第3話 飛龍

 何てことだ。俺は目の前で恋い焦がれるダークエルフの美女を不憫に思った。もし俺の記憶が正しければ、ベリサリウスは豚のような女性しか愛さない。それなら辻褄があうんだ。

 俺の仮説は非常にシンプル。高い地位にある将軍に色目を使って、自分になびかせようとする実力者が送りこむ女と言えばどうだろう。


 そう、美女に決まってる。ベリサリウスが豚のような女性しか愛せないとなると、彼が全くなびかなかったのも頷けるんだ! 美しい女を送り込んだことが仇となっていたに違いない。

 まあ、あくまで俺の妄想だけど。


 聞くと約束したからには、必ず聞こう。実は俺もものすごく興味が出て来た! 本当だとしたら悲劇だぞこれは。

 女になびかなかったストイックな将軍の本性は、豚好きだからとか。歴史ミステリーどころじゃねえぞー。

 千年前の悲劇、将軍は豚好きだった......なんてことだ。他人事なら大爆笑なんだが、自分がかかわるとなると、事態はそう甘くはないか。

 今後ベリサリウスに近寄る麗しき女性たちがいるとしよう。俺がずっと間に挟まれるじゃないか! 


 エリスが乙女モードになってしまって、いたたまれなくなった俺はベリサリウスの様子を見に行くことにした。



◇◇◇◇◇



 村の広場には、背の低く角の生えた人々が数十人に、角の生えた人たちとは別種の人に似た容姿の方々――亜人と言えばいいのか、別種の亜人たちがちらほらと。

 中心には......居た! 大柄で獰猛ではあるが精悍な顔をした――ベリサリウスが。


「飛龍が何だ! 所詮獣の群れに過ぎないではないか! 我々は何だ! 知恵に勝る武器は無い! 獣の群れなぞ何するものぞ!」


 ベリサリウスの演説に歓声があがる。演説するベリサリウスは俺でさえ心を揺さぶられるほどの、強いカリスマを持っていた。これがかの帝国の将軍ベリサリウスの演説。集まった人たちの士気はうなぎ上りだ。

 群衆の歓声が鳴りやみそうにない。


 しかし、ベリサリウスが手を振ると、とたんに静寂に変わる。

 みんな待っているのだ。

 彼の言葉を。彼の指揮を。彼の士気を。


「打ち滅ぼさん......いざ、我らが弓で!」


 ベリサリウスの言葉が終わるのを待っていたかのように、飛龍が村へ襲撃してくる。その数、三。


 村の物見櫓が発見した敵は飛龍三匹だった。ドラの音を聞いてから、迅速に戦える人を集め、演説まで済ませたのは恐らくベリサリウスの手腕だ。俺が夢で見たことと資料を調べた限り、彼の軍事的才能は比類なきものだ。


 軍事とつく能力の全てが地球の歴史を振り返っても並び立つものがいないかもしれない。そのかわりといって良いのか不明だが、軍事以外のこととなるとお粗末に過ぎた。

 政治能力の欠如はもちろんのこと、最後には物乞いにまで落ちぶれながらも、皇帝に