第13話 スカイダイビング!

 死刑執行を待つ囚人の気分でベリサリウスの合図を待っていると、危うく炎弾に当たりそうになった。もうさっきから飛龍の動きが激しすぎて自分を支えるだけで精一杯になっているから、炎弾まで見ている余裕がないのが、正直なところだよ。

 こんな状況でも、ベリサリウスは適格に炎弾を交わしつつ隙を見て、両手を手綱から離して弓を番えたりしている。超人過ぎて開いた口がふさがらない!


「今だ! 飛び降りろ! プロコピウス!」


 ええい、行けばいいんでしょ! 行けば!

 もうどうにでもなれ!


 恐怖で体が硬直するが、絶叫をあげてなんとか体を動かすと、剣を下に構える。

 直後、強い衝撃と共に、剣が何かに吸い込まれ俺は剣を手放してしまう。

 ヒュドラの絶叫があがるが、俺はどうなっているか見る余裕がない!


「さすがです! ピウス様!」


 ティンの声。


 どうなったんだ! ティンが羽ばたくと、落ちるスピードにブレーキがかかり、俺は見上げる余裕ができた。


 剣は、ヒュドラの目に突き刺さっていた!


 俺は無我夢中で落ちただけだ。どうなった?


「ベリサリウス様の矢にヒュドラの頭が嫌がって動いたんですよ! そこにちょうどピウス様の剣が! すごいです! ピウス様!」


 ティンは思いっきり勘違いしているが、すごいのは指示を出したベリサリウス、矢を放ったのもベリサリウス。俺は落ちただけだ!

 しかし、これ地上が近くなってきてるが、ヒュドラの首に剣を突き刺したってことは、落ちるところもヒュドラの近くだよな......ひええええ。


 ビビった俺がパニックになっていると、またしてもヒュドラの大きな叫び声! 


 思わず振り返った俺が見たものは、


――ヒュドラの胴体へ剣を突き刺したベリサリウスだった。


 深々と胴体に剣を突き刺したベリサリウスは華麗に着地すると、飛龍のかぎ爪がヒュドラの最後の首を襲う。


 上空から勢いをつけた飛龍の爪はヒュドラの首を跳ね飛ばす!

 首から鮮血をあげて、ついにヒュドラは轟音を上げて倒れ伏したのだ。


「ベリサリウス様が飛龍から飛び降りて、ヒュドラに剣を突き立てたんです! 飛龍はベリサリウス様が作った隙に首を狩りに!」


 ティンの解説でやっと何が起こったのか理解できた。なるほど。そういうことだったのか。ヒュドラを倒すには首に四本、胴体に一本と計五本の武器が必要だ。

 俺自身、ベリサリウス自身、飛龍を使いヒュドラを倒し切る武器を作ったのか!


 ヒュドラの血にまみれながら、ベリサリウスが俺たちのほうへやって来る。


「よくやった。プロコピウス。見事な剣だったぞ!」


「いえ、全てはベリサリウス様の手腕です」


 ベリサリウスは俺を労うが、俺は落ちただけだよ。

 とにかく倒せたのは確かだ。緊張感が抜けると途端に先ほど無我夢中で落ちた時の恐怖が蘇ってきた。たかが落ちただけ。それだけなんだが、俺にしては頑張ったと自分を褒めたい。

 バンジージャンプもしたことが無い俺が、決死のダイブを指示通りやれただけでも自分では奇跡だ。よくあの時飛べたものだよ......今更足がガクガク震えて来るけど、ベリサリウスの手前悟られるわけにはいかないから、足をギュッと掴んで震えを必死で抑え込んだ。


「ベリサリウス様、まずはどうされますか?」


 倒したとなると、次どうするか指示をあおがないと。俺の問にベリサリウスが口を開く。


「戦後の政策はお前に任そう。お前ならどうする?」


 どうすると言われても。ここにいる三人じゃ、人手が圧倒的に足りない。飛龍とティンに周辺の調査を行わせるのがよいんだけど、俺は飛龍を操れないし、ベリサリウスに頼むなんてもってのほかだ!

