第110話 聖王国の歴史

 パルミラ聖王国――通称聖王国は魔法が開発されるまでは小さな国で、隣国にいつ滅ぼされるのか分からないほど弱体な国家だった。


 当時の聖王国は、聖教を信仰する数ある国の一つで、今のように聖教の本部が王都に置かれているわけではなく、宗教色も今ほど強く無かった。

 国名もパルミラ王国だったらしい。


 国を豊かにする為に、魔術の研究が盛んだったが、元々魔術の研究は農業生産を安定させるためのものだったらしい。そのかいあってか、国は干ばつなどの自然の猛威にも負けず、飢饉が起こらなくなる。

 しかし、魔術を習得するには才能も時間も必要で、国の財政を圧迫していたのだ。食べるに困らなくなる為には、莫大な予算がかかる魔術師を育てねばならない。

 この危機に魔術師達はもっと手軽に使える魔術――魔法の開発に着手する。

 それは簡単な事ではなく、魔法の研究は難航し予算だけが食いつぶされることになる。閉塞感に見舞われるパルミラ王国へ、二人の天才が出現する。


 彼らはたった二人でこれまでの研究成果をまとめ上げ、魔法の体系化に成功する。更に、魔法をいかに効率良く学ぶかも研究し、その成果を書物に残す。

 こうして魔法を体系化したパルミラ王国は急速に拡大していく。現在もブリタニアの全てを征服しようと、隙あれば草原や共和国へちょっかいをかけているそうだ。


「とまあ、こんなことろかな」


 エルラインは戦場から目を離さず、ここで言葉を切る。


「エル。ありがとう。歴史を聞くのは面白いな。生存の為の魔法が今や侵略の為になってるのは、皮肉としか言えないな」


「力を持った権力者なんてそんなものじゃない?」


 んー、そうだろうか。少なくともエルラインやベリサリウスは違う。力に奢ることなく、傍若無人な態度は取らないじゃないか。


「少なくともエルやベリサリウス様はそうじゃない」


「……全く君は」


 エルラインは肩を竦める。彼が今少し照れているのが俺には分かる。面と向かって言われる事に慣れてないんだろうな。可愛いところもあるじゃないか。普段は憎たらしいけど。


「エル。パルミラの二人の天才もきっと、予算に悩まない平和な国を望んだんだと俺は思う」


「ふうん。彼らには力が無かったと思うのかな?」


「いや、二人はきっと魔術の相当な使い手で、思うがままに振る舞えたと思う。魔法も開発したし名声も凄かったと思うよ」


「魔法を完成させたからそう思うのかな?」


「ああ。絶大な魔術と名声で国を取る事も出来ただろう」


「君が言いたいのは力を持つ者でも、その人格次第って言いたいのかな」


「うん。そんな感じだよ。きっと二人は飢えることの無い国を望んだだけなんだ。そうするだけの力が二人にはあった。それだけだよ」


「……」


「エル?」


 エルラインが急に黙ったので、彼を覗き込むと、涙目になっている!

 俺は急ぎ、彼から視線を逸らす。何か見てはいけない。そんな気がしたからだ。彼の表情は俺じゃなく別の誰かに見せるものだと思ったからだ。


「エル。君を理解する者はやはり居たんだね」


 エルラインは独白するが、ここには居ない誰かに語りかけている様にも見える。エルラインがエルと呼びかけるのもおかしな話だけどさ。


「ありがとう。ピウス。君はやはり面白い」


 トリップから戻ったエルラインは、いつもの笑みで俺へ礼を述べる。

 何かしたっけ……俺。

 彼の中で何か納得した様子だけど、説明してくれないと困る。俺がエルラインへ口を開こうとした時、彼から手で待ったがかかる。


 無言で下を指差すエルラインを見た時、俺はハッとなり気が付く。

 俺はジャムカの戦争を見に来ていた事に……


 戦いは既にジャムカ達の追撃戦に移っており、逃げ惑う聖王国の兵士をジャムカらが追い立てていた。


 全て追撃し尽くすのかと思ったが、ある程度追ったところで聖王国の兵を逃がしていく。何かしらの理由があるのかな?


「何でわざと逃がしてるんだろうなあ」


 俺の呟きをエルラインが拾う。


「あれはね、武器じゃないかな」


 んんと、武器の品質が悪くてもう切れ味が無くなってるから追撃しないって事なのかな。

 改めて眼下を見ると、聖王国の兵士は既に全体の半分以上数を減らしている。これだけ減れば全滅といって差し支えないだろう。


 ジャムカ達は最初に連続で矢を放っていたから、既に矢は尽きていると思う。手持ちの武器も、重さで叩き斬るような武器ではなく、片手で持てる軽い槍か剣だ。

 切れ味が必要な武器みたいで、ある程度切り裂いたら切れ味が落ちるのは分かる。


「武器かあ。予備も持てれば良かったんだけどなあ」


「彼らにそこまでの余裕は無いよ。草原の街は鍛治施設も小さいからね」


「そういう意味でも炎弾はすごいな」


「武器と違って手荷物にならないし、補給もメンテナンスも必要ないからね」


 考えれば考えるほど、炎弾は強力だ。兵器としての性能もさることながら、魔力は休息すれば回復するし、最悪丸腰でも炎弾で反撃することだってできる。


 聖王国や草原レベルの技術水準ならば、圧倒的なアドバンテージがあるよな。でも俺は炎弾の天下もそう長く続かないと思う。


 炎弾に対抗する手段をいずれ共和国が得ると思うからだ。

 聖王国も炎弾だけに頼りあぐらをかいていれば、そのうち共和国に足をすくわれると思うぞ。


 炎弾への対抗手段は、燃えない盾で塞ぎ切ることや、射程距離外からバリスタなり砲弾なりで攻撃するのもいい。

 炎弾の弱点は集中力が乱れると放てない所にある。癇癪玉のように派手な音が鳴る砲弾を集団の中へ放り込むのもよい。

 いずれにしろ、燃えない盾を準備できれば優位性は薄れるんじゃないかな。


「また考え事かい? 炎弾への対策かな?」


「いやまあ、俺たちローマはギリシャ火と飛竜で優位に立てると思うけど、聖王国は数がいるからなあ」


「その為に、カエサルやジャムカと遊んでいるんだろ? 君は」


「遊ぶってそんな……まあ、辺境伯の件が終わって平和的に聖王国と共存できればいいんだけど」


「難しいんじゃないかな。まあ君たちなら辺境伯を打ち負かすと思うけど、次は聖王国が出てくるよ」


「まあ、そうなるよな。そして、その戦いは甘くない」


「そうなるだろうね。いいじゃないか。油断した相手ばかりじゃ君も面白くないだろう?」


 また勘違いしているようだけど、俺はエルラインに何度も言っているように戦いが好きではない! 毎日風呂に入ってのんびりした生活を送りたいんだよ。

 あー、毎日暇だなあとかいいながら、平和を謳歌したい。しかし、パルミラ聖王国は亜人排除を国是としているから激突は必至だろう。辺境伯が俺達へ仕掛けて来る理由は金銭欲からだろうけど。

 脅せば屈すると思っているんだろうな……ラヴェンナの繁栄を横取りし、税収でウハウハしようとしたってそうは行かない。辺境伯に従うと、最終的に俺達は滅ぶことになるだろう。だから、平和主義を自称する俺だって従うって選択は初めからなかった。

 後悔させてやろう。ネズミを追い払うつもりで俺達へ手を出して来たことを。俺達はネズミではない、獰猛な獅子だと分からせてやろう。その身をもって……

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