第108話 使用上の注意
「分かりました。ピウスさん」
「僕も分かったよ。人間には致命的だね。これは」
なんとたったこれだけの時間で分かってしまった。すげえな二人とも。
「注意点を僕から話そうじゃないか。火を消すのに砂をかけることや火事の時に家の中にいた場合に起こることから推測ができたよ」
「そんなすぐ推測できるものなのかよ!」
「つまり、爆発的に燃え広がるから呼吸が出来なくなるんだろう」
「正解だよ! 何で分かるんだ……」
この二人の頭はどうなってんだ。酸素の事を知らないはずなんだけど。火が燃える為には酸素が必要で、ギリシャ火は爆発的に燃えるので空気中の酸素を一気に消費する。
ギリシャ火に囲まれると、酸欠になり呼吸困難で倒れる。自身が焼死するのが先か、酸欠で倒れてしまうのが先かってことだ。
「ありがとう。ティモタ。ベリサリウス様へ報告してくるよ」
俺はティモタに礼を述べるとベリサリウスへギリシャ火の報告へ向かう。
ベリサリウスはギリシャ火の名称を知らないだろう。ここに来てからティモタの実験を見て、どんなものが出来るのかって聞いたかも知れないけど、ローマ時代のベリサリウスはギリシャ火を知らない。
言い切れるのには理由がある。答えは単純で、彼が生きた時代にはまだギリシャ火が開発されてなかっただけだ。ギリシャ火が開発されるのは、ベリサリウスの時代から二百年以上先の事になる。
「ローマを救った炎」――ギリシャ火は東ローマ帝国を語る上で外せない兵器で、幾度もローマの危機を救ったんだ。
水をかけても消えない炎は特に海戦で威力を発揮した。当時の船は木製で、火がつくと燃え広がるが、海の上ならば普通、海水で消し止める事が出来る。しかし、ギリシャ火は水をかけても消えない。船の上と逃げ場が無い船員達は船を放棄し海へ飛び込む以外に対処の方法が無いわけだ。
と、考え事をしていたらベリサリウスの家に着いた。俺はベリサリウスにギリシャ火の完成と性質を伝えると、彼は手放しに俺を褒め称えた。
その後、ギリシャ火がいかに素晴らしい兵器なのかを半時間ほど聞かされる……いや、ギリシャ火の素晴らしさは分かるが、ベリサリウスがここまで興奮し語りかけるとは思ってもみなかった。
「では、ベリサリウス様。これにて」
「うむ。何度言っても称え足りないが、ギリシャ火は素晴らしいぞ!これこそ今後の戦いを変える兵器だ!」
ベリサリウスは最後まで、ギリシャ火を褒め称えていた……
戦士団、ギリシャ火、武器の準備……とだいたい下準備は進んだかな。
俺たちの強みである航空戦力――飛竜もこの一年で三十を超えるまでになった。
素人考えだけど、ギリシャ火を上空から投下して、混乱したところを弓と精霊術で蹴散らせば勝てるんじゃないかな?
