ろを振り返るとエルラインがニコニコ微笑んでいる。怖いって。


「やあ、ピウス。楽しそうだったね」


 楽しそうなのは俺じゃなくプロコピウス(本物)なんだよ! と言いたいが言えず、俺は無言で項垂れる。


「正直疲れたよ」


「戦闘を嫌がる癖に、いざ戦うと楽しそうなんだから君は面白い」


 嫌がってる人と楽しんでる人が別人だからな! などとはもちろん言えず、俺は大きなため息を吐く。


「しかし、各地に災害級のモンスターが居るんだな……」


 話題を変えようとした俺へエルラインは楽しそうに、さも楽しそうに応じる。


「龍の谷から更に北へ行くとまだまだいるよ。行きたいの?」


「触れないで済むなら触れたく無いよ!」


 俺はそこで会話を切り、ハンマーで宝石龍ジュエルビーストの背板を取り外しているジャムカ達の元へ向かう。

 

 宝石龍ジュエルビーストの背板は近くで見るとルビーに非常に近い鉱物で出来ているように見えた。これは宝石としても売れるんじゃないかな。

 背板は一枚あたり八十センチ四方ほどの大きさがあり、それが二十枚近くある……これはものすごい儲けになるんじゃないか? といっても宝石類は研磨しなければ大した価格では売れない。

 原石もそれなりに売れるけど、宝石は研磨してカットする工程に高い技術が要求されるんだ。

 

 確か首についていたフリルもこれと同じ鉱物で出来ていたよな……俺はあまりの鉱石の量に頭がクラクラしてきた。

 

「いよお。取り分はどうする?」


 ジャムカは手を休めず背板の方を向いたまま俺に問う。

 んー正直、背板一枚でももらえればいいかなと思ってるんだけど……俺達は便乗しただけだしなあ。ジャムカなら仲間の騎兵と共に宝石龍ジュエルビーストを倒すことが可能だったはずだし。


「いえ、これはジャムカ殿達が犠牲を払って呼び寄せたものですから、俺達が貰うことなんてできません」


「なにけち臭いこと言ってんだよぉ。半分は持って行っていいぜ」


「さすがにそれは! では、背板を一枚いただけますか?」


「欲がねえ奴だな。そっちへ隠居するときに持参金代わりに何枚か持ってくぜ」


 ジャムカはガハハと豪快な笑い声をあげる。

 そこへいつの間にか隣にやって来たエルラインが苦言を呈する。

 

「ピウス。板や首の鉱石はともかく、目玉は一つ貰おう」


 そう言えば、目玉も宝石でできていたな……紫がかった宝石だったか。

 

「ジャムカ殿。心苦しいんですが、いただいてもよいですか?」


「おう。持って行けよぉ」


 俺はジャムカに礼を言うと、エルラインと協力して宝石龍ジュエルビーストの目玉を取り出す。目玉は直径六十センチほどあるアメジストのような宝石だった。

 持ってみると、重い……とても重い……何とか宝石を抱え上げた俺へエルラインが一言。

 

「その目は魔力を蓄えるんだよ。持っておいて損はないから」


「これだけ大きければ、相当魔力を溜め込みそうだな」


「オパールより魔力を溜める量が大きいから、それなりの魔術が組み込めるよ」


「おおお。それは凄い!」


 俺は両手で抱えた紫の宝石をまじまじと見つめていると、今度はミネルバから声がかかる。


「ピウス。重いのだろう。我が持とう」


 ミネルバは片手で紫の宝石をひょいと下から掬い上げると、軽々と片手で持ち上げてしまった……手のひらに丸い宝石を乗せた形の持ち方で、あれはかなりの力が無いと持てない持ち方だよ。

 手首の力だけで持ってるから……さすが龍。腕力が違い過ぎる。

 

 さて、ジャムカ達ともう少し一緒に居たいところだけど、戦闘も終わったしそろそろおいとまするとしますかね。


「ジャムカ殿。それでは俺達はそろそろ戻ります」


「もう帰るのかよお。酒くらい飲んで行けよぉ」


「祝勝会用にローマ産のキャッサバ酒を届けますよ。楽しみにしておいてください」


「おお。あの甘い酒かあ。好きな奴が多いから楽しみに待ってるぜ」


 俺はジャムカに手を振ると、ミネルバから再度、紫の宝石を受け取り彼女に龍の姿になってもらうように頼む。

 彼女は少し俺達から離れると、白い煙が彼女から立ち込め龍へと姿を変える。


「少し待つのじゃ!」


 幼さの残る女性の声。ジャムカの仲間の騎馬民族かな?

 俺が声の方向に目を向けると、馬上から睨みつける十代半ばほどの少女が目に入る。何でそんな睨まれてるのかなあ……

 

「ジャムカ殿。彼女は?」


 俺がジャムカに問うと、彼はバツの悪そうな顔になって口を開く。


「ああ。そいつはラウラっていう女だぁ。めんどくさい奴なんだぁ」


「ジャムカは黙るのじゃ!」


 少女は馬から降りると、俺の方へトコトコ歩いて来る。彼女は簡素な白の貫頭衣に腰には革のベルトを締め、脚には馬の革で出来たブーツを履いている。身長は俺の胸の辺りまでしかなく、カチュアより低いかな。

 何より特徴的なのは尖った耳だ。この耳はエルフのものだろう。幼さの残る顔であるが、大きな丸い瞳と愛らしい口元が目を引く。

 俺の目の前まで来ると、長い金髪をなびかせ、腰に手を当てる。ちなみに胸はティン並みだ。

 

「お主にジャムカはやらん!」


「ちょ。何の事だ……ジャムカ殿を欲しいなんて言ったこと何てないんだけど……」


「ジャムカはこの戦いが終わったら、お主達の所へ行くといっておる! ジャムカは渡さぬぅ」


 勝手に俺が強引にジャムカを連れて行くことになってんのかよ! ちゃんと説明しておいてくれよ! ジャムカ!

 

「ジャムカ殿!」


 俺がジャムカへ助け船を求めると、ヤレヤレといった様子でジャムカが少女――ラウラをたしなめる。

 

「ラウラ。俺が自分からローマへ行きたいって言ったんだよお。ピウスには住ませてもらうように頼んだだけなんだあ」


「なんじゃとお! ジャムカ! お主が騎馬民族を治めぬとまとまらぬぞ!」


「ラウラがいるじゃあねえかあ。族長の娘なんだろお!」


「わらわはジャムカと共に草原を治めるのじゃ! 勝手に行かないで欲しいのじゃ」


「これだからガキは……」


 ジャムカはぼりぼりと頭をかくと、肩を竦める。

 

 これは長い言い争いが続きそうだ……俺はエルラインに目くばせするとそっとミネルバの背に登る。


「ジャムカ殿! では私達はこれにて!」


 俺の声と共に、ミネルバが浮き上がる。


「ちょっと待てえ! まだ話は終わってねえ」

「待つのじゃ! ジャムカをたしなめて欲しいのじゃ!」


 ジャムカとラウラが俺を呼び止めるも、知ったことじゃあねえ。さらばだ。ジャムカ。

 俺は朗らかな笑みを浮かべると、彼らに手を振る。さて、ローマへ戻るか。

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