第12話 ヒュドラ戦
急ぎ一人犠牲者を選ばなければならなかったが、問題が。
飛龍を操るのは誰だ? 俺はもちろん飛龍の操作なんてできないから、ベリサリウスがやらないなら選ぶのは、リザードマンのロロロだ。
しかし、ベリサリウスは規格外。「馬と同じ」とか言いながら自ら飛龍を駆りそう。
ここで変な選択をして失望されても嫌だが、俺は俺の安全を取るか。
エリスにティンの住処を聞き、俺はツリーハウスにまで来ていた。家は巨木の幹に鳥の巣のように設置されていたので、ティンが飛翔して家に入る姿を想像すると、燕が巣に入る姿が浮かんできて少し和んだ。
「ティン! すまないが用がある」
巨木の下からツリーハウスに向かって大きな声を出すと、鳥の巣ハウスからすぐティンが出てきた。彼女はあたふたと家の扉を開けて出てきてしまったため、前につんのめってドアから下へ落ちてしまった。
驚かせてしまったか。急ぎ彼女を受け止めようと見上げながら、手を広げる。しかし彼女は地に落ちる前に翼をはためかせて降り立とうとした。
これがよくなかった。急に減速した彼女に予測がつかなかった俺は、突然の動きに対応できず落ちて来る彼女と衝突してしまう。
「すいません! ピウス様!」
俺の胸の上にまたがるようになってしまったティンは慌てて立ち上がる。今日のティンは袖口がノースリーブになった貫頭衣よりもう少し体にフィットした、どちらかと言えばワンピースに近いグリーンの装いだ。
体のラインを確認するとやはり彼女はかなり華奢だ。空を飛ぶためなんだろうか? とにかく余計なところに肉が付いていないのがいい。エリスと違って。
「俺こそすまない。オーク村のことを聞きたくてね」
「オーク村ですか。オーク村はここより北西にあります。ちょうどオーガの住処を挟んで西です」
「なるほど、そう遠くない距離になるのか」
あの豚は徒歩で小鬼村まで来たのだから、オークの村とここはそこまで距離はないはずだ。オーガの集落を中心とするなら、東にリザードマン、南に小鬼、西にオークか。
北にも住んでいる亜人はいそうだよなあ。全員で協力できればオーガを挟み撃ちできる気がする。
「そうですよ! 飛べばあっという間なんです!」
「オーク村から逃げてきたオークがこの村に辿り着いてね。そいつが言うにはヒュドラが村に出たらしい」
「えええ! ヒュドラですか!」
とんでもなく驚いてる様が見て取れる。村長から聞いた限り、ヒュドラというモンスターは災害級だ。村民総出でも倒せるか怪しいレベルという。
「逃げてきたオークが言うには、オーク村の村民はちりじりになって避難しているそうだ」
「そうですよー。ヒュドラはお腹をすかして他に行ってくれるのを待つものなんですよ!」
「それをだな。ベリサリウス様がこれから討伐しに行くっていってるんだ」
「えええ! わ、私も見に行きたいです!」
俺が「えええ!」って言いたいよ。ティンよ。勇敢と蛮勇を間違えてはいけないぞ。しかし、都合がいい。我ながら酷い奴だよ俺は。
「じゃあ、行くか。飛龍に乗って向かうそうだ。ベリサリウス様と私と君の三人でだ」
「いいんですか! 私なんかで!」
わくわくするティンに後ろ暗い気持ちになりながらも、俺たちは広場へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇
広場に着くと既にベリサリウスが飛龍の隣で待ち構えていた。
「ベリサリウス様、お待たせしました」
「ほう。ティンを連れて来るとは。さすがプロコピウス。豪胆よの」
何! 豪胆って何で?
「いえいえ」
俺はとりあえず謙遜すると、次のベリサリウスの言葉で意味が分かった。
「ヒュドラ討伐なぞ容易いことと言いたいのだろう。だからティンを連れてきたと」
「ベリサリウス様ならば、一ひねりでしょう」
なるほど。そういうことか。ヒュドラを倒した後にティンが居れば、村の調査が捗る。何しろ空を飛ぶことができるからな。
飛龍と違い、小柄で狭いところでも入れるし、何より人間と変わらぬ知性を持ち言葉もしゃべれる。こと戦後調査となると彼女以上に的確な人材はいないだろう。
ま、まあ勝手に勘違いしてくれたからいいか。俺がティンを呼んだ理由は、自分本位なんだが。そう、パラシュート代わりだよ!
