第85話 声と刻印

 龍を追い返したエルラインは、転移魔術を唱え、俺たちはローマの俺の自宅に移動する。

 自宅にはカチュアが控えていて、家事をこなしてくれてた。彼女は突然俺たちが現れたというのに全く動じず「おかえりなさーい」と挨拶して来る。

 こ、これは大物だぜ。俺なら驚きでひっくり返るね。


「ただいま。カチュア。少しエルと話をする為に戻って来たんだよ」


「はあい。ごゆっくりー。お風呂にも入っていくー?」


 カチュアはいつもの天真爛漫な態度を崩さず、俺に風呂へ入るかたずねてくる。

 風呂! 風呂にはチャンスがあれば入りたい。


「せっかく戻って来たから入るよ」


「はあい。じゃあ準備しとくねー」


「ありがとう。カチュア」


 カチュアはその言葉を最後に部屋の掃除に向かったようだ。

 彼女を見送った後、俺とエルラインは椅子に座り飲み物片手に先程の龍について検討することにした。


「エルはさっき龍が言ってた事は何のことか想像つくの?」


「まあ大体はね。それを君に伝えようと思って、ここに来たわけだよ」


 ええと確か、刻印と声だっけか。どっちも全く想像付かないぞ!


「君がここに来てから、不自然な事はなかったかい?」


「急にそう言われてもなあ……」


「サイクロプスの事は覚えているかい? そして、今度は龍だ」


 ええと、最初は虎に襲われて、リザードマン達が理由は分からないが飛竜が暴走したと言っていた。

 次にオーガは……違うな。オークの村を襲ったヒュドラ。魔の森の境界付近に現れたサイクロプス。

 そして、龍……


 思い出すと随分多くのモンスターと戦っている。それも災害級のものが多い。気になるのはリザードマン達が言っていた言葉……飛竜が暴れ出して小鬼の村を襲ったことだ。

 魔の森だからモンスターが多発すると思っていたが、こうもホイホイ太刀打ちできないモンスターが出現したとすればオークの村のように全ての村が全滅するんじゃないか?

 魔の森というくらいだからこんなもんかと考えていたんだけど、異常事態だよな……ベリサリウスがあっさり倒してたのと、俺も転移して来たばかりだったからそこまで気が回らなかったけど……

 

 じゃあこの異常事態は何故起こったのか? 推測ではあるが、俺とベリサリウスが関係しているに違いない。魔の森に俺達異分子が来たから、異常事態が発生した。そう考えればしっくりくるよな。

 これと声が関係している?

 

「エル。確かに俺達が来て以来、魔の森で異常事態が続いてるように思えるけど。これの原因が声なのかな?」


「何者かが、声でモンスターを君たちへ差し向けようとしていたらどうだい?」


「それなら辻褄はあうなあ。そんな魔法があるのか?」


「そうだね……魔術なら可能だね」


「……犯人はエル?」


「まさか。僕ならもっと直接的にやるよ。ふふふ」


 た、確かにそうだな……エルラインならもっとえげつない手を使うはずだよ……不確かな声なんぞで呼び寄せたりしない。転移魔法でぶつけるくらいはやりそうだよ。

 エ、エルライン。頼むからその悪そうな笑い声をやめてくれないか? やりそうで怖い。


「そ、そうだな。ならば……誰だ……」


「可能性としては一番高いのは聖教騎士団だろうね。次がエルフの誰か」


「エルフってことは精霊術でも可能なのかな?」


「分からない。僕は精霊術の事が分からないから、出来るかもしれないって思っただけだよ」


「なるほど……不明な技術か魔術ってことかな。俺達を呼び寄せた聖教騎士団の幹部だっけ? が召喚された英雄を潰す為に差し向けたと考えれば辻褄はあうか」


「まあ、真相は明らかではないけどね。そう考えるのが近そうじゃない?」


「確かに辻褄は合うけど……呼び出すのに多大な労力がかかるんだろ。潰すくらいなら取り込もうとするんじゃないか?」


「どうなんだろうね。犯人を突き止めないことには何とも言えないよ。一つ言えることは、何者かがモンスターをこっちへ誘導してるってことだけだよ」


「それだけ分かれば充分か。この先もありえるってことだよな」


「まあね。君たちならまあ問題ないと思うけどね」


 エルラインは肩を竦め、俺を見やる。あの巨大なサイクロプスやヒュドラでさえベリサリウスの相手にはならなかったから、大丈夫なんだろうけど。彼が居ない時にローマが襲われたら?

 いや、それも想定して警戒網を敷いている。問題無いか。


「今一しっくりこないけど、声についてはだいたい理解したよ。今後もモンスターに警戒しておけば済む話かな」


「魔の森に君たちがいるからモンスターが来る。君たちが居なければ来ない。なら特に問題ないんじゃないかな。倒すのは面倒かもしれないけどね」


「確かに。ベリサリウス様さえ居れば問題ない」


「……相変わらず自分を入れないんだね……」


「ま、まあいいじゃないか! 刻印について教えてくれないか?」


「刻印は何の事か不明だね」


 あれ? 不明なのにだいたい予想がつくってエルラインは言ったのか? 不明だけど予想がつくか……となれば、魔の森が関わっていることではないと予想がつく。

 龍は「刻印を持つ者に会いに来た」と言っていた。「会いに来た」か。なら対象の人物がいるはず。そうか!

 

「予想がついたよ。エル。魔の森に来た人間達のうち誰かに会いに来たってことか」


「うん。声のついでにって感じだったけどね」


「会いたいなら会わせてもいいんだけど……平和的にすむならさ」


「全く君は……刻印の方は余り問題じゃないことが分かったかな?」


「ああ。声に導かれた龍たちは何をするつもりだったんだろう?」


「龍に聞けばいいんじゃない? だいたい考えはまとまったかい?」


「あ、ああ。だけど、ベリサリウス様にもついてきてもらおうかな……」


「どっちでもいいけど。君と僕だけでもいいんじゃないかな。君は話し合いで解決するつもりなんだろう?」


「もちろんそのつもりだよ。なら、ベリサリウス様についてきてもらわなくてもいいか……報告はするけど。今からさ」


「全く、君はベリサリウスが好きだね」


「そういう問題じゃないんだけどなあ。まあいいか」


 話を整理してみると、大した問題じゃない気がしてきたよ。龍とは声について議論するだろ。俺達が危害を加えるつもりがないことを説明する。「不快な声」って言ってたから誤解がありそうだしね。

 刻印については、もしどうしても会いたそうなら手伝う。龍に引いてもらうのだから、そのお礼ってことで説得材料の一つに使おう。

 良し。何とかなりそうだ。

 

 俺は急ぎベリサリウスへ龍の事について報告を行うと、彼は俺に一任すると命令を下す。どうもついていく必要が無いと彼は考えたようだ。いざというときはエルラインを頼ろう。どうやら龍より強いみたいだからさ。

 え? 俺? 戦うつもりは毛頭ない。どうしてもとなれば、プロコピウス(本物)の出番だぜ!

 

 結局この日はラヴェンナには向かわず自宅で就寝することにした。ラヴェンナには明日龍の事が済んでから向かうことにしよう。

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