第90話 嬉しくない両手に花

 ミネルバの爆弾発言は俺やティンのような感情を持つ者にとっては衝撃的だが、当の本人にとってはそうでもない。


 群のボスのライオンが子孫を残すのと同じ感覚だろう。人間のような恋愛感情や結婚といった感覚がミネルバにはない。高度な知性を持つが、動物的な性質を持つ存在。これまで会った亜人達は習慣は違うものの感情について言うと人間と変わらなかった。

 そのことはエリスやティン、ロロロを見ているとよく分かる。


 しかし龍は違う。この感覚の違いはなかなか厄介だぞ。主に俺の精神力的に。


 グダグダ考えている場合では無い。何とかフォローしないとお!


 状況確認! ティンは固まったまま。ミネルバは当然ながら動揺は一切無い。


「ミネルバ……龍と違って人は作業のように子供を作らないんだよ」


「ピウス。お前は龍を何だと思ってるのだ? 子作りは作業などではない。如何に強者の血を取り入れるのか考えねばならぬ」


 あー。人の感覚を理解してもらおうと思ったけど、今のミネルバの言葉でティンも理解しただろう。


「ティン、ここへ戻る前に彼女と手合わせしたんだ。後は分かるかな?」


「はい! 理解しました。この方は龍なのですね……でもさすがですピウス様! 龍に強さを認められるなんて」


 どうやらティンも分かってくれたようだ。納得出来てない空気は物凄く感じ取れるけどね!

 俺の嫁候補が増えたとでも思ってるんだろうなあ。


 俺はコホンと喉を鳴らし、二人へ順番に目をやる。とりあえず、本題を進めさせてもらおうか


「ミネルバ。龍の加護について教えて欲しいんだけどいいかな?」


「当然だ。お前は私の加護を受けているのだからな」


「た、助かるよ」


 またティンの悲し気な目線が俺に突き刺さり始めたが、気にしてはダメだ。


「龍の加護はお前にいくつかの加護を与える」


 ミネルバの説明を聞いたが、加護といっても加護を与えた龍から支援を受けれるって感じかなあ。特殊な効果は無さそうだよ。加護を与える龍は加護を受けた者を親友のように扱ってくれる。

 俺とミネルバに関して言えば、お互いに離れたところにいても会話をすることが出来るのが一番のメリットだろう。次に背中に乗せてくれたり、一緒に戦ってくれたりといったこともやってくれる。何しろ「お友達」だからな。

 キスをした理由は離れたところにいても会話をするために必要な「通話契約」の儀式みたいなものだそうだ。携帯電話でいうと申込書みたいなものか。

 

「だいたい分かったよ。いつでも会話できるのは良いな」


「お前は本当に変わっているな。龍を友にするということは巨大な力を手にするってことなんだが……」


「そ、そうか」


 龍を味方につけて戦うって状況は作りたくないよ! 平和が一番。龍もエルラインも戦闘しないことが一番だよ。もちろんプロコピウス(本物)もね。

 遠距離会話は情報伝達手段として非常に有効なのはこれまで何度も感じている。ミネルバと遠距離会話が出来るなら大きなメリットだぞ。

 

「ま、まあ。後は刻印を持つ者だったかな」


 俺は取り繕うようにミネルバに尋ねる。

 

「刻印については、急ぐ話ではない。お前の用事を先に済ますといい」


「ありがとう。刻印についても折を見て教えてくれないか?」


「当然だ。君は私の加護を受けているのだからな」


 だから、その言い方をやめてくれって! ティンの視線が痛いから。刻印は後回しにしていいってことなら、先にカエサルのところへ行くか。

 その前に行商人達とのやり取りがどうなったかだけ確認しておこうか。特に困った事態になったという報告は受けてないから大丈夫とは思うけどね。

 今後も定期的に行商人達には来てもらいつつ、ラヴェンナの街へ住む人間が増えてくればいいな。宿や居酒屋を経営してくれる人間が出てくれば次は念願の農家を誘いたい。

 

