第17話 戦術チート、魔術師ベリサリウス

 今回は結構書き下ろしです。何故かというと元記事が長すぎたためです。いずれ全部出してもいいのですが今回は簡単に書きたいと思います。

 みなさんチート物好きですか? 異世界転生、ファンタジー、最強、チート。私たちはこれはやり過ぎだろうと思いながら読みますが、ところがどっこい現実世界にもこれはひどいという人物はいます。今回紹介する東ローマの将軍ベリサリウスはまさにチートと言っても過言ではありません。彼こそは私の主観評価ではありますが、地中海世界中世において、最高の戦術家です。


 まずベリサリウスの行った代表的な会戦を。

●ベリサリウスの会戦

・対ペルシア戦争

 対ササン朝ペルシアとの戦い。ダラの戦いなど

・対ヴァンダル戦争

 北アフリカのヴァンダル王国との戦い。アド・デシミウムの戦い、チカマルムの戦い

・対東ゴート戦争

 これはいっぱいあります。ローマ包囲・ラベンナ包囲などなど

・対フランク戦争

 これはナルセスの戦いなので割愛するかも。

・対スラブ(ブルガール)戦争


この中でいくつか注目すべき戦いを書きましょう。


一つ目は野戦

●「ダラの会戦 Battle of Dara」(530年)

・ローマ 25000人 指揮官 ベリサリウス

・ササン朝 40000人 指揮官 フィロツ 


 ベリサリウスの初戦である、ダラの戦いは錬度のあまり高くないベリサリウス率いる、東ローマ軍とササン朝侵攻軍との対決です。

 数でまさるペルシア軍相手にダラへ後退した東ローマは、ダラの要塞に軍を布陣します。要塞を利用したとはいえ、要塞内部に立てこもったわけではなく、要塞の外に打って出ます。

 このまま力と力がぶつかれば、連度でも数でも劣る東ローマの敗北は必死の情勢。

 ここでベリサリウスは一計を投じます。

 中央に堀を掘り中央から敵が侵入できなくします。その後ろにベリサリウスの本陣を布陣し、その両側に勇猛なフン族の騎兵とローマ騎兵を配置します。


・初日

 ローマ軍の堀を見た、ササン朝司令官フィロツは中央を避け、両翼の騎兵をローマ軍両翼騎兵にぶつけます。堀のおかげで戦闘面積が少なくなったササン朝軍は、中央の歩兵をまるまる温存することになります。両翼騎兵同士の狭い範囲での戦いは終日続き、この日は拮抗したまま、お互い被害も少なく終了します。

 無理して攻めればもっと攻めれたはずのフィロツの狙いは援軍でした。翌日にはササン朝援軍10000人が到着する予定となっており、倍の兵力を持ってローマ軍に当たれ、さらに有利に戦いを進めることができる。とフィロツは考えました。

 また、初日はローマ軍の力を探る目的もあり、相手の力は数も錬度も低いことがわかっていたので、彼はあせることなく翌日を待つことになりました。

 初日の夜にベリサリウスはフィロツに対し、講和の使者を送ります。

 講和の使者を見たフィロツは、ローマは恐怖におののいていると感じ、ますます勝利への自信を固めます。


・二日目

 ササン朝の援軍10000人が到着し、ササン朝は、ローマ軍の倍の兵力を持つことになります。

 昨日同様、両軍騎兵のぶつかり合いで戦端はきられます。

 やがて数の差が出て、ローマ軍右翼はササン朝軍に城壁付近まで押し込まれます。しかし、ベリサリウスは丘のふもとに巧妙に隠していた伏兵をペルシア軍右翼の背面にぶつけます。

 昨日の何も動きを見せなかった小競り合いも、講和の使者も全てはフィロツを油断させるものだったのです。

 すっかり虚を突かれたササン朝右翼は混乱、壊走します。

 その勢いをかい、次に城壁付近にまで突出したササン朝軍左翼騎兵の隙間に全騎兵を投入します。

 数に勝り、側面からも攻め立てられたササン朝騎兵は壊走し、中央の歩兵は丸裸になります。

 こうなっては、ササン朝には勝ち目はなく、騎兵の機動力を生かした包囲戦法によってササン朝軍は壊走します。


 ダラの戦いの相手ペルシャは当時最盛期を迎えた盛況な軍団です。注目すべきはベリサリウスの軍勢。このときの東ローマ軍は半分以上「新兵」です。数で劣り、兵の質で劣るベリサリウスはあっさりと勝利を掴みました。



 次は攻城戦を見てみましょう。

●ナポリ攻囲

 北アフリカの反乱を鎮めたベリサリウスは例のごとくわずかな兵で、ナポリに攻め入る。

 ナポリは当時としてはかなり堅固な要塞として有名で、普通に攻めればとてもじゃないが落とせる街ではなかった。


 今回ベリサリウスが取った手段は、

 まず陸・海からナポリを囲い込み、相手に対して心理的に脅かした後で、現在水が通っていない水路を利用し、そこから兵をナポリ内部に侵入させた。

 予想外の内部進入を受けたナポリは陥落する。

 ナポリは当時としても発達した都市で、ローマの大都市には整備されていた用水路が完備されていた。(中世になると用水路が整備されている都市は旧ローマ都市以外は皆無になるんですが)

 その整備に目をつけたベリサリウスならではの奇策がうまくはまった戦いといえよう。



 次は圧巻の籠城戦

●ローマ包囲

・ローマ軍 5000人(後に6500人の援軍) 指揮官 ベリサリウス

・東ゴート軍 45000~100000人 指揮官 ヴィティギス(国王)

※数値の間違いではありません。戦力差十~二十倍です!


◆概略箇条書き

1、ヴェリサリウスの偵察部隊とゴート軍がかちあう。しかしヴェリサリウス偵察部隊はゴート軍を退けローマに撤退。


2、ゴート軍攻城兵器を使い激しくローマを攻撃。市民も防衛に参加する中、ベリサリウスも射撃で敵司令官を狙う。(何気に弓の名手。何人かの司令官を射殺している)

 さらには、攻城兵器をひっぱる牛を集中的に弓で狙わせ、いくつかの攻城兵器を無効化した。


3、2の戦いでかなりの損害を被ったゴート軍は北方を攻囲するにとどまる。そのため南方が空いていた。ローマ市内に住む女性・子供・奴隷など非戦闘員はここから脱出する。この脱出があったため長い攻囲に耐えられた。


4、ローマ軍隙を見て出撃。ゴート軍に被害を与える。


5、ゴート軍、ローマの補給路を絶つ。ローマは飢餓に苦しみ、内通者まで出る。ベリサリウスは皇帝に援軍を要請。


6、ユスティニアヌス援軍要請に応える。しかしほんとに応えただけ。たった1000人とか何それ?食えるの?


7、ゴート軍も長い包囲のため飢餓と病気に苦しんでいた。ローマの援軍を見て厭戦気分が高まり、冬季の休戦に入る。


8、この休戦を逃さず、ベリサリウスはローマの交通網を整備し、ミラノの反乱を支援、ラヴェンナの背後に軍を派遣し破壊活動を行う。


9、538年東ゴート軍、ローマから撤退。ミラノ・ラヴェンナに兵力を裂き、ローマ軍別働隊(ラヴェンナを脅かした部隊)がこもる要塞を攻囲。(この兵力の移動の際の撤退の隙をついてローマ軍はゴート軍に損害を与えている。)


10、ナルセスのローマ精鋭部隊二万が到着。ローマ艦隊も到着。ベリサリウス隊も増強。これを受けて、ゴート軍はラヴェンナに撤退。


 最後は戦略アプローチ。戦わずして引かせる

●ホスローの侵攻

 ホスローとはササン朝ペルシャ最盛期の王です。

 10万の大軍を率いユーフラテス川を超え、シリアに侵入する。これに対しベリサリウスはヒエラポリスに軍を置き、ホスローの帰路街道の遮断を図る。

 例のごとく雑兵を与えられていたベリサリウスはここで一計を投じることにする。


 まずホスローに和平の使者を出し、使者が来たホスローは敵の様子を探るためにもベリサリウスに使者を送るとベリサリウスは少ない兵を丘を利用して実際より多く見せかけ、兵に悠然と自信ある態度を振舞わせた。これを見たホスローの使者はベリサリウスの大軍をホスローに伝えた。

 ホスローは10万を率いて攻め込んだ決戦において、勝てたとしてもこちらの被害は甚大だろうと判断し、ベリサリウスと和平を結ぶことにし、クテシフォンへ帰還した。

(当時の10万人規模の戦いは総力戦です。これほどの規模の戦いで消耗すれば立て直すのはかなり大変です。聡明な王は今後のことも考え、兵をひきました)

 こうして、ベリサリウスは一兵の血を流すこともなくペルシアからの防衛に成功したのだった。


 どうですか?

 このすさまじさ。野戦、攻城戦、籠城戦、謀略全て最高クラス。いやいや相手が弱かったんじゃないの? と疑う人もいるかもしれません。ベリサリウスの相手は強いですよ。ペルシャは何度か出てきましたが、この当時最盛期で東ローマよりよほどやっかいだった東側の遊牧民族の駆逐に成功します。それほどの軍勢を寡兵(少ない兵)で迎え撃つのです。

 次にナポリとローマ。この当時イタリアを支配していたのはゴートの王ヴィティギスです。彼はナポリでも倍のローマ軍を跳ね返してますし、一度ベリサリウスによって壊滅させられたゴートはトティラという王を立てイタリアを再度統一します。

 さらには、逆に今のスロベニアに攻め込んでいます。もちろんトティラが打ち破ったローマ兵は常に相手のほうが兵数が多かったです。また余談ですが、トティラは「最初の騎士」と呼ばれ後世から尊敬を受けています。

 これをベリサリウスは寡兵で打ち破っていたのです。


※よろしければ、ベリサリウスが出て来る作品もどうぞ。異世界ファンタジーものです。

無双将軍の参謀をやりながら異世界ローマも作ってます

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882285131

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