◇◇◇◇◇
予想通りというか、ベリサリウスが飛龍を操り、後ろに俺が座る。ティンは俺が肩車している。ベリサリウスの前だったので、ティンは抵抗したが有無を言わさず俺のパラシュート役になってもらった。
だってあのベリサリウスが操るんだぞ。左右に揺れるだけってことはないだろう。
飛龍には獣の牙で出来た穂先がついた木製の槍が二本と弓が、ベリサリウスの手が届く位置に括りつけられている。これを使ってヒュドラをやるみたいだ。
空を飛ぶ飛龍は瞬く間にオークの村上空まで到着する。
見下ろすと竪穴式住居らしきものが並ぶ集落に、巨大な四つ首のドラゴンが我が物顔で暴れている。
これがヒュドラ。上空からでもハッキリとその巨体は確認できる。そのサイズは二十五メートル。想像以上にでかいぞこれは。四本の首はそれぞれ意志を持っているかのように動き、口元には黒い煤が見える。
こいつも飛龍と同じで炎を吐くのだろう。振り上げた巨大な尻尾がオークが住んでいたのだろう藁ぶきの竪穴式住居のような家にぶち当たると、あっさりと家は吹き飛んでしまう。
体は緑の鱗に覆われているためか、家を吹き飛ばしても痛みを感じた気配もない。
「ベリサリウス様?」
「所詮は獣......問題無い」
あの巨大なヒュドラを所詮獣と言い切るか。確かに知性はないただの獣といえば獣だが、炎も吐くだろうし、鱗は硬そうだ。
ベリサリウスは槍を握りしめると、引き絞り。
――放つ!
槍はうなりをあげてヒュドラの頭へ突き刺さる!
絶叫をあげるヒュドラの頭の一つが動かなくなる。
どんな腕なんだこいつは! ちょうどヒュドラの目から脳天に槍は突き刺さったのだった。上空から打ち下ろす形で槍を投擲しているから、目から脳に至る軌道なんて毛の先ほどのズレも許されない。
もちろんヒュドラは動くし、風だって吹いている。足場だって最悪だ。固定器具さえない飛龍の背で両手を放し、槍を握るんだ。
あ、ベリサリウス様! 手綱握って! 危ない!
揺れるう! 飛龍が弧を描き旋回する。ベリサリウスは愉快なのか笑い声をあげて次の槍を手に取っているではないか。
怒り狂ったヒュドラは、残り三つの口から次々と炎の弾を飛ばしてくる。
目の前に轟音が迫り、炎弾が駆け抜けていく! どうやら急上昇し、旋回することで炎弾を交わしているようだ。
――ベリサリウスは再度槍を投擲する!
槍がまたしても目に突き刺さり、首が一つ動かなくなった。
これで残す首はあと二つ。しかしもう槍はないぞ。どうするんだ?
目にはますます暴れまわるヒュドラ。炎弾をこれでもかとこちらに向かって吐いて来るが、ことごとくはあらぬ方向へ飛んでいく。
奴は怒りの為我を忘れたように首を振り回している。
「プロコピウス、いいか私の合図で飛び降りろ。剣を構えて」
ちょっと何言ってんですか! ベリ様!
「ティン、お前もプロコピウスに付け。足をプロコピウスのわきの下へ通して固定しろ。プロコピウスは両手で剣を持つからな」
「はい!」
ティンが威勢よく答える。ま、待って、俺YESって言ってないよね?
ベリサリウスの言葉通り、ティンは足を俺のわきの下へ通して固定する。確かにこれなら俺が支えなくてもティンから落ちることは無いだろう。
「準備はいいか? 私が合図したら落ちるんだ。よいかプロコピウス」
「は、はい」
はい以外言えなかった。む、無念。
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