第35話 サイクロプスなど物の数ではない
彼らは幸いこちらに気が付いていないようだったから、他の冒険者が近くに居ないかまず索敵する。敵対した場合、仲間を呼ばれると厄介だからね。
森林地帯なので視界が悪いが、大声を出されると気付かれる為、誠に不甲斐ない事だがベリサリウスにも気配を探ってもらった。
その結果、彼が大丈夫と言うので一先ず安心し、俺達は例の冒険者と接触することに決める。
彼らは以前あった時と同様四人組だった。リーダー格の長身茶髪で顎鬚ともみあげが繋がっている男――ガイア。ドワーフと呼ばれる小柄だが体格のいい男――マッシュ。黒髪短髪のおそらく魔法使いのオルテガに、エルフのティモタ。
少し離れた位置から俺は警戒しつつ彼らに声をかけると、彼らはようやく俺たちに気が付き「ああ!」と声をあげる。
「ガイア、ここで何をしているんだ?」
「あんた達こそ。まさかサイクロプスを倒しに来たのか?」
「サイクロプスとはあの一つ目巨人のことか? ならばその通りだ」
「ひえええ。今冒険者が十名ほど向かって行っているが......芳しくないようだぜ」
俺たちが一つ目巨人――サイクロプスを倒しに行くと聞くと、冒険者四人全員が非常に驚いている。彼らはサイクロプスを倒しに来たわけじゃなさそうだな。
「ガイア達は一体何を?」
「ティモタをあんた達と引き合わせようと、魔の森を探索していたんだよ。それなのにあんな化け物が居るなんて!」
「街に戻ってなかったのか?」
「ああ。魔の森の入口で数日野営しながら、あんた達を捜していたんだ。ティモタがあんた達のところへ行くって言ってただろ」
「そういえば言っていたな。しかし俺たちは何処に居るか分からないものな。それで当てもなく彷徨ってたのか」
「どちらかと言うと、あんた達が俺たちを見つけるのを待っていたってところだな。ずっとウロウロしてれば、あんた達の警戒網の目に留まると思ってな」
案外考えて動いていたようだ。彼らは空からの監視網についてもちろん知らないが、以前俺たちが彼らを襲撃したことから、きっと自分たちを見つけると考えたんだな。
「ベリサリウス様。ティモタを連れ帰ってもよろしいですか?」
俺がベリサリウスに問うと「プロコピウスに任せる」と返って来たので、俺はティモタに向きなおり口を開く。
「ティモタ。サイクロプスを討伐した後、君を迎え入れよう。ただし、許可があるまで外に出ることは叶わない。それでもいいのか?」
「その覚悟でここへやって来たのです。もちろんそれで構いません」
「了解した。ならば君を連れて行こう」
「ありがとうございます!」
俺とティモタの会話が終わるのを待っていたかのように、ベリサリウスは少し離れたところに見えるサイクロプスに目をやる。
「プロコピウス、ティン。では私は奴と遊んでくるとしよう」
獰猛な笑みを浮かべ、ベリサリウスは踵を返す。まるで解き放たれた猛獣のようだ......
「ちょっと、一人で行くのか!」
僅か一人で災害級のモンスターへ向かうベリサリウスを見てガイアは驚愕し、思わず声が出た様子だけど、
「むろん。プロコピウスには悪いが、私一人で行かせてもらう」
「ベリサリウス様。近くで観戦してもよろしいですか?」
「ああ。すまぬな。プロコピウス」
いやいや! 俺なんて一発でお陀仏ですよ! 血は滾らないですから! 勘違いされていらっしゃいますね......しかしプロコピウスはベリサリウスと同じくらい獰猛な奴だったのか? ベリサリウスが獲物を奪うのを遠慮するほどの......
たぶん、似た者同士なんだろう。戦闘大好きなところとか。嫌過ぎる!
「では、四人ともここで待っていてくれ。行ってくる」
俺は茫然とする冒険者四人に告げ、ベリサリウスとティンと共にサイクロプスの元へ歩き出す。偉そうに彼らに言ったが、俺は「観戦」するだけだけどね!