 誰が上官に頼む部下がいるんだ。ティン一人で調査させるには、もしヒュドラのようなモンスターが近くにいたらどうだ? となるとここは安全に行こう。主に俺のために。


「では、村の中だけ人がいないか確認後、一旦ヒュドラを討伐したことを報告にあがりましょう」


 村の中だけ調べるのだったら、今目に見えている範囲だし、巨大なモンスターは見当たらないから安全だろう。


「わかった。プロコピウス、そしてティンよ。今回は良くやってくれた」


 ベリサリウスが今度はティンも褒めてくれた。ティンは目に涙を浮かべているほど感激している様子だ。よかったなティン。


「ベリサリウス様、調査の後、ここで水浴びして行きませんか? 先にヒュドラの血のりを落としておけば、服に付着した血が固まる前に落とせますし」


「おお。気が回るなプロピウス。確かに先に血のりを落としておくべきだな。今は危急ではない。いずれにしろ報告前には水浴びが必要だ」


 ベリサリウスの了承を得たことで、俺たちはまず村を一応探索するが俺たち以外に動く者は見当たらなかった。オークのマッスルブ曰く、避難しているらしいからな。

 そんなわけで、村の調査はものの数分で終わり、オーク村の水場を拝借して体を洗うことにした。


「先にベリサリウス様が汚れを落としてください」


 ここは、立場が上のベリサリウスに行ってもらうべきだ。一応元社会人だから上を尊重するくらい学んでいる。

 ベリサリウスが水浴びに行っている間、俺はティンに話かける。


「ティン。今回は助かったよ。ありがとう」


「いえ! ピウス様の剣を目の前で見れて私幸せです!」


「......あ、ああ。水浴びは先にティンが行くといい」


「大丈夫ですよ! 私飛んでましたから汚れてません!」


 確かにティンには血のりが付いていなかった。そんなことも見る余裕が俺には無かったってことだ。


「ああ、確かに汚れていないな。なら次は俺が行くとするよ」


 俺は倒れてきたヒュドラから飛び散る血を思い切り浴びていたのだ......なので今血の臭いが鼻につく。早く落としてしまいたいからあんな提案をしたんだよ。

 ティンはうまくかわしたみたいだけどね!



◇◇◇◇◇



 村に戻った俺たちはティンと別れ、ベリサリウスは村長宅へ報告に。俺は豚へヒュドラ討伐を伝えにベリサリウスの家へ向かう。


 家に戻ると、リビングで豚がいびきをかいて寝ていた......

 この豚! 俺が死ぬ思いしてきたってのに!


 俺が戻ったことに気が付いたエリスが、不安そうに俺を見る。


「ベリサリウス様は?」


「ベリサリウス様は村長宅に行ってます」


「よかった! 無事なのね」


「ベリサリウス様が倒せないようなモンスターならば、俺たちどころかこの村も全滅しますって」


 軽い気持ちで言った言葉だったが、エリスは真剣に「うん、そうよね」とか同意している。頭の中はベリサリウスでお花畑なんだろうね。


「それで、このブーに報告しに来たんですけど......」


「ああ、食べたら寝たわ。全くもう」


「とことんイライラしますね。この豚」


「何言ってるのよ! ベリサリウス様の大切なお客様よ」


 青筋立てながら言っても説得力ないですってエリスさん。どんだけ彼女がこれまでイライラしていたのかが、手に取るように分かってしまい。気分が悪くなってきた。


 この豚め!


 もう面倒になってきた。起きるまでゆっくりさせてもらうぞ。俺は。


「起こすの?」


「いえ、このままほっときますよ。起きたらでいいじゃないですかもう」


「そうね」


 あっさりと俺に同意するエリス。急いで報告しなくてもいいだろ。お前たちの村のヒュドラを倒しに行ってたんだぞ! それを、それを。

 寝てるとかもう何も言う気にならないよ。

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