魔法と精霊術はだいたい射程距離が同じくらいで、弓もそこまで射程距離は変わらない。俺の目算だとだいたい二百メートルくらいだろうか。
だから、魔法の射程外からギリシャ火を投下すれば勝てるんじゃないかと思ったわけだよ。
まあ、相手次第だろうけど。俺たちが航空戦力を使う事は聖教騎士団が身をもって体験しているから、何らかの対策を打ってきても不思議じゃないし。相手の情報は探れるだけ探りベリサリウスへ報告する予定だ。後はボスにお任せするよ。
「で、ピウス。ジャムカのところへ行くのかい?」
「あ、ああ。そうだった。ミネルバに乗せて行って貰おうかな」
「空から観戦かい? それなら飛行魔術でも大丈夫だけど?」
「飛行魔術! あれは良かった! 使ってくれるのか?」
「そんな顔されたら、使うしかなくなるよ。いいよ。転移魔術と飛行魔術でいこうか」
「おお! ありがとう。エル!」
俺のはしゃぎようにエルラインはやれやれと肩を竦める。
そうなのだ。ジャムカに誘われていたんだったよ。そろそろ約束の日だから、彼の元へ行かねば。
草原の聖王国占領地に戦を仕掛けるから見に来ないかとジャムカが誘ってくれたので、聖王国の戦い方を研究する為にも見にいこうと思って、彼の誘いに乗ったんだ。
エルラインの転移魔術で、草原との境界線にあるサマルカンドに移動。そこから空を飛んでジャムカの元まで行くつもりだけど……
あ、ジャムカのところまでの距離がどれくらいあるか分からないな。やはりミネルバに来てもらった方が良いんじゃないかな。
「エル。どれくらい飛ぶか分からないから、やっぱりミネルバの方が良いかな?」
「魔力切れは心配ないよ。スピードもミネルバと変わらないし。荷物があるならミネルバに来てもらった方がよいね」
「野営も必要かもしれないしなあ」
「だいたい、場所が分からないのにどうやって行くんだい?」
「ずっと真っ直ぐ行けば会えるって行ってたから……」
「君は頭が切れるのかそうじゃないのか分からなくなるよ……ミネルバに来てもらおうか。サマルカンドまでは転移魔術で行こう」
「りょ、了解……」
エルラインの指摘は最もな事だから、俺は何も言い返せなかった……
こうして俺とエルラインはミネルバを連れてサマルカンドへ転移魔術で移動したのだった。
◇◇◇◇◇
サマルカンドからミネルバが飛ぶ事三時間ほど……馬の集団が遠目に見えて来た。俺の視力ではまだ彼らがジャムカ達なのかは分からない……
「居たね。良く会えるものだよ」
エルラインは呆れたように俺へ声をかける。
「見えるのか?」
「うん。人間の視力じゃまだ見えないかな。ミネルバも多分見えてるよ」
「俺だけ見えないとか何か悔しいな……」
「ピウス。会えるのだからいいではないか」
ミネルバの大きな声が俺の耳へ届く。
俺とエルラインはミネルバの背に乗っているから、彼女の声を聞くには彼女が大きな声で話をしてくれないと届かない。
「ピウス。無事会えたから黙っていようと思ったんだけど。ミネルバがいるなら、ジャムカに会えるよね」
「……例の声ってまだ聞こえるの?」
「さあ。後でミネルバに聞いてみたら?」
「……分かった」
抜け過ぎだろ、俺。ミネルバが俺に会った時も、ジャムカに会った時も、彼女の頭に響く声を頼りに会ったんじゃないか。声が聞こえるなら、場所は分かる。
ダメだ。気が抜け過ぎだよ! 引き締めないとなあ。
「手を振ってるね。彼らは見えてるみたいだよ」
「さすが草原に住んでるだけあるな……」
「ふうん。草原に住むと目が良くなるものなのかい?」
「ずっと遠くを見るとこに慣れていると目が良くなるらしいよ」
草原に住む人は非常に目が良いと、地球にいた頃に聞いたことが何度もある。テレビでそんな番組がやっていたけど、視力が2.0ある日本人が目視出来ない距離でも草原に住む人たちはしっかり見えていた。
目の良さは彼らの大きな武器だろう。索敵するにも相手が見えない距離から確認できる。草原は遮蔽物が無いから、距離だけが姿を隠す手段になるものな。
「さあ。行こうか」
ミネルバの速度だと、みるみる騎馬集団との距離が縮まって来る。
ようやく俺にも視認できる距離になって来た。騎馬の一部が手を振っているのも確認できる。
きっと手を振っているのがジャムカの近くにいる者だろう。
俺たちは手を振る騎馬の近くへ降り立つと、騎馬の集団が割れ、ジャムカが顔を出した。
「よお。兄弟。良く来たなぁ」
ジャムカは朗らかに俺を歓迎してくれた。
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