第64話 ローマへ帰還 第一部本編完結

 ベリサリウスの元へ戻ると、主だったメンバーは飛龍でローマへ戻ることになった。

 先の空からの襲撃に使った飛龍二匹に乗っていたのは、ベリサリウスとティモタ。もう一匹にはやはりパオラが乗っていた。パオラとエリス両方がローマから離れているため、現在ローマとの連絡体制は機能していない。

 まあパオラがローマを離れて半日程度だし、特に問題ないだろうと思う。


 ロロロをはじめとしたリザードマン達と猫耳族には徒歩で帰ってもらい、俺とエルライン、ティンで飛龍に乗り込み、ベリサリウスとエリス、ティモタが飛龍に乗る。パオラだけ単独なんだけど、ティモタはエルフ故に、エリスはベリサリウス様ぁなのでバランスが悪い乗員となってしまった……

 最も俺も飛行できる二人を連れているから一人みたいなもんだけど……


 ローマに到着するまで俺は手綱を握りながら、今回の戦闘について考察を始めていた。

 ベリサリウスは本当に六世紀の人間なのか? 航空戦力による要塞爆撃を使うとは。前準備として、愚かな将軍のように二度振る舞う。最初は魔の森の外まで出向いて、敵将と会話を交わす。二度目は旧小鬼村の陣地で剣を交えず撤退させる。

 彼らがどのような心境だったか分からないが、相当油断していたことは確かだ。陣地内の罠を恐れて、先に陣地内の罠を調査していたのかもしれないけど……それにしても北側に陣取る俺達に兵を差し向けて来なかったことは悪手だと思う。

 彼らの立場から考えてみると、敵は脆弱で隊を率いる隊長は臆病ですぐに逃げ出した。念のため、陣地に罠が無いか確認し、外に留まっているリザードマンらについても行けばすぐ逃げるだろう……そんな感じかなあ。

 あと、俺達にとってあの陣地は捨ててもいいものだったが、あれだけの建物だ、聖教騎士団からすると本拠地に見えたのかもしれない。あの陣地を抑えておけば俺達は取り返しに来るとでも思ったのかな。


 聖教騎士団に陣地を占領させ、狭い開けた土地に閉じこめる。そうしておいて空からの急襲だ! そもそも塹壕や堀、壁は地上兵力が攻め寄せることを想定している。航空戦力による爆撃に対しては無力なことは当たり前と言えば当たり前か。

 たぶんこれまで空からの襲撃なんて受けたことがなかった聖教騎士団は大混乱に陥り、炎弾での反撃もほぼ無かった。そうしておいて、南側を塞ぎ、東西に逃げ道を残す。

 俺達の人数が少ないため、陣地を取り囲むことが出来ないからわざと左右は開けたんだろう。戦力を集中させた北側へ追い込んだ兵を撃滅させ終戦とした。

 全く何者だよ。あの人は! 全て布石だったのか、逃げたのも。炎弾を受けたのも。俺達を北側の堀の外へ留めたことも。彼の時代にはなかった航空兵器による爆撃という新戦術まで取り入れ、勝利してしまった。

 敵はベリサリウスの手のひらの上で踊っているようだった。


 これが「魔術師」!

 これが「戦争芸術」!


 俺はこれまでベリサリウスの個人武勇に圧倒されていて、彼の一番の持ち味が「戦術能力」だということを分かってはいても、肌で感じることはそれほどなかった。聖教騎士団百名を殲滅した時は確かに凄まじいと思ったけど……

 航空偵察からのゲリラ戦法による各個撃破。あそこで航空偵察を使ったのだって今回の戦術への布石だろう。空からの有用性を改めて認識した彼は、今回の戦術を立案したと。


 身震いする……敵の心理状態まで操り、誘引し撃滅する。だからこそ「芸術」という異名を付けられたのだろう。

 地球が誇る最強の戦術家の名は伊達ではないってことか。味方でよかった……

 彼がいれば、こと「戦争」に関してはどれほど「寡兵」であっても不安を抱く必要はないだろう。戦略レベルで圧倒されていたとしても、彼の戦術能力はそれを凌駕する。

 戦争の常識を覆す存在……それこそがベリサリウス。


「どうしたんだい? 難しい顔をして?」


 俺が無言でずっと思案にふけっていたのを、面白がったエルラインが後ろから尋ねて来た。今俺が飛龍の手綱を握り後ろにエルラインが座っていて、ティンは俺に肩車されている。


