第65話 聖女と聖教騎士団 第一部完結

――聖教騎士団第一団 団長ムンド

 一体何者なのだ。あのベリサリウスという男は! 最初は偵察部隊の報告により、彼らが十名単位で別れていたので各個撃破されたのだと私は認識した。報告では大柄な男――ベリサリウスの弓で隊長の部隊も半数以上仕留められたと聞いた。

 だから、ベリサリウスなる男は個人武勇に優れた者だと私は考えていたのだ。

 しかし、彼が私たちの野営地に現れた時……彼は武勇こそ優れているが蛮勇の持ち主で戦術のせの字も知らぬと私は嘲笑したものだった……


 奴らの拠点はそれなりに造り込まれた陣地になっていた。だからこそ私たちも気合を入れ炎弾をありったけ奴らに撃ち込んだのだ。万全の構えで奴らの陣地へと打ちかかると剣も交えずさんを乱して逃げていくではないか。

 あの蛮勇の勇者――ベリサリウスでさえ、我々の威容におののき悔しそうな声を上げて逃げて行った……逃げて行ったと思っていた!


 そう逃げたと思っていたのだ……


 突如空から魔族と飛龍が二匹、襲来し火炎地獄に我々は巻き込まれ、大混乱に陥る。北から逃げようとした者はことごとく美丈夫の戦士に切り捨てられてしまった。

 私はこの場での勝利と抵抗を諦めざるを得なかった……それほど我が部隊は全てまともに動けぬほど動揺していたのだ! 空からの急襲など今まで聞いたことも無い。これでは陣地なぞ無意味ではないか!

 私たちはベリサリウスにはめられたのだ。奴は我々を油断させ、わざとこの陣地へと誘い込んだ。そんなことも露知らず、我々は奴らが手塩にかけて建造したであろう陣地を占領していい気になっていた。


 ベリサリウスの恐ろしいところは、手塩にかけた陣地を自らあっさりと破壊するところにある。勝つ為なら、自らの拠点さえあっさりと餌にしてしまう。

 部下には人間離れした美丈夫と魔族達……果ては魔王リッチまで味方につける魔の森の王――ベリサリウス。悪魔のような戦術を使う奇術師トリックスター……


 聖教騎士団 騎士団長へ、パルミラ聖王国将軍へ、そして聖女様へ……このことを伝えねば、恥を忍んで今は逃亡しよう。あの悪魔のことを伝えねば、奴はきっと我々にとって害になるのだから。



