第22話 ハーピー族

――翌朝

 ローマ建設予定地には続々と小鬼の村から亜人たちがやって来ていた。各々村が燃えてしまった悲壮感は無く、将来のローマに思いを馳せているようだった。

 今日の昼頃には小鬼の村長が到着予定になっている。犬耳族の村へ行こうと思っていたが、小鬼の村から焼け残った道具類を飛龍で運ぶため中止となる。道具が揃えば作業が進みだすことだろう。


 ベリサリウスはというと、ローマ周辺のモンスター狩りに出かけているようだ。危険なモンスターばかりが目に付くけど、ウサギのような動物ももちろんいる。

 一番最初に必要なのはやはり今日食べる食料だ。小鬼でも安全に木の実の採取や動物を捕らえるための罠が設置できるよう、ベリサリウスが率先して危険な奴を捜索しているというわけだ。


 俺は小鬼のウサギを捕まえる罠作りに協力しつつ、エリスを見つけたのでダークエルフの村について聞いてみることにした。


「エリスさん、ダークエルフの村と接触したいんですけど」


「あなた正気? 人間がダークエルフの村に行くなんて」


「なんかまずいんですか?」


「人間が亜人を魔物の森に追いやったのは知ってるわよね」


「ええ。何度か聞きました」


「元々ダークエルフは排他的で他種族を受け入れないの。私たちは長寿だから」


 寿命が長いから、保守的に排他的になるってことか。


「亜人が魔の森に追いやられた時期ってどれくらい前なんです?」


「察しがいいわね。まだ百年と少ししか経ってないのよ」


「なるほど。人間に追いやられた記憶を持つ人がまだ村にいるんですね」


「その通りよ。でも、あなたならあるいは......一度行ってみる?」


「いきなり攻撃されたりしませんよね?」


「え、ええ。たぶん」


 多分って何だよ。ダークエルフの村でプロコピウスは永遠の眠りについたとかなりたくないんだけど。しかしダークエルフの精霊術は魅力的だよなあ。

 エリスが豚に施術した体調を調べる精霊術や小鬼村の火を消した精霊術......あると無いじゃ大違いだ。ここはエリスを盾にダークエルフの村へ行くべきか。


「あ、私を盾にしようたってそうはいかないから」


 バ、バレてるじゃないか。ティンやロロロはどうだ? その二人は俺の良心が許さないからダメだ。ベリサリウスを連れて行けば何とかなるだろうけど、彼を今ローマから離すわけにはいかない。

もしモンスターが出たら? 人間が襲ってきたら? 防衛できるのは彼だけだ。


「じ、事前に俺が行くのを伝えることはできますか?」


「出来なくはないわ。やっておくわよ」


「この場で出来るんです?」


「ええ。風の精霊にお願いすればできるわよ」


 何だって! それは、画期的過ぎる!


「すごい! 風の精霊を使えるのでしたら画期的にローマの安全性が増しますよね」


「ふーん、そういうものなの?」


「そういうものなんです」


 訝しむエリスにいかに風の精霊が素晴らしいかを伝えるも、どうも釈然としない様子だった。

 これって、電話があるようなものだぞ。伝令を走らせるより遥かにアドバンテージがある。村同士の連携も格段に良くなるだろうし、前線基地を造るにしても後方へ一瞬で状況報告ができるんだぞ。

 これほどのアドバンテージは無い。是が非でもダークエルフの協力は取り付けたい。


 このまま和やかな雰囲気で、小鬼村の村長を待つつもりが事態は急展開する。


 お昼前にベリサリウスが巨大な像のようなモンスターを狩って戻って来たまではよかった。もしこのモンスターの肉が食べれるなら、小鬼村全員で食べても一日じゃ食べきれないほどだ。

 ベリサリウスは相変わらず凄まじい戦闘能力だよな。


 像のようなモンスターの解体を眺めていたら、非常に焦った様子のハーピーが空から降りて来た。 降りて来たハーピーの女性は、ティンに比べて大人びていて、美しい金髪にきゅっと締まった腰、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ女性らしい体を持っていた。

 息を乱したまま、「村長はいますか?」と俺たちに尋ねて来る。

 ローマ建設のことを知っていたのか、俺たちが集合していたからここへ降りて来たのか。


「村長殿は今こちらに向かっている。よければ私が聞こう」


 ベリサリウスが一歩前に出て、ハーピーの女性に言葉を促す。


「あなた様は?」


「私か、私はベリサリウスという。小鬼の村で護衛のようなことをしている者だよ」


「あなた様が! ベリサリウス様! ああ、ベリサリウス様! お会いしたかった」


 ほうと息を吐き、ハーピーの女性は縋るようにベリサリウスを見つめる。


「何があったのだ?」


 女性のただならぬ様子に、ベリサリウスも何か感じ取った様子。


「集落から少し離れたところになりますが、デュラハンが三体も出たのです。私たちにはどうにもならず。どうか」


「どうする? プロコピウス?」


 ベリサリウスは俺に振って来た! ちょっと待ってくれよ! 

