第111話 勝ったと思ったら

 今度は会話しながら、きちんと戦場を見ていた俺だったが、ジャムカ達は追撃を終了し、ジャムカを中心にして勝鬨かちどきの声をあげている。

 次は俺達が見せる番だな。さすがジャムカだ。騎馬民族の目の良さを活かし、炎弾の射程外から矢を射かけてけん制し、目まぐるしく方向転換することで的を絞らせなかった。

 敵の足並みが乱れたところで、さらに矢を射かけ、一気に襲い掛かる。見事な炎弾対策だった。これもジャムカの統率力あってのものだろう。まさに一つの大きな生物のごとく、騎馬集団を操っていた。

 騎馬集団を率いたらジャムカの右に出る者は恐らくこの世界にはいない。俺はそう確信した。彼らが見せたパフォーマンスはそれほどのものだったんだ……

 

 上空から確認する限り、敵味方合わせて死者の数はおおよそ1500から1600といったところだった。

 一度の戦闘でこれだけの死者が出ることを俺はやはり許容し難い。甘いかもしれないけど、何も死ぬほどでは無いと思うんだ。もちろんやらなきゃやられるのは承知だから、ジャムカ達にも聖王国にも死者について、何も言いたいことはない。

 でもやはり目の前で死者を見るとそう思ってしまう自分は弱いんだろうな……

 

 ジャムカ達の勝鬨かちどきが終わると、俺たちは彼らの元へ降り立つ。

 

「よぉ。蹴散らしてやったぜ」


 ジャムカは血糊がべったりついた体を揺らし、俺へ手を振る。

 

「ジャムカ殿、死体から武器と防具をはぎ取るのでしょうか?」


 俺の問に彼はかぶりを振る。

 

「いや。ワザとここで戦うことにしたんだぜ。仲間達の遺体も残念だがこのまま放置だ……」


「せめてもの弔いに燃やしませんか?」


 俺の提案に彼はまたも首を横に振る。

 

「ピウスよぉ。俺達はワザとここで戦ったんだぜ。やれるものなら、仲間達を弔ってやりたいし、武器をはぎ取ってから聖王国の兵は火葬したい」


 話が見えてこないな。ジャムカ達はこの場所で決戦を挑んだと言っている。遺体は弔いたいが、それは出来ない? 何故だ。

 

「この地には一体……」


「説明は後だ。野郎ども、ここから離れろ!」


 ジャムカが声を張り上げると、幹部らしき数名が撤退の合図を行うと騎馬民族は一斉に走り出す。残ったのは俺達とジャムカに騎馬民族が十名だ。

 何かあるなこれは……俺は周囲を見渡すものの、血を流し倒れ伏すたくさんの死体に少し気分が悪くなる。死臭もものすごい……


<変わろうか?>


 めったに話かけてこない、プロコピウス(本物)が俺を心配し声をかけて来てくれた。


<いや。大丈夫だ。ありがとう>


 俺は心の中でプロコピウス(本物)へ言葉を返す。ここで逃げていてはさすがに話にならないよ。これは俺が受け入れ飲み込まねばならない事なんだ。


「待たせたなぁ。ピウス」


 ジャムカは俺に向きなおる。

 

「一体……ひょっとして聖王国兵を逃がしたのも理由があるんですか?」


「ああ。草原に出現し、幾多の草原の民を喰いやがった化け物を呼び寄せるんだぁ」


 ジャムカは仲間から新しい長さ二メートルほどある槍と片手剣を受け取ると、剣を腰に凪ぐ。

 化け物を呼ぶだと……戦闘中に化け物が出てきたら困るからさっさと戦闘を終わらせたってことなのか。草原の民を悩ませる怪物……嫌な予感しかしねえ!

 

「ふうん。ここは宝石龍ジュエルビーストの生息地か」


 隣にいたエルラインが分かった風に呟くと、ジャムカが大きな動作で頷く。

 

「ああ。もぐらの巣がここにあるんだぁ。もぐらの巣に餌を巻いた」


 ジャムカはそう言って、むせ返るような死臭を放つ死体を眺める。か、帰ろうぜ。

 

「面白い。ジャムカ殿。手伝わせてくれまいか?」


 待て! 誰だよ。そんなことを言うのは。俺は左右を見渡すが、誰も口を開いた形跡はない。俺か? 俺が言ったのか?

