第14話 ティン
――ティン
ベリサリウス様が小鬼の村に来てからもう二ヶ月くらいかな。この村は本当に変わって来たんだ。
だってベリサリウス様が、次々と怖いモンスターを退治していくんだもの!
わたしは人間に会ったことがなかったけど、小鬼の村長さんは人間が強いと言っていたなあ。人間はみんなベリサリウス様くらい強いのかなあ。
最初村のみんなは余所者の、しかも亜人を魔の森の向こうに追いやった人間だから、追い出すまではいかなかったけど、よく思ってなかったみたい。
でも、村に森獅子が出て事態は一変したの。運の悪いことに森獅子は雄だった。
森獅子の雄は大きさもさることながら、スピードも速くて、爪で引き裂かれでもしたら、容易くわたしたちの命を奪ってしまう。
小鬼の村もそうだけど、魔の森の中にある村は常に恐ろしいモンスターに襲われる危険と隣り合わせだ。
でも、豊富な食料があるから魔の森も悪いことばかりじゃないんだけどね。
そうそう、その森獅子。ベリサリウス様はみんなの制止を聞かずに、剣一つで向かって行ってあっさり倒してしまったの。
その事件以来、ベリサリウス様は小鬼の村周辺の凶悪なモンスターを、次から次へと討伐していったわ。
自らの命を顧みず、村の誰もが集団になって追い払うことがやっとのモンスター達を倒していくベリサリウス様に、村全体がある種の信仰とも言える好意を持つまでにそう時間はかからなかったの。
さらにモンスターから取れる毛皮も爪もベリサリウス様は村に分け与え、自らは何も求めなかったの。そのことがますますベリサリウス様への好意を加速させたわ。今ではベリサリウス様が言うのなら、村は何でも言うことを聞いちゃいそう。
小鬼族は手先が器用で、日用品や武器に至るまで多くの亜人たちが彼らの作品を利用しているの。だから小鬼の村には他種族の亜人も勉強や、村を守るために小鬼の村に来ているの。
でも、小鬼たちは貴重な鉄で剣や矢じりを作って、迷わずベリサリウス様に渡したわ。
ベリサリウス様の働きへ村からのお礼だったのね。
じゃあ、小鬼以外の村にいる亜人はどうだったのかというと、小鬼以上にベリサリウス様に憧れたの。
力の強い亜人たちは協力して、木を切り出し、ベリサリウス様の家を建てたの。
一番ビックリしたのはエリスさんね。ダークエルフは長寿で知識も豊富だけど、気位がとても高くて、他の種族に仕えることなんてないの。ましてや、過去に戦って魔の森に私たちを追いやった人間になんて普通はなびくこともない。
それが、ベリサリウス様の世話役をやると言うんだから、みんな驚いたの何の!
亜人の男たちはベリサリウス様に憧れ、尊敬し、女の子たちはベリサリウス様に恋い焦がれた。さすがに小鬼やリザードマンみたいな人間と子供を作れない種族の女の子たちは、そうじゃなかったけど。
でも、エリスさんがベリサリウス様を強固にガードしていたから、ベリサリウス様が亜人の女の子の元に行くことはなかったわ。
私? 私はうーん、ベリサリウス様はカッコいいし強いし、憧れるけど恋い焦がれることはなかったなあ。
◇◇◇◇◇
ベリサリウス様は事あるごとに、必ず我が盟友の誰かがきっとここへ現れると言っていたの。そんな折、村へ来たのがプロコピウス様!
