第56話 ローマへの報告

 ローマへ帰還すると、集会所へ主だったメンバーが集合し今後の協議を開始する。


「聖教騎士団百名は撃退しました。今後のことで皆の者へ話がしたい」


 ベリサリウスの聖教騎士団撃退の言葉に、村長をはじめとした集まった街人達は大歓声をあげる。


「ベリサリウス!」

「我らのベリサリウス!」

「ローマに栄光あれ!」


 口々に称賛の言葉を絶叫する集まった街民達。

 ベリサリウスが手をあげると、彼らは途端に静まって彼の言葉を待つ。


「撃退されたことで奴らが去ってくれればよいが。再び攻めて来る可能性も高いです」


「やられたままでは引き下がらないということですな」


 村長がベリサリウスの言葉に応じると、彼は無言で頷く。


「はい。村長殿。私は再侵攻して来る可能性が高いと踏んでいます」


「それは厄介ですな。聖教騎士団の敗残兵は捕らえなかったのですか?」


 村長の疑問は最もだ。俺もあの時、一人だけでも拘束し奴らに尋問を行わないのを疑問に思った。何らかの布石だろうか?


「そうですな。そのまま帰したのは、拘束することで得る情報と帰すことで得る益を天秤にかけた結果です」


「ほう」


 村長は関心したように首を振っているが、拘束して得れる情報はそれなりに大きなものだと思う。何故帰すほうがメリットが高いんだ?


「得る情報として有益なのは敵情でしょう。しかし、結局どれくらいの規模になるかは蓋を開けてみるまで分かりません」


「そうですな。人間どもは数が多い」


「不安定な情報を得るくらいならば、より奴らに油断させたほうが良いのです。事情さえ聞こうとしない間抜けな奴らと思わせるのです」


「なるほどですな。ベリサリウス殿の深謀遠慮恐れ入る」


 うーん。どう考えても拘束した方がメリットがあると俺は思うんだけどなあ。聞くだけ聞いて解放したら、それはそれで油断してくれるんじゃないか?

 敵の戦争目的はほぼこちらは把握しているから、原因を取り除くことは聖教が聖教である限り不可能。ならば、紛争は必須。これについては情報を得ても仕方ない。

 他にとなると、ベリサリウスが言うように敵情把握だな。敵が全部で何名いて、どれほどの規模で攻めて来るのか。知っておいて損はないだろうけど、例えば千人規模の軍団が十あるとしたら、聞いてもどれだけの数が攻めて来るのか来てみるまで分からない。


 ああ。そういうことか。俺達は空からの監視という絶対的に優位な監視網を持っている。魔の森の外側まで空からなら見渡すことが出来るから、遅くとも旧小鬼村へ奴らが攻め込むまでに二日は余裕が出来る。

 ベリサリウスの考えでは二日あれば充分対策が練れるってことなんだろうか? それでもなあ。少しでも情報が得れたほうがいいと思うよ。


「プロコピウス。何やら不満そうだな」


「いえ。そんなわけでは」


 ヤバい! 見られていたか! 俺の素人考えでは疑問に思ったが、ベリサリウスの考えに不安を感じているわけではない。何故そう考えたのか推し量れてないだけだ。


「ダラだ。プロコピウス」


「ダラ......ダラの戦い......了解しました! ベリサリウス様」


 ダラの戦いか! 少し意図が見えて来たぞ。ダラの戦いはベリサリウス率いる新兵の集団と倍する熟練兵が激突した戦いだ。この時ベリサリウスは敵に和平の使者を送ったり、弱気な態度を相手に見せ全軍で逃げ出したりと、徹底的に相手を油断させるよう振る舞った。

 さらには、敵の強さで新兵が不和を招き一部が逃走したかのように見せかけたが、これがベリサリウスの罠だった。油断して突撃してきた敵の攻撃を防ぐことに集中し、後ろから逃走したように見せかけた友軍を突撃させる。

 この戦い。恐らくベリサリウスなら持前の戦術眼を駆使すれば、まともに当たっても勝てたと思う。しかし彼はそうしなかった。少ない犠牲で勝つ為、彼はありとあらゆる謀略まで使うことを躊躇しない。


 敵はこんな彼を「魔術師」や「戦争芸術」と呼び恐れたが、味方はそうではなかった。卑怯な手を使う「奇術師」と蔑んだ......全く味方には好かれてないよな。ベリサリウスは不憫だよ。


