第84話 空を飛んだぞ!
「え、エル。どういうことだ?」
俺はエルラインの腕を引き、彼の耳元で囁く。リベール達に聞こえないように注意を払わねば。
「ハーピーや僕の住んでいた山があるだろう」
「ローマの北にある山だよな」
「そうそう。あの山を越えて更に北へ行くと渓谷があるんだ。深い深い渓谷がね」
アメリカにあるデスバレーみたいなものかな。まあ、地形の事は余り気にしなくていいか。
「あの高い山脈を越えるのは相当大変だぞ……まあそれはいいか。で、渓谷に何が?」
「そこは龍の谷って僕が名付けたんだけど……」
龍の谷……嫌な予感がビンビンするんだ。これは気のせいではない。俺の第六感がこの上ない警告音を出している。
「いや、いいや……聞くと大変なことに……」
俺の言葉が終わらないうちにエルラインが声を被せてくる。
「龍が僕の住んでいた山脈に向かっているよ。その数三」
い、いや。こっちにまで来るとは限らないじゃないか。ただのお散歩だよ。そうに違いない。
「龍は山脈に向かって何するつもりなんだろう?」
「んー、どんなつもりか分からないけど、山脈が目的では無いみたいだね。ローマまで来ると厄介なんじゃないのかい?」
「そ、それはそうだけど。ま、まだ来ると決まったわけじゃあ」
俺の冷や汗はとどまるところを知らない。もう全身びっしょりだよ!
聞きたくないのにエルラインは、龍の谷に住む龍について説明してくれる。なんか微妙に嬉しそうに語るのが余計イライラするんだけど……
エルラインが言うには、渓谷の龍達は普段狩をするにしても渓谷の北側が殆どで、南側ーーつまり山脈のある方向へは余り来ない。
これは食料が北側の方が豊富なんだろうというのがエルラインの推測だ。
彼らは自らの縄張りから出ない割に平和的な龍らしい。言葉を話せるほど知性は高いが魔術は使わないそうだ。
だからと言って弱い訳はない……魔の森の生き物の中では頂点捕食者の一角を占めるとのこと。
飛竜を優に凌駕する膂力に硬い鱗。高熱のブレスは脅威……一部の龍は精霊術も使いこなすらしい。
そんな彼らが縄張りを越えて山へ向かっている。
嫌な予感しかしねえよ!
「エル。見に行った方が良いのかな?」
言いたくないが、何故縄張りを越えて来たのか調べといた方がよいだろうなあ……「必要ない」って言わないかなあ……
「そうだね。今すぐ見に行ってみようか」
「い、今すぐ?」
「何をビックリしているんだい? 山は僕の庭だよ。魔術で一息さ」
覚悟はいいか? 俺は出来ていない!
いざという時は、俺の中のドラゴン……いやプロコピウス(本物)が何とかしてくれる。大丈夫、大丈夫だ。
「わ、分かった……」
「全く君はなかなかの腕を持つのにほんと臆病だね」
エルラインはケラケラとイタズラが成功した時のような少年らしい笑い声をあげる。
俺は微妙な目でエルラインを一瞥した後、リベール達へ向き直る。
「リベールさん、リュウさん。出かける必要が出て来たのでこれにて」
「了解です。ピウス殿」
リベールは一礼し、俺たちを見送ってくれた。
俺は行商人達の野営地に来てもらいたいと猫耳族に伝言することをエルラインに頼み、行商人達には猫耳族が案内役に来ることを告げる。
さて、行きたくないが……
行商人が見えなくなる所まで歩くと、俺とエルラインは転移魔術で魔の森の山へと旅立った……
最近平和だったのにー!
◇◇◇◇◇
嫌々ながらエルラインに掴まり、転移する。
――転移先は空中だった!
待てこらー! 俺は必死にエルラインにしがみつく!
高い! 高いって!
なんと転移先は上空百メートル程。眼下には岩肌が見える。木が全く生えていない。つまり、落ちると確実にザクロになる。
「エル!」
「ははは。こういうのもたまには楽しいじゃないか?」
「落ちる!」
もうエルラインの言葉を聞いている余裕なんてない! なぜなら、下を見てしまったからだ。高いー! 落ちるって。
やれやれと言った様子でエルラインが大きなルビーが付いた杖を振るうと、体が軽くなる。
ん?
これは?
「もう手を離しても大丈夫だよ」
「浮いてる?」
「うん。試してごらん」
地面に引っ張られる感覚が無くなっていたから、大丈夫だと分かりながらもやはり怖い。俺は恐る恐る手を離すと、一人で空中に立つ。
お。おおおお!
「凄いぞ。エル! まさか空を飛べるなんて」
「飛んでるというよりは、浮いていると言ったほうがいいね」
「それでも、凄いって! ただの人間が空中に浮いてるんだぞ」
「……僕に散々飛行させたくせに良く言うよ」
「エルは初めて飛べた時、感動は無かったのか? 俺は凄く感動している!」
「ま、まあ。君ほどじゃないけど……どちらかというと魔術の構築が成功したことに感情が動いたかな」
エルラインは学者気質だなあ。飛べたことよりも飛ぶ理論が実証できた事が嬉しいのか。俺のような即物的な人間は、飛べることが嬉しい! いや浮いてるんだったか。
「はしゃいでいるところ悪いんだけど。来たよ」
エルラインが指を指す方向を見ると、遠くに巨大な影が三体……こちらに向かって飛行してくる。で、でかいぞあれは! 全長三十メートルほどの緑色の龍が三体……威圧感があり過ぎる。
思わず身震いする俺だったが、エルラインは涼しい顔のままだ。
「エル。龍だぞ。あの巨体を見てもなんとも思わないのか?」
「そうだね。大きいよね」
これは何とも思ってないな。超然とした魔王リッチ。彼は強大さや戦闘能力の高さには心を動かさない……彼が心を動かすのは何だろう。
ベリサリウスの戦術を見た時、興奮した様子で「人間の可能性を見た」とか言ってたし、俺におもしろいと良く言うんだよな。基準が分からない。
龍三体は俺達の目前まで来ると停止する。奴らを止めたのはエルラインだった。龍達はエルラインの姿を確認すると、一目散にこちらへ飛んできたのだ。そして停止した。
「やあ。何用かな。ここは僕の縄張りと知っての事かな?」
エルラインは気さくに話しかけると、先頭の龍が返答する。龍の声は俺達の頭へ直接響くものだった。
「魔王よ。失礼を承知で頼む。山で何かをするわけではないのだ。ここを通過させて欲しい」
「ふうん。用事は何かな?」
「二つある。一つは不快な声の正体を確かめるため。もう一つは龍の刻印を持つ者に会うためだ」
「なるほどねえ。どちらも心当たりはあるねえ」
エルラインは意味深に俺の方へ目をやる。見られても俺には何の事か全く分からないんだけど……彼は動揺する俺に構わずさらに言葉を続ける。
「一旦僕の方で話をしていいかな。翌朝またここで会わない?」
「魔王よ。我らはお主と争うつもりはない。ここで引かぬなら……というつもりか」
「そう思ってもらってもいいよ。最近腕がなまっていたからね」
「致し方ない……明日、この場で……」
すげえ! 巨大な龍をあっさり追い返した。いや、凄いって言ってる場合じゃないぞ……エルラインはこの龍に引かせるほどの実力を持ってるということだから。
改めて俺はよくこいつと一緒に居たものだと身震いした……
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