◇◇◇◇◇



 私は王都へ帰還途中の街で、私と別の戦場で戦を終えた聖女様と会うことが出来た。街の宿で宿泊していた聖女様へ訪問の許可をいただいたので、私は聖女様を訪れる。


 私は彼女の前でかしずくと、顔を聖女様へと向ける。聖女様は黄金の長い髪に絹のヴェールを被り、戦の為か革鎧に膝下まである絹でできた純白のスカートをお召になっていた。

 彼女は美麗な顔に慈愛の籠った微笑みを浮かべ私を迎え入れてくれた。


「聖女様。お疲れの所申し訳ありません」


「いえ、ムンドさん。いかがなされました?」


「お恥ずかしいことに散々に打ち破られ帰還する最中でございます」


「ムンドさんは確か魔の森へ魔族を討伐しに行かれたと聞いておりますが……」


 聖女様は私を慮り、表情が曇る。


「魔の森には悪魔のような人間が魔族を率いておりました。少数ながらもかの男に率いられた魔族は脅威です」


「魔族とは……確か人に害を成す怪物と聞いてますが」


「はい。その認識で概ね間違いございません。奴は……あの男は……」


 私はベリサリウスの姿を思い出すと、全身に震えが来る。ガタガタと振るえる情けない姿を聖女様に見られてしまい、羞恥で顔が赤くなってしまう。


「あなたがそこまで恐怖するほどの者なのですか。どのような方なのですか?」


「大柄でオリーブ色の髪をしておりました。かの者の名は……ベリサリウス」


「……!」


 聖女様が驚きで目を見開く。しかし、すぐに彼女は何かを懐かしむような表情に変わる。


「いかがなされました? 聖女様」


「ベリサリウス……戦争の芸術家……その名は私にとってはとても……とても懐かしい名前です」


「お知り合いなのですか?」


「もし私の知るベリサリウスさんでしたら、この世界には居ませんので別人だとは思うのですが……」


 聖女様は目を塞ぎ、何か考え事をしているご様子。


「ムンドさん。確か私はあなた方の英雄召喚の儀式なるもので、この世界へ呼び出されたとお聞きしました。間違いはないですか?」


「はい。そのように聞いております」


「ひょっとすると、その英雄召喚の儀式……私以前か以後か分かりませんが、失敗だとお聞きしていた儀式も成功していたのではありませんか?」


「それは一体?」


「ベリサリウスさんもあなた方の英雄召喚儀式によって呼び出された……私の知るベリサリウスさんなのかもしれません」


 聖女は理知的な瞳を輝かし、そう言い放った。なるほど。かの者が英雄となれば、あれほどの悪魔的な強さも納得は出来る。英雄とは人を超越した強さを持つ者なのだ。

 それは武勇、カリスマ、智謀……いろいろ特性はあるだろうが、凡人とは隔絶した何かを英雄は持っている。


「聖女様。私には分かりかねます。教皇様にお聞きしてみてはいかがでしょう?」


「そうですね。お聞きするのもいいでしょう。ベリサリウスさんとお会いすれば、事の真偽は分かると思うのですが」


「それは危険です! 聖女様! 魔の森は魔族の住む土地です!」


「彼が真に私の知るベリサリウスさんなら、私をいきなり害することはありません。彼は私を見ても私だと分からないかもしれませんが……」


「聖女様はお姿が変わられたと聞いております」


「ええ。私はローマに居た時と容姿が変わっています。ですので、ベリサリウスさんが私を見ても私だと分からないでしょう。しかし彼は女子には手を出しません」


「もし、ベリサリウスが聖女様の知るベリサリウスならばそれでよいのでしょうけど……そうとは限りませんぞ」


「そうですね。使いの者をやってもいいかもしれませんね。いずれ落ち着けば出向きます。その際には使いの者に依頼いたしましょう」


「そのローマなる世界では、聖女様とベリサリウス様はどのような関係だったのです?」


「時には戦友。時には将軍と文官。そしてライバルだった時期もありました。しかし一つだけ皆さんに警告せねばなりませんね」


「それは一体?」


「もしベリサリウスさんが私の知る彼ならば、決して、決して手を出してはいけません。万の兵をもってしても彼を攻め落とすことは叶わないでしょう」


「それほどの男なのですか! ベリサリウスとは」


「はい。生前と言っていいのか分かりませんが、彼はたった二千人で十万の敵を退けています」


「何と! 悪魔……」


「戦争芸術、魔術師と敵からは恐れられていました。決して手を出してはなりません」


「聖女様でもですか?」


「はい。私など彼に比べれば……」


 聖女様は謙遜するお方なので、こうは言っているが、実際彼女の戦術能力は追随を許さないほど高いと私は思っている。この戦でもかの騎馬民族をしたたかに打ち倒して来たと聞いている。

 我々は何度も奴らに苦渋を飲まされていたのだ。それをあっさりと退けて来た。彼女もただものではない。しかし、ベリサリウスはその上を行くと彼女は言う。


「いえ、聖女様ならば、かの男があなたの知るベリサリウスだとしても打ち勝つと私は信じております!」


「私はローマで完璧なる将軍と呼ばれたことがあります。完璧だからこそ、魔術師には勝てないのですよ……」


 聖女様は落ち着いた声で私へ応じる。その声色は悲哀など微塵もない。ただ事実を静かに述べたに過ぎないのだろう。

 この聖女様――ナルセス様をしてここまで評価される将軍ベリサリウスとは一体……私は再度身震いする。


※ここまでお読みいただきありがとうございました。次回は水曜日です。

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