「いや、今回の戦争について考察をしていたんだよ」


「ふうん。僕は今回の戦で人間の可能性ってのを再認識したよ」


「ベリサリウス様ほどの人は他にいないと思うぞ」


「素晴らしいね彼は。魔術も使わず、人の心理を操り、十倍以上の敵をあっさり退けてしまった」


「そうだろう! ベリサリウス様は凄いんだ。彼こそ俺達の世界が誇る最強の英雄だ」


「君もたいがいだけどね……」


 呆れたようにエルラインは俺にうそぶく。そうだよ。俺の身に何が起こったのかも問題だよ! いきなり体が動いたんだからさ。結果的に助かったけど……

 あの時、勝手に体が動かなかったらロロロが失われてたかもしれない。そのことには感謝しているけど、何か俺に説明があってもいいんじゃないか? 心の中の声よ。


「私も見たかったです! プロコピウス様の雄姿を!」


 太ももに力がこもったティンが俺に主張する。


「ティン。あの時のピウスはまるで水の流れのようにしなやかで流麗だったよ。美しい舞を見ているようだった」


 エルラインが俺を褒めるが、非常に微妙な気分だ……俺何もしてないからな。


「えええ。ピウス様! 今度私にも見せてくださいね!」


「いやいや。ティン。戦争は無いに越したことがないよ。俺はなるべくなら戦いたくない」


 俺の言葉にティンも「そうですよね!」と元気よく答えた。

 この戦いで聖教騎士団が諦めてくれればいんだけど……


「さあ、もうすぐローマだ」


 俺の前方にはローマの街が見えている。異世界で建築したローマも少しづつ形になって来ている。この先さらに発展させるために頭を捻ろうじゃないか。

 平和が一番。そして風呂に入りたい……



◇◇◇◇◇



 ローマにつくと、街に待機していた小鬼族やオークらが出迎えてくれた。カチュアの姿も見える。俺達が到着する少し前にベリサリウス達も到着していたようで、彼は小鬼の村長と何やら会話を交わしている様子。

 俺は歓声をあげてくれている彼らに手で応じ、ベリサリウスの元へ向かう。


「ベリサリウス様。プロコピウス、今到着いたしました」


「プロコピウス。このたびはお前の剣も見れて楽しかったぞ」


「いえいえ。私の剣など」


「相変わらずの剣の冴え! 私もうかうかしてられないな!」


 ガハハとベリサリウスは莞爾かんじと笑い。俺の肩をポンポンと力強く叩く。


「ベリサリウス様。恐らく聖教騎士団は暫く攻めては来ないでしょう」


「そうだな。我々の恐ろしさが分かっただろう。次来るとすれば万単位になるだろうな」


「万ですか! 準備はいかがいたしますか?」


「うむ。来るにしても一年以上先の話だ。ゆっくり準備しようではないか」


「了解しました! 私はローマの建築が落ち着けば諸国を周遊したく思っております」


「おお。行ってくれるか。プロコピウス。お前を行かすのは非常に惜しいが人材がいない。すまぬが頼むぞ」


「はい! 時にベリサリウス様は生活でお困りのことはありますか?」


「うむ。特に困ったことは無いのだが、脚の脱毛が出来ぬのがなあ」


 脚の脱毛? ああ。そういえばローマ人には脱毛の習慣があった。日本人が髭を剃るのと同じ感覚だ。すね毛も髭と同じで処理する対象だったんだ。ここだと、ムダ毛を処理する道具なんてないからなあ。


「なるほど。村長殿に相談いたしましょうか」


「お前は困っていないのか?」


「ええ。私は生えてきませんので……」


 そうなのだ。プロコピウスの体はすね毛が生えない。だから処理する必要もないのだ! っていっても生えてきたとして俺がどうこうする気はないけどねえ。俺日本人だし。


「ううむ。お前の体は便利だな」


 ベリサリウスは俺を羨ましそうな目で見つめる。


「ベリサリウス様。風呂パルネアをいずれ作成したいのです。私のわがままですけど」


「おおお! 風呂パルネアか! 私も入りたい。是非頼むぞ!」


 こうして俺達に日常が戻って来たのだった。明日、リザードマン達が到着したら戦勝祝賀会になるだろう。

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