第55話 次への準備開始

「エリス、まずパオラに連絡を行ってくれ」


 聖教騎士団が去るや否や一息付く暇もなく、ベリサリウスは即座にエリスへ指示を出す。


「ベリサリウス様、何と伝えればよいですの?」


 エリスがぶりっ子してベリサリウスに尋ねると、彼は誰もが考えていなかったことを口走る。


「エリス。旧小鬼村へ建築資材を持ち込む準備をするよう伝えてくれ。大半は木材で構わない」


「わ、分かりましたわ」


 驚きで目を見開きながらもエリスは、ベリサリウスの言葉をパオラへ伝えたようだ。


「ベリサリウス様。先ほどの聖教騎士団を追跡いたしますか?」


 俺はベリサリウスへ飛龍で聖教騎士団を追跡するか問うたものの、今回襲来した聖教騎士団以外は魔の森の境界では見当たらなかった。

 となると、魔の森付近にはいないだろう。


「いや、奴らの本隊があるならば魔の森からそれなりに離れた場所だろう。きっと最寄りの街かどこかだ」


 ベリサリウスの考えも俺と同じだったようだ。ならば追う必要もないか。


「なるほど。追っても無駄ということですね。では魔の森の境界線に近寄る者がいれば、ハーピーに報告させましょう」


「うむ」


「では、ベリサリウス様。急ぎローマへ飛龍で戻られますか?」


「そうしよう。ティンとエルラインは飛龍の後ろをついて来い。猫耳族は徒歩でローマへ帰還せよ」


 ベリサリウスはテキパキと指示を出す。俺とエリスはベリサリウスと共に飛龍に乗ってローマへ帰還だ。



◇◇◇◇◇



 飛龍に乗りながら俺は、今回の戦闘について考えを巡らせていた。

 一連の戦闘において空から報告するだけだったから、特に問題無く仕事をこなせた。いざという時には、飛竜で聖教騎士団へ突撃する可能性も考慮していたが、全く危なげなく戦いが終結してくれから良かったよ。

 ベリサリウスの態度を見るに、彼は次の戦闘を見越している。百名の聖教騎士団がもし偵察部隊なら、必ず本隊は近くに控えているだろう。彼らの本隊が何名なのか分からないが、百名の威力偵察をするくらいだから、下手すると千名くらいいるのかもしれない......これはタフだな。

 ベリサリウスはエリスに即指示を出していたけど、旧小鬼村で野戦築城を行うのかな? 旧小鬼村に籠城できる有効な陣地を作成し、聖教騎士団を迎え撃つ。

 うーん。ベリサリウスならば凌げるだろうけど犠牲も多く出そうだよな。ベリサリウスへ尋ねたいが彼は飛龍の手綱を握り、俺と彼の間にはエリスが居るから聞きずらいんだよー。

 ま、まあ大きな声を出せばいいだろ。


「ベリサリウス様。旧小鬼村へ野戦築城されるつもりですか?」


「いかにも。奴らがいつ来るか分からない。急ぐに越したことはないだろう」


「相手の数次第ですが、凌げるでしょうか?」


「どちらでも構わんさ。そうだろう? プロコピウス。少ない犠牲で勝てば良い」


「え、ええ。そうですね」


 つい肯定してしまったものの、「そうだろう?」って自信満々に言われても困るよ。でも、突っ込めない! 一体何を考えてるんだこの人は。今の言い方だと、旧小鬼村に築いた陣地を捨ててもいいと言っているように聞こえる。

 最後に勝てばいいって言うけど、相手に有利な陣地を与えてしまうとそこが奴らの拠点にならないか? ま、まあ。俺が無い頭を捻るよりベリサリウスの指示に従っておけば問題ないか......いや。問題ある!

