第89話 ミネルバああああ

 連絡していたとはいえ飛竜よりふた回りも大きな龍がローマへ来たとなれば、街民がざわつかないのには無理があった。


 着地した巨大な龍に街民は興味津々と言った様子だったが、彼らの表情からは俺が最初に感じたような恐怖感を見て取れなかった。

 龍が怖くないのか?

 いや、これは俺が連れて来たモンスターだからなのかもしれない。


 ローマの街民は俺に対して分不相応なくらいの信頼を寄せてくれているんだ。だから、俺が連れて来たモンスターならば、俺が手なづけているから恐怖を感じないってことか。


 俺はそんな大した人物じゃあないんだけどなあ。いや、俺自身はそうなんだが、今となっては大した人物なのかもと思う。そう、俺の中にいるプロコピウス(本物)は紛れもなく英雄と言って差し支えない。

 俺の中に彼がいるのだから、ややこしい話だけど外から見たら大した人物に見える事も過大評価ってわけじゃないってことだ。ただし、中身がプロコピウス(本物)時に限る。


 龍がローマの広場へ着陸して俺とエルラインが龍から降りると、龍はミネルバに変身しようとしたから俺は慌てて手で制すと、彼女に暫く待つように伝える。


 ここですっぽんぽんになられたら困る。俺がな。

 「ピウスさん、裸の美女連れてる」と後ろ指を指されるだろう。

 俺は急いで自宅に帰宅すると、自身の服をクローゼットから取り出して広場に戻る。


 俺がもう大丈夫と伝えると、龍から白い煙があがり、長い緑色の髪をした美女が出現する。年の頃は二十代半ばくらい。切れ長の目と俺と並ぶ程の女子としては長身な身長も相まって、カッコいいタイプの美女って感じだ。

 彼女の名前はミネルバ。種族は龍。


 俺はミネルバが現れるとすぐに俺の服を被せて、腰の帯を締める。服は貫頭衣だから頭から被って、腰紐を締めるだけで良い。形は違うが、服の着方はワンピースに近いかな。


 俺はミネルバを連れてまずベリサリウスの元に向かう。

 最初にボスへ報告するのは部下の役目! この精神はサラリーマン根性から来ているが……



――ベリサリウス邸

 ベリサリウスの家もようやく邸宅と呼んでよいほど整備されてきている。

 彫刻などの調度品はまだ作れてはいないけど、庭と囲いに平屋のレンガの家といった風になっている。


 邸宅の中も椅子や机を始め、キャッサバを鉢に植えた観葉植物も置かれている。絵画や壺なんかの調度品も欲しいなあ。木製の棚なんかは置かれているけど。芸術家がローマには居ないんだよなあ。

 小鬼の中にはそんな人もいそうだけど、彼らは今の所生活用品や武具や農具など、実用的なものづくりに集中している。

 そのうち余裕が出てくれば、芸術活動もするかもしれない。絵の具や彫刻刀などもいずれ生産したいな。


 エリスに案内され、奥の来客用の部屋を入ると既にベリサリウスが椅子に座り待機していた。彼女は俺達を案内し終わるとそのままベリサリウスの後ろへ控える。


「ベリサリウス様。わざわざありがとうございます」


「プロコピウス。お前の報告はいつも楽しみにしているのだ」


「そういっていただけると嬉しいです。本日は龍から得た情報についてです」


「ほう。そちらのご婦人のことだな?」


 ベリサリウスはミネルバに目をやり抑揚に頷く。

 ミネルバは特に感じ入るものは無いらしく無表情のままじっと立ちつくしている。


「この人はミネルバと言う龍ですが、彼女から他の英雄について聞くことが出来ました」


「ふむ。パオラから聞いている。龍をローマに入れてよいかと。ミネルバがそうなのだな?」


「はい。そうです」


「ミネルバについてはお前の好きにするがよい。特に聞くことでも無いと思うが一応な。お前が私と話たいことはそんなことでは無いと分かっている」


「おっしゃる通りです! ミネルバについては私が責任を持ち面倒を見ます」


「うむ。して、英雄か。確かあと二人いたのだったな」


「ええ。そのうち一人について一刻も早く情報を伝えたく」


「お前が一刻もという人物か。興味深い!」


 ベリサリウスは莞爾かんじと笑い、俺に続きを促す。


「その人物の名はガリウス・ユリウス・カエサルです。あのカエサル様かと!」


 ガタっとベリサリウスは驚きで腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 信じられないと言った風に彼は俺の目をじっと見据えている。