「あ、最後に稽古の件だけど、七日に一回、ローマで稽古をつけるってのでいいかな?」


「もう少し修行をして欲しいが……お前もローマの事があるのだな。仕方あるまい」


「ありがとう」



◇◇◇◇◇



 先にミネルバと話をしたい内容は完了したので、彼女にはしばしここで待っていてもらい、俺はエルラインにラヴェンナに送ってもらうことにした。俺が戻るまでの数時間、彼女へローマの案内してもらうようにティンに頼んだ。

 俺はエルラインの転移魔法でラヴェンナに移動する。帰りは飛龍でローマへ戻る予定だ。こんな移動方法になったのは、ラヴェンナでリベール達と会話している最中にエルラインの転移魔法で山へ移動したから、飛龍がラヴェンナにいるからなんだよ……

 

 あれから一日経っているので、ちょうど行商人達はラヴェンナの街から旅立とうとするところだった。俺は急ぎ行商人へ挨拶を行い、リベールも探し出して突然の退出を詫びておいた。

 行商人もリベールも特に気にした様子は無く、行商人に至ってはいい取引ができたと顔が綻んでいる。俺は鶏が持ってこれるようなら次回持ってきて欲しいと行商人へお願いし、彼らと別れる。

 

 ミネルバを待たせているから、俺は急いで飛龍に乗っかりローマへ向かう。広場へ飛龍で到着すると、ミネルバとティンが俺を見つけてくれたのか広場まで来てくれた。

 しかし、ミネルバの表情が優れない……どうした?

 

「ミネルバ。ローマで何かあったのか?」


「いや。素晴らしいな人間の技術とは。街の民は皆、お前が考案した街だと言っておったぞ。友人として鼻が高い」


 ものすごい勘違いをしているようだが、あえて突っ込まないでおこう。また変な方向に行かれても困るしなあ。じゃあ、その不満気な顔はどこから?

 

「ローマの街民の努力あってだよ」


「特に行水が素晴らしかった。暖かい湯は気持ちいいものだな」


「風呂は俺も大好きなんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」


 風呂を気に入ってくれたかー。俺が何としても作りたかった施設だから、ミネルバが気に入ってくれたのは素直に嬉しい。

 しかし、彼女は不満な顔をしていた理由を次の言葉で口にする。

 

「ピウス。お前はそいつがお気に入りなのか? 我にしてくれないだろうか?」


「そいつって飛龍の事?」


「飛龍以外に何がいるっていうのだ。乗るなら我に乗るがいい」


 ま、まさか飛龍に嫉妬かよ! 不満顔の原因は斜め上だった……ティンとか他の女性には嫉妬心が無いのに飛龍にかよ!

 獣だな……飛龍は動物としては頭のいい方だけど、カラスより少し賢い程度だぞ。言う事を良く聞いてくれるけど……それに対抗心を燃やすとかなんか滑稽だよ。


「わ、分かった。なるべくミネルバに乗るようにするから……」


「そうか! ぜひそうしてくれ! 我の方が速く飛べる!」


 こういう子供っぽいところもあったんだ。少し親近感がわいて来たぞ。この分なら今後彼女と上手くやっていけそうだと俺は何となく感じたんだ。

 しかし……その晩またしても……


 

 一日の激務を終え、俺がゆっくり風呂に浸かっていると……またしても誰かが入って来る……

 

――ミネルバとティンだ。


 だから何で二人で来るんだよ! 何もできなくなるじゃないか! 俺はミネルバとティンの胸に両方から挟まれながら、また悶々とする時間を過ごしてしまう……

 分かっていたことだが、ミネルバに羞恥心は無い。人間はどうすれば喜ぶのかとか平気でティンが居る前でも聞いて来る……話を振られたティンが真っ赤になっていたことが印象的だった。

 俺? 俺はもう。自分の理性を抑えるので必死だったよ。

 俺は一つ学んだね。例え中身は龍でも見た目が美女なら興奮するということを……何かどんどん人の感覚から遠ざかってる気がする……

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