「静まりなさい!」
叱責する声に私の全身は雷で打たれたように衝撃が走ったの。
声の主を見ると、最初はエルフと思ったわ。
緩くウェーブのかかった茶色の髪に、高名な芸術家が技術を尽くして彫刻したかのような秀麗な顔。知的な黒い瞳。すらっと細身ではあるが、エルフと違って筋肉が付いているだろうことは、立ち振る舞いを見ればすぐ分かった。
一目で私は理解したのだ。この人は他と違うと。ベリサリウス様のように神に選ばれたかのような人なんだって。
私はベリサリウス様の演説が終わると光に導かれる虫のように、ついこの人に話しかけてしまっていた。
舞い上がって言葉がおかしくなっているところにベリサリウス様が来て、恥ずかしさで逃げ出しちゃった。
◇◇◇◇◇
人間の美丈夫――プロコピウス様はやっぱり普通の人じゃなかった!
なんとベリサリウス様の旧友だそうだ。
あのベリサリウス様が一番の旧友だと、智謀が素晴らしいという、プロコピウス様と一緒にオーガの調査なんて!
私は舞い上がって、家の中で小躍りしていると、木の下に落ちそうになってしまった。私の喜びがみんなにわかるだろうか。
プロコピウス様、いやピウス様はあの無口で偏屈のリザードマン――ロロロでさえたった一言で好意を持たせてしまった。ベリサリウス様も凄いけど、ピウス様も負けていないと私は思う。
私の勘は間違いじゃないと確信したのは、ヒュドラ討伐の時だ。
何故私がヒュドラ討伐に呼ばれたのか最初は分からなかった。ハーピーは飛ぶことが出来る反面、体を重くすることが出来ず、細い体だから力も弱い。
もちろん重たい武器も鎧も装備することが出来ないんだ。
だから、私なんてついていったところで、役に立つとは思えなかった。
ピウス様は調査の時にも、私が肩車されることを要求していた。恥ずかしかったけどピウス様が言うことだから従っていただけなんだ。でもその意味がヒュドラと戦うことでやっとわかったの。
肩車にはピウス様の深い考えがあったの。
ヒュドラの頭を槍で二つ黙らせたベリサリウス様は、ピウス様に指示を出したの。残りの首一つを潰せと。
ピウス様は剣を構え、勢い良く飛竜から飛び降りたの!
この勢いで地面に衝突したらただではすまないくらいの勢いで。見事ヒュドラの目に剣を突き立てたピウス様に、私は全力で羽ばたいて彼の落下を緩やかにする。
こんな私を信頼して、命を預けてくれたんだ。こういった戦いを想定してピウス様は私を肩車していたんだ。
余りの深謀遠慮に寒気が走ると同時に胸が熱くなった。
ピウス様! ピウス様!
私は彼の名を心の中で叫ぶ。
この感情は何だろう。こんな私を信頼してくれる。
歓喜、そうこれは歓喜だ!
ピウス様、私なんかで良ければいくらでもお供します!
あなたの役に立てるのなら、何だって私はやってみせます!
出来ることならあなたと共に戦場を駆け抜け、あなたの為に力尽きることが出来るなら、私はどれだけ幸せなことでしょう。
◇◇◇◇◇
今日からまたピウス様とロロロと一緒にオーガの調査を行うと、ピウス様から連絡が来た。ヒュドラ討伐した翌日だと言うのに、ベリサリウス様たちの勢いはとどまることを知らない!
きっとこの村は変わっていく。魔の森の亜人たちはみんな生きるだけで精一杯だった。獲物が少ない地域で比較的安全に暮らすか、獲物が多いけど危険が多い地域で暮らすか。どちらかしかなかった。
どちらに住んでも過酷なのは変わりない。お腹が空いて苦しむか、モンスターに襲われて苦しむかのどっちかだ。
でも、ベリサリウス様とピウス様は違う。ヒュドラが来たと言えば、逃げるのではなくヒュドラを討伐し、オーガが増えたといえば、オーガを討伐しようとしている。
オーガを討伐した後、きっと今までの苦しい生活は変わっていくんだ。戦いの天才ベリサリウス様と智謀溢れるピウス様。二人がいればきっと。
私は笑顔で、ピウス様に手を振り彼の元へ駆けだすのだった。
雨は終わり、明日はきっと晴れると信じて。
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