 ベリサリウスのただならぬ空気に控えていたエリスも顔をしかめている。そういえばエリスはずっとベリサリウスの後ろに立っていたんだよな。


「カエサル様だと! 誠か?」


「直接確認するまでは、確実とは言えませんが……」


 俺はベリサリウスにカエサルと名乗る者が龍を弁舌で自分の味方へと引き入れてしまったことを話す。

 巨大な龍を恐れず、立ち向かうわけではなく、言葉を持って自陣に引き入れる。

 このパフォーマンスは、龍を味方につけたことより自身の勇名を国内に喧伝することが目的だろう。俺が予想するに、効果は非常に高いと思う。


 武勇に長けた者ならば、追い返すことは可能。頭が切れるものなら、俺のように言葉で何とかして帰ってもらうだろう。

 武勇と頭脳と天性のセンスを併せ持つカエサルは違った。

 この一連の流れから、俺はカエサルと名乗る者があのカエサルではないかと考えている。


「ベリサリウス様。その者が誠にカエサル様であるならば、敵対すべきでは無いと私は考えています」


「ふむ。私も同意見だ。プロコピウス。かのカエサル様と争おうなどもってのほかだ」


「ですので、カエサル様に会おうと思っています。今はまだ私達と接触がありませんが、礼を尽くし彼と友好的な関係もしくは、不干渉を約束したいと思ってます」


「ふむ。それがいいだろう。頼んだぞ。プロコピウス。ただ……」


 ベリサリウスの言わんとしている事は俺にも分かる。俺達にも譲れないモノったのがあるんだ。それを渡せと言うならば、牙をむこう。勝てぬと分かっていても抵抗しよう。


「了解しておりますベリサリウス様。例えカエサル様と言えども、ローマは譲れません」


「それが分かっていればよい。任せたぞ。プロコピウス」


「了解致しました!」


 俺はベリサリウスに一礼し、ミネルバと共に邸宅を辞す。



 自宅にミネルバと共に帰ってきた俺は、彼女にカエサルの位置を聞きたい気持ちが先に立つが、まず龍の加護だか契約というものについてと稽古のことを確認することにした。


 ミネルバとこれから付き合っていくに当たっての基本事項は、やはり最初に確認しとこうと思ったからだ。


 彼女の目的は稽古なわけだから、その取り決めをせずに、こちらの要求だけ通すのは俺の気持ちが許さないというだけでなく、後々の禍根にならないための配慮だ。


 俺とミネルバは椅子に向かい合わせに腰掛けると一息つく。

 ミネルバは先ほどから人間の住居に興味津々といった様子でキョロキョロ首を回している。


 そんなミネルバへ今日の当番であるティンがハーブティを持ってやって来た。

 ティンは先ほどから俺の方を少し悲しそうな目で見ている。


「どうした? ティン?」


「ピウス様! この綺麗な人は一体……」


 確かに今の見た目は切れ長の目をした美女だ。しかし、中身は巨大な龍で思考形態も人間とかなり異なる……

 俺がミネルバを紹介しようと口を開いた時、彼女はスッと立ち上がりティンの方を向く。


「我は龍族のミネルバ。ピウスには稽古をつけてもらいに来た」


「そ、そうなんですか!」


 ティンはホッとしたように机にハーブティをコトリと置くが、続くミネルバの言葉に驚愕することに……


「ついでにピウスの子を授かりたい」


 その言葉にティンは残りのハーブティを落とし、俺は「何言ってんだこいつ!」と手を振る。


 これは、修羅場か?

 俺はため息をつき立ち上がる……

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