 ローマの状況を整理しよう。間もなく村長たちが到着したら、雨風を凌げる簡易住宅を建設し、井戸を掘る。暫くの間は炊き出しになるので、それ用の炉もあれば急場は凌げるだろう。

 この話はすでに村長と行っているから、俺たちがいなくても問題ない。むしろ、俺が指示を出すよりも村長たちのほうが上手くやるだろう。


 問題は、ローマ周辺のモンスターだ。まだ狩りを初めて一日だから、危険なモンスターが潜んでいる可能性も低くはないと思っている。オーガの生き残りならまだしも、それ以上のモンスターが出てきたら、被害が出ることが予想される。


「ベリサリウス様、ローマ周辺のモンスターの状況はいかがですか?」


「昨日から粗方仕留めたが、巨大な奴がいないとは限らんな」


「なるほど。ハーピーの方、ここからあなたの村まで飛龍で飛んだとして、どれくらいの距離ですか?」


「飛んでいけば、一度も休憩せずに着くことはできます」


 なるほど。となると三時間もかからない計算か。ハーピーの村へ行っている間に不測の事態が起こった場合、数時間耐えてくれれば何とかなるのか。


「ベリサリウス様、ハーピーの方。暫しお待ちください。エリスさんに尋ねたいことがあります」


「私はここにいるわよ。どうしたのプロコさん」


 後ろを振り向くと、胸を反らし腕を組んだエリスがドーンと構えていた。いつの間に後ろに! 


「さっき聞いた風の精霊術についてです。ベリサリウス様か私に言葉を伝えることはできますか?」


「私から伝えるだけなら大丈夫よ」


 エリスから伝えることはできるけど、俺たちから連絡を取ることは出来ないということか。会話というよりは、メールみたいなものだな。

 今集めれる情報は集まった。後はベリサリウスに判断してもらおう。


「ベリサリウス様。ハーピーの村とローマの距離は飛龍で三時間以内です。ローマで危急の事態があった場合はエリスさんからこちらへ連絡を取ることができます」


「ふむ」


「もう一つ。エリスさんからの連絡に時間差はありません。距離を越えて即伝わります」


「なんと。エリスの技術は素晴らしいな!」


 ベリサリウスは珍しく目を見開き驚いている。彼の言葉にエリスは顔を真っ赤にしてモジモジしている。


「ハーピーの方、行けるかどうかは今ベリサリウス様に判断していただいてますが、私たちが協力するからにはあなた方にも協力していただきたいことがあります」


「何でしょうか? 私の身なら、すぐにでもベリサリウス様に捧げます!」


 頬を赤くするハーピーの女性だったが、エリスが彼女を射殺さんばかりに睨んでる。非常に非常に怖い。冗談でも言わないで欲しかった......


「いえ、小鬼の村は火災で燃えてしまいました。そこでこの地にローマという街を建設する予定です。できれば何人かこの地へ移住していただきたいのです」


「なるほど。私の一存では決めかねますが、必ずや希望に応えるよう話をします」


 気を取り直したハーピーの女性は片膝を着き、深く頭を垂れた。


「ベリサリウス様、いかがいたしましょう?」


 改めてベリサリウスに向き直った俺は、彼の沙汰を待つ。


「さすが、プロコピウス。一瞬にして全ての情報を集めきるとは。相変わらずの辣腕よの」


「滅相もありません」


「よいよい、謙遜せずとも。いいではないか。デュラハンなるものを討伐しに行こう!」


「了解しました」


「ハーピーの方よ。私とプロコピウス、ティンを連れてそちらへ伺おう。道案内を頼む」


 ベリサリウスの決定に、ハーピーの女性は感極まったようにワナワナと震え、彼に感謝の言葉を述べる。

 しかし、俺も行くの......?

 嫌な予感しかしないんだけどー!

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