 何もせずに聖教騎士団を帰したのは「魔術師」ベリサリウスの作戦の一環か。ならば何を不安に思う。迷うことなど一切無い。彼と共に行けば必ず勝利は掴める。例え敵が何人いようとも。


 俺の納得した様子を満足そうに眺めたベリサリウスは、今後の作戦について口を開く。


「敵が来るものとして備えようと考えています。旧小鬼村に防御陣地を建築いたしませぬか?」


「ベリサリウス殿。それで急ぎパオラへ連絡をくれたのですな。資材の準備は進んでおりますぞ」


「村長殿。かたじけない。明朝より旧小鬼村へ出発したい。プロコピウス。村長殿。陣地作成の人員はお任せします」


「了解いたしました」「任されましたぞ」


 俺と村長はベリサリウスへ了承の意を伝え、一旦会議は閉会となった。

 俺は村長にオークと犬耳族を旧小鬼村へ向かわせることを提案し、村長も数名の小鬼族を技術指導につけてくれることを提案してくれた。

 陣地の造りはベリサリウスが指示を出すとのことだから、俺は指示を受けてマッスルブらを割り振る役目かな。


 村長との打ち合わせが終わったので俺は自宅へ帰り、みんなが作ってくれたお気に入りのソファーに腰かけると一息つくが......


 エルラインとティンが着いて来てる......ティンはお世話係だからまだ分かるが、エルラインまで。


「ティン、今日はもう帰っても大丈夫だよ。ゆっくり休んでくれ」


「いえ! ピウス様も疲れてらっしゃると思いますので、飲み物だけでも準備します!」


 彼女も緊張の連続で疲れているだろうに。本当に真面目な子だよな。

 ふと視線を感じエルラインに目を向けると、またいつもの嫌らしい笑みを浮かべているではないか。


「もてるね。ピウスは」


 クスクスと笑い声をあげるエルライン。からかうのはいいけど、ティンには聞こえないようにしてくれよ......彼女が気を悪くしたら嫌だからさ。


「彼女が手伝ってくれるのは、俺が家事をできないからだからな!」


「へー」


 だからその顔つきを辞めてくれって! エルライン。


「もてるのはベリサリウス様だよ」


 エリスが全力でガードしてるから、近寄れないけどね! まあ、近寄ってもベリサリウスの趣味は......あれだから見向きもしないだろうけど。


「ベリサリウスは強いから、強いのが好きな女が集まってるのかな。でもね、君もモテモテだよ。たぶんね」


「俺が?」


「そうです! ピウス様は人気なんです! ハーピーの間ではベリサリウス様と人気を二分してます! わ、わたしも......」


 最後の方は声が小さくて聞こえなかったが、コップにハーブティを淹れてくれたティンがこちらへ戻るなり会話に入って来た。


「ほらほら。ピウス。やっぱりモテモテじゃないか」


「ダークエルフのお二人......パオラさんは分かりませんが、カチュアさんはきっとピウス様に好意を持ってると思いますよ!」


「ピウスは女たらしだね」


「待て待て! 勝手な誤解を与えるようなことを言わないでくれ! 俺は誰とも付き合ったりしてないから」


「ふうん。同じ人間じゃないとイヤなのかな?」


「そうなんですか? ピウス様?」


 エルラインの言葉にティンがものすごい勢いで喰いついて来た! エルラインは絶対ワザとだ。これ以上ティンを煽らないでくれよ! 


「い、いや。俺は異種族でも隔意は持ってないよ」


「ふうん。良かったね。ティン」


「はい!」


 エルラインの誘導尋問に勢いで答えてしまったティンは、顔を真っ赤にして塞いでしまった。彼女の様子に思わず俺は吹き出してしまう。それを見た彼女はますます赤くなって「もう。ピウス様」と呟いている。


「ピウス。元気になっただろ?」


「ああ。お陰様で。方向性が間違っているけど、気遣いは分かったよ。ありがとう」


 エルラインの気の回し方が斜め上で、確かに戦いで緊迫した気持ちは落ち着いたが、別の緊迫感を味わったよ......


※ダラの戦いについては、https://kakuyomu.jp/works/1177354054882179642/episodes/1177354054882221161 をご参照ください。

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