 プロコピウス(本物)だろお!


<面白そうじゃないか。やらせてくれ>


 やっぱりお前かよ!


「珍しくやる気じゃない。ピウス」


 エルラインがクスクスと子供っぽい笑い声をあげる。


「我も戦おう」


 龍の姿をしたミネルバも俺の発言に同意すると、体から煙があがり人型へと戻る。俺は急ぎ彼女へ衣服を投げて、彼女に服を着てもらう……いつも裸だからな、ミネルバは。

 

「おお。龍は人型にもなれるのかぁ。面白いな。龍のままの方がつええんじゃねえのか?」


 ジャムカは興味津々といった様子でミネルバに目をやる。

 

「ピウスと共に戦うのなら人型の方が良いのだ」 


 ミネルバは俺をじっと見つめながらジャムカへと答える。

 

「まあ、僕は見学させてもらおうかな。そこのジャムカのお仲間さんも見学でいいかな?」


 エルラインは呑気な声で観戦を告げる。ジャムカの仲間にも戦ってもらった方がいいんじゃないのか?


「こいつらも決死の覚悟ができているから、戦うぜえ」


 ジャムカは仲間の騎馬民族に目をやり、エルラインへ応じるが、彼の回答はそっけないものだった。


「ジャムカ。君たち三人と君の仲間たちだと実力差があり過ぎるよ。ピウスとミネルバがやるなら、彼らは足手まといだよ」


 ハッキリと足手まといと言い切られた騎馬民族たちはざわつくが、ジャムカが手をあげると静まり返る。

 

「その姉ちゃんとピウスが相当なやり手ってことは俺にだってわかるぜ。まあいい。三人でやろうぜえ」


 ジャムカはガハハと豪快な笑い声をあげると、騎馬を下がらせる。

 そんなわけで三人で戦うことになってしまった……頼むからハードルをあげないでくれるか。

 

 騎馬達が駆けだしたその時だ!


――地面が揺れる! 立っていられなくなるほどの揺れだ!


 揺れと共に、俺の体の主導権はプロコピウス(本物)に変わる。次の瞬間――

 

――地面から全長二十五メートルほどの巨大な岩の塊が浮かび上がってきた!


 巨大な岩の塊に見えた物体は、大雑把に言うと龍のような形をしている。顔はトリケラトプスのようだ。トリケラトプスのようにフリルまで付属している。ただ、ピンク色の透き通った岩で構成されていたが。

 全体的にずんぐりとした造形の龍で、背中には三角のステゴサウルスのような背板があり、これもまたピンク色の透き通った岩で出来ている。手には鋭い爪があり、大きなからだを支える足は象のように太く、爪は青色の透き通った岩で出来ている。

 全身は鱗の代わりにくすんだ銀色の岩で覆われていて、ものすごく硬そうだ。

 特に目を引くのは、顔にある目玉だろう。目玉は紫色の宝石のような透き通った岩で出来ているが、紫色に光を放っている。

 

「こいつは硬そうだ……」


 俺は不適な笑みを浮かべ、腰の剣を抜き放つ。

 

「そんな剣じゃあ切れねえぜ」


 馬に乗ったジャムカはいつの間に準備したのか、槍の代わりに長柄のスレッジハンマーを構えている。なるほど。硬い敵だから叩いて衝撃を与えようってわけか。

 俺の隣に立つミネルバは、両手からかぎ爪を出し、じっと敵を見据えている。

 

「心配ご無用。我が剣は鉄をも寸断する」


 俺は剣を宝石龍ジュエルビーストへ向け、駆けだす。

 

「おもしれえ。鉄を切るという剣技見せてもらうぜえ」


 ジャムカは馬のたずなを少し引くと、馬は駆け出し、一気に加速する。ミネルバも俺に続くように俺へ追随してくる。

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