第109話 英雄ジャムカ

 俺はジャムカと握手を交わすと、呼んでくれた事に感謝を述べる。

 

「ジャムカ殿。本日はよろしくお願いします」


「いいってことよ。あんたらも聖王国と戦うんだろぉ」


「辺境伯の私兵ですが……」


「よく似たものだろお。あいつらは炎弾さえ何とかしちまえば、勝てるぜぇ」


 ジャムカは獰猛な笑みを浮かべ、真っすぐ地平線を睨みつける。きっとあの方角に聖王国の兵がいるんだろう。彼は炎弾さえ何とかすればというが、炎弾こそ聖王国の強みなんだよな。

 射程距離が二百メートルほどで、確実に当たる遠距離攻撃。逃げても追尾して当たるからなあ。

 

「簡単には行かないんじゃないですか。炎弾は」


「いいかぁ兄弟。俺達騎馬民族の戦い方を見せてやるぜぇ」


 ガハハとジャムカは腰に手を当て豪快な笑い声をあげる。彼の様子からは不安を微塵も感じさせない。対策があるのか……

 

「上空から見させていただきます」


「油断した奴らに勝利はねえんだぜ。奴らが平原にノコノコ出て来たことを後悔させてやるぜえ。もちろんあの世でなあ」


「前回も平原での戦いと聞いてますけど」


「それが油断だってんだよぉ。前回と今回では様相が違うって分かる奴があいつらの中にいねぇんだろうなぁ」


 前回か……恐らく聖王国の指揮官はナルサスだと思う。彼じゃない、彼女に会った時に遠征がどうとかの話を聞いた覚えがある。今回はジャムカが騎馬民族を率い、聖王国は騎馬民族の脅威を認識していない。

 騎馬民族はジャムカが言うように、炎弾の魔法を研究し戦いに挑むのだろう。前回とは様相が異なるのは確かだ。

 騎馬民族の強みは、機動力と突破力にある。彼らが最も得意とする地形は遮蔽物の無い平原になる。砦などに立てこもれば、騎馬の優位を殺せるが……まあ、敵の事を心配する必要なんて全くないけどね!

 

「それでは、空から見守っています」


「おぅ」


 ジャムカは俺に手を振ると、騎馬民族へ集合をかけ、南へと馬を走らせる。俺とエルラインはミネルバに乗り、彼らの後を追っていく……

 

「面白くなってきたねえ」


 ミネルバの背から騎馬集団をながめながら、エルラインはのんびりした声で俺に話かける。

 

「ジャムカなら何か考えがあるんだろうけど」


 俺もエルラインと同じように騎馬集団をじーっと見つめる。

 


◇◇◇◇◇


 

 一時間ほど騎馬集団を追いかけただろうか。彼らは突如立ち止まり、一斉に弓を構え矢を放つと右に方向転換し、また走り出す。三分ほど走るとまた同じように矢を放ち、今度は左前へと進みだす。

 矢を放つのだから、先に敵がいるのだろうけど俺の目では米粒ほどの影が確認できるのみだ。矢が敵に当たっているのかも分からない。


「エル。見える?」


「うん。面白い手を使うね」


「あの矢は敵に届いてるのかな?」


「ううん。ほんの一部だけだね。この距離だとよほど力を入れないと届かないよ」


「それでもあれだけの矢を放つって」


「だから面白い手と言ったんだよ」


「なるほど」


 この距離でも一部の矢は届いているのか……ジャムカ達騎馬集団はジグザグに進みつつ、矢を放っていく。俺の目にも敵集団が見えて来る。距離は約三百メートル。いよいよ炎弾の射程距離に入りそうだ。

 また弓を放つ騎馬集団。この距離だと並の弓では矢が届かない。ジャムカのような超人なら別だけど……

 聖王国側は、ジャムカ達騎馬集団をいまかいまかと待っている様子だが、矢により多少の被害が出ている様子。射程距離に入る直前、再度矢を放つ騎馬集団。被害を出しながらも炎弾を放とうとする聖王国。

 

――騎馬集団が鋭角的に左へ舵を切る。


 この動きで炎弾の射程距離ギリギリを保った騎馬集団。聖王国は炎弾を放てず脱力した様子だが、騎馬集団は矢を放つと一気に聖王国の兵団へと突撃する!