 ベリサリウスが具体的な指示を出さずに、「分かるだろう。プロコピウス」とか言って「よろしくやってくれ」になると困る。その時は、プロコピウスが偽物かもしれないと疑われても構わない。恥を忍んで具体的な指示を仰ぐよ。

 俺の個人的な事情で、みんなの命を危険に晒すことなんて出来ないから。


「野戦築城はどのように構築されますか? ベリサリウス様が陣頭指揮をとられますか?」


「うむ。そうだな。詳細は村に戻ってから詰めよう。役割分担が重要だ」


「了解しました!」


 どのような陣地構築をするか分からないけど、土木工事となると活躍するのはオークと犬耳族になるだろう。彼らは工兵に向いている。オークの膂力と犬耳族のスタミナ。どちらも工兵向けだ。

 マッスルブに概要を説明すれば上手くやってくれる気がする。あいつ最初はものすごくうざい奴だと思っていたけど、仕事を一緒にやってみると話す時の語尾が特殊なだけで実は働き者なんだぜあいつ。



◇◇◇◇◇



――聖教騎士団 偵察部隊隊長

「ほう。気概だけは立派なことだ。私は約束を守る。君たちは尻尾を巻いて帰るがいい」


「クッ!」


 私は大柄な男の憎まれ口に舌打ちをする。


 魔族に味方する忌々しい人間め。奴の弓に三十名の敬虔な聖教騎士のうち半数が撃ち抜かれた。焼け落ちた広場に集合した魔族と獣人、それに憎き人間が二人。

 人間のうち一方は我らを弓で撃ち抜いた大柄で精悍な面構えをした男。もう一方の人間を見た時、私は我が目を疑った。これほどの美丈夫が本当に悪しき魔族共に組しているのかと。

 一流の芸術家が己の美の全てを込めて彫刻した像のように美しい顔、茶色のウエーブのかかった髪。憂いを帯びた目も神秘的で美しい。エルフのように整った顔立ちをしているが、エルフにはない力強さを感じ取れる。

 まさに完璧な容姿と言えよう。男性的な力強さの中にも女性的な繊細さが入り混じった奇跡のような容姿。これが悪しき者なのか? しかし彼の傍に控えるのは魔族のハーピー。そして邪悪なるダークエルフ。


 その隣には......何!


――紫色のベルベット調......豪奢なローブ。少年のような顔に赤い目。青白い病的な肌......ハーピーの後ろに控えた少年を見た時、私は大柄な男以上に体が震えた。

 この容姿は伝え聞く魔王リッチではないのか? 魔族どもに二人の人間だけでなく、魔の山の魔王まで組しているのか? 魔王がこれまで魔族と共に行動したとは聞いたことが無い。

 これは思ったより深刻な事態かもしれぬ。


 さらには獣人――猫耳族が十名。奴らは焼けたこの野原を拠点にしているのだろう。これは捨て置けぬ。私を無事に帰したことを後悔するがいい。


 私は憎き奴らの元を去ると、索敵に出ている残りの聖教騎士との集合場所へ向かう。しかし待てども待てども彼らが帰還することは無かった。

 きっと、彼らはすでに奴らが......クッ! 許さぬ。


 魔族どもに組する人間の存在の情報を得た私たちは、しょせん魔族と簡単に考えていた。敵がどこにいるかも分からず百名で魔の森へ押し入ったが、しょせんは烏合の衆と思っていた。

 しかし現実は悪夢そのものだったのだ!

 私は伝えねばならぬ。聖教騎士団第一団団長――ムンド様へ。不甲斐ない私たちであるが、敵は人間だけでなく、魔王まで味方につけた魔族! 決して許してはならぬ相手!

 必ずや滅ぼさねばならぬ。我が命にかけても。


 聖女様が降臨されたというのに、何たる様だ......私は自己嫌悪に陥りながらも、僅かに残った聖教騎士団と共に急ぎ街へ向かう。

 ムンド様へ事態を一刻も早く伝えるため休んではいられぬ。こうなった以上、全力を持って悪魔どもを討ち果たすよう申告せねばならぬ。

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