◇◇◇◇◇
サイクロプスは俺の想像していた人型の一つ目巨人と風貌が異なっていた。
体色は濃いめの肌色、頭に体毛は無く、眉間に当たる部分に大きな眼がある。鼻が無く、口からは牙が見える。骨のような鎧が脛、胸、腕を覆い、手に武器は持っていないが、拳に牙の様な骨の刃が付属していた。
既に戦闘状態に入っているようで、散発的に炎弾がサイクロプスに向けて飛んでいるが、奴は意に介した様子もない。
戦っているのは冒険者らしきローブを着た者や、皮鎧に身を包んだ者、剣を構えている者もいるが逃げるのに精一杯の様子だった。
「ティンよ。腕力の無い者の動きを見せよう」
「はい! ベリサリウス様!」
ベリサリウスにティンが応じると彼は満足気に頷き、前方のサイクロプスを見据える。
「流水の構えはお前の得意とするところだったな。しかし、まだまだ私の腕に至ってないことを見せてやろう。プロコピウス」
「私ではベリサリウス様に敵いません」
「ははは。謙遜はよい。行ってくる」
新事実! プロコピウスは流水の構えが得意だった! どんな構えかも俺は知らないが、俺にやれと言われたらどうしよう......い、一応お手本を見せてくれるからしっかり目に焼き付けておこう。
俺たちがサイクロプスを前にしてここまで落ち着いているのは、ベリサリウスが敗れる姿が想像できないからに尽きる。俺に至っては完全に特等席での観戦モードだ。
ベリサリウスは歩を進め、苦戦中の冒険者に向けて叫ぶ。
「諸君、引きたまえ! 私が相手しよう」
声を聞いた冒険者達がこれ幸いとばかりにベリサリウスの方へ走り、彼を通り過ぎ駆け抜ける。
ベリサリウスはそんな冒険者には目もくれず、背中から長剣を抜き放つ。あの長剣はリザードマン族長が所持していた剣に見える。彼がリザードマン族長から借り受けてきたのだろう。最初から身一つでやる気だったんだなベリサリウス......
ベリサリウスが向かうは身長二十メートル超の一つ目巨人。骨の脛当てがあるから、彼は裏側から斬りつけるか、剣を真上に突き刺して太ももを狙うかしかないだろう。
一つ目巨人サイクロプスは挑んでくる矮小な人間ベリサリウスに、脚を振り上げ踏みつぶそうと彼に迫る。
対するベリサリウスは両手で剣を正眼に構えたまま身動き一つしない。
――サイクロプスの足がベリサリウスを頭から踏み潰さんと振り下ろしたその時、ベリサリウスは長剣を振り下ろす。その動きは流水の如く、自然体で振り下ろされたのだ。
絶叫が上がり、サイクロプスはベリサリウスに向けた足を堪らず抱え上げる。奴の足裏からは血が流れ出していた!
どうやらサイクロプスの脚の動きを利用して、ベリサリウスの長剣が奴の足裏を切り裂いたようだ。
相手の力を利用し、自然体で最低限の動きでいなし、斬りつける。これが流水の構えか。
ベリサリウスはこの隙を逃さず、サイクロプスが一本で立っている脚を真正面から真横に剣を振るう。
この位置は骨の脛当てに守られた箇所なのだが、ジワリとそこから血が滲み出てくる!
斬ったのだ! あの硬そうな脛当てを。
あれはデュラハンで見せたベリサリウス流斬鉄剣だろう。これも清流の剣なのか。
続いて二度、正確に同じ動きで傷口を広げていく。一ミリたりとも狂うことなき剣筋は驚愕の一言に尽きる!
いや、ほんともう人間の域を超えてるよこの人。「見ておれ、ティン」じゃねえよ。こんなの真似出来ねえよ!
「ベリサリウス様! すごいです!」
隣でティンが目を輝かせて、ベリサリウスの絶技に魅入っている。
俺からも凄いとしか言いようがないよ。どれだけの技術が使われてるか見当がつかない......
ティンが呟いている間にもベリサリウスの攻勢は続く。
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