 聖王国の兵は一度切れた集中力に加え、ジャムカ達が左右に揺れながら突進してくるため、炎弾の狙いをつける前に彼らに蹂躙されていく。

 乱戦状態になると、炎弾を放つことは難しい。炎弾は正確に敵へ当たるが、間に味方がいた場合はもちろん味方に当たる。その為、敵味方が入り乱れる乱戦となれば使用が難しくなる。炎弾は下手に威力が強いものだから、味方に当たった場合でも当たりどころが悪ければ即死するから……

 

 ようやく全体が確認できた俺は敵兵力の確認を行う。俺がざっと見た感じだが、敵兵力はおよそ三千。ジャムカ達は千五百だからだいたい倍か。

 

「なるほど。良く考えてるね」


 エルラインが感嘆の声をあげる。

 

「良く統制された騎馬の動きだよな。ジャムカの一団が一つの生き物のように見える」


 俺もエルラインと同じくジャムカ達の動きに感心する。

 

「それもあるけど、魔法の特性を見極めて動いているね」


「ええと……」


「ピウス。魔法は相手を認識し、目で捉えて狙いをつけないといけない。放てば自動で当たるけどね」


「ああ。あの速度で左右に振られると目で捉えづらいかな?」


「うん。それだけじゃないよ。魔法を使うには頭に図形を浮かべるほど集中しないと使えないんだ。それは分かるよね?」


「その為の矢か! 矢で集中を乱し、更に急な方向転換で目を逸らし、隙を見て一気に肉迫したのか!」


「そういうことだよ。乱戦になれば魔法は使いづらいからね」


 さすが英雄ジャムカ。相手の利点と弱点を見極める力と集団をここまで滑らかに機動させる指揮力。騎馬を率いれば右に出る者はそうそう居ないだろう。

 

 騎馬集団が敵集団の中央突破を果たすと、今度は外周を回るように動き敵集団を削り取っていく。騎馬はこれまで一度たりとも立ち止まっていない。こうなれば聖王国の兵団は削られるのみだ。

 騎馬の突進力と機動力に蹂躙され、どんどん数を減らしていく……戦いの趨勢はジャムカの圧勝で終わりそうだ。

 

 普段のひょうひょうとした感じからは想像つかないけど、やはり英雄は英雄か。戦いでこそ輝きを放つ。今のジャムカ達と俺達が戦争をすれば、俺達が優位に戦えることは確かだけど、ジャムカならば被害を最小限に抑え退却し、対策を練って来ると思う。

 そうなると、負けはしないと思うがこちらの被害も相当なものになりそうだ。敵対していなくて良かった……

 

「このまま終わりそうだなあ」


「そうだね。彼がいるのなら聖王国も今後再占領は難しいだろうね」


「ん。俺達の戦いの時ほど興奮していないなエルは」


「それなりに興味深いよ。彼の戦術は。魔法も無く、ここまで一方的に勝ってしまうなんてね」


「勝てないものなのかな?」


「魔法の炎弾はそれだけでかなりの武器になるんだよ。それは分かるよね」


「ああ。今回は聖王国側の油断もあったと思うけど、手堅く戦えば魔法無しの集団にはそうそう負けないだろうなあ」


 魔法の炎弾の脅威は、命中率の高さにある。二百メートル以内に敵が入れば一斉射撃を行えるし、確実に当たるのだ。これは大きなアドバンテージだぞ。

 

「聖王国は元々小国だったんだよ」


「えええ!」


「聖王国は魔術から魔法を体系化し、軍隊組織に魔法を組み込むことで勢力を拡大していったんだよ」


「なるほどなあ。聖王国の成り立ちかあ。エルは知ってるのか?」


「長く生きているからね。だいたいは分かるよ」


「聖王国について、教えてくれないかな?」


「まあ、戦いが終わるまでまだ時間があるだろうし、いいよ」


 エルラインは聖王国について語り始める。

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