第107話 ギリシャ火

 カチュアがティモタを通してくれて、俺たちは彼と挨拶を交わす。

 ティモタ達の研究開発が完了していたなら、従来の戦い方そのものが古いものになるかもしれない。


 う、エルラインにもまだ聞きたい事があるんだけど。


「ティモタ。すまない。少しだけ待って欲しい」


「少しと言わず、ゆっくりとどうぞ」


 ティモタは柔和な笑みを浮かべ、エルラインの隣に腰かけた。


 気になったのは英雄召喚の魔術何だよ。異界から人を呼び出すんだから、相当魔力を使う魔術のはずだ。エルラインの言葉通りなら、個人では不可能な程の複雑な魔術の構築が必要にならないか?

 それ程の魔術を使いこなす者なら、エルライン程ではないにしても驚異的な魔術の使い手なんじゃないだろうか。


「エル。英雄召喚の事が気になってさ」


「ん? やり方かい?」


「やり方は俺にとってあまり気にならないけど」


「仕組みに興味無いなんて変わってるね」


 隣で話を聞いているティモタがエルラインに同意するように何度も頷いてるけど、俺は学者肌じゃないしなあ。

 興味が全く無いと言えば違うけど、仕組みより使い手の実力の方が優先する情報だよ。


「英雄召喚って膨大な魔力が必要なんだよな?」


「うん。そうだね」


「それを実行できる人間となると、高度な魔術を使いこなし、空気中の魔力も利用できるんじゃ?」


「どうだろう。仕組みを説明した方がいいと思うよ」


 回りくどくなると思って直接聞いてみたけど、英雄召喚の魔術ってのがどんなものか聞いて置いたほうがいいか……


「難しい事は理解できないから、簡潔に頼むよ」


「まったく……」


 エルラインの説明だと、英雄召喚は魔術というよりは、儀式に近いものだということが分かった。簡単に言うと、床に魔法陣を描き多数の人間が手を繋いで、魔力を供給すること数か月で魔術が発動するのだそうだ。

 魔法陣の描き方は、書物で伝えられていて手順に従い描いていくそうだ。


 となれば危険度は低いのかなあ。自身で魔術構築をするわけではないし、時間をかけて魔法陣を描き、魔力供給も人海戦術だからだ。


 書物に記載された通りに魔法陣を描いて、魔法陣自体を改善できないから、エルラインが言うところの座標指定が召還の魔法陣に描かれていない。もし魔法陣の魔術を読み解ける者がいたとすれば、改善もできるだろうけど、それを行わず都合五回も英雄召喚を行ったんだものなあ。

 

「うーん。エルの話を聞く限り、そこまで脅威となる相手じゃないかな」


「仕組みを知る事は大事だって分かったかい?」


「うう。分かったって! ありがとうエル」


 俺がお手上げのポーズをすると、エルラインはクスクスと子供っぽい笑い声をあげる。

 魔術の事で気になっていたことが聞けたから、お待たせしているティモタから話を聞こう。


「ティモタ。待たせてごめん」


「いえ。おもしろい話を聞けましたし」


「そ、そうか。研究はどうなってる?」


「ようやく形になりましたよ。ただし、魔の森では使用禁止にした方が良いです」


「後程見に行くよ。ありがとう」


「今少しだけ持ってきてます」


 そう言ってティモタは懐から、小さな素焼き壺を取り出す。壺には蓋がしてあり、内容物が漏れ出ないように注意が払われているようだった。

 彼は壺を机に置くと、慎重に壺の蓋を外す。壺からは石油の臭いが立ち込める。


「おお。量も作れそうかな?」


「もちろんです」


 俺の問にティモタは笑顔で頷き答えた。

 

 おお。量産も可能か。研究成果をチェックしてから、ベリサリウスへ報告せねば。

 ただ、こいつは魔の森では使いたくない。威力は強力だが、使用上の注意は良く守って使わないといけない兵器なんだこれは。


「それは何かな? 酷い臭いだけど。アスファルトの臭いに似てるね」


 エルラインが壺をのぞき込み、俺達に興味津々といった様子で聞いて来る。


「それは、燃える水――ギリシャ火を参考にティモタ達へ開発してもらった新兵器なんだ」


「へえ。どんな水なのこれ?」


「ティモタ」


 俺がティモタへ言葉を促すと、彼はエルラインに向きなおると口を開く。

 

「これは、ええとギリシャ火の性質と元になる素材が燃える黒い水――ピウスさんの説明では石油でしたか……ということを聞き研究開発した結果完成したものです」


「どんな性質を持ってるんだい?」


 エルラインの言葉にティモタが応じる。

 

「ギリシャ火を燃やすと、水をかけても火が消えません。むしろ燃え広がります」


「それは面白いね」


 エルラインが身を乗り出し、ギリシャ火を一滴手に取る。手についたギリシャ火をじっと興味深そうに見つめている。彼は未知の探求が本当に好きなんだな。


「それはローマの火――ギリシャ火を参考にティモタ達に研究開発してもらったギリシャ火に似た物なんだよ」


「性質は同じなのかな? これとギリシャ火ってのは」


「ああ。それはギリシャ火と呼んでもさしさわりはないよ」


 エルラインは喰いついて来るなあ。


「ティモタ。さっそくギリシャ火を燃やしてみたいんだけど、大丈夫かな?」


「ええ。準備は出来てますよ。さっそく行きましょうか」


 ティモタに促され、彼の後をついていくと当然のようにエルラインもついて来る。

 


◇◇◇◇◇



 さて、大きな素焼きの皿の上に黒い液体――ギリシャ火を注いで、周囲に可燃物がないか確認する。床はコンクリートでその上に素焼きの皿。風も吹いていない。

 うん。燃やすにはいい気象条件だな。

 

 ティモタはギリシャ火へ松明から火をつけると、ギリシャ火はものすごい勢いで燃え始める。

 俺は手にもった水が入った桶を手に持ち、ティモタとエルラインに目くばせしてからギリシャ火に向かって水を一気にぶっかける。


――火は消えない。むしろ高く燃え上がる!


「素晴らしい! すごいよティモタ」


 エルラインが称賛の声をあげる。俺もティモタらの努力に涙が出そうだ。彼の称賛にティモタは照れたように顔をポリポリとかくと口を開く。


「ピウスさんがアイデアをくれましたからね。半年くらいかかりましたが、ようやくできました」


「ありがとう。ティモタ。これは今後の戦争を変える兵器になるよ」


 俺も手放しにティモタを称賛する。


「これは森で使うには確かに問題だね」


「そうなんだ。魔の森の木は何故か燃えづらいんだけど、それでもここまで爆発的な火だと……消そうと思えば消せるんだけど」


「砂をかけるのかな」


 エルラインの回答に俺は頷きを返す。野営でたき火をした後の消し方と同じだ。砂をかけて酸素を遮断すれば火は消える。ん? ティモタとエルラインの目線が俺に集中している。

 何だろう?

 

「ピウス。他にもあるんだろう? このギリシャ火は」


 そういう事か。知ってることは全部話せってことなんだな。まあ、隠す事でもないし、今後皆に気を付ける事として周知する内容だし……


「ギリシャ火は爆発的に燃えるから、注意点があるんだよ」


「ふうん。火が燃える仕組みが関わっているんだね」


 エルラインは顎に手をやり、考え込む。


「だから……」


 俺が続きを話そうとすると、エルラインとティモタから待ったがかかる。何だよもう……

 一分ほど無言の時間が過ぎると、どうやら二人は気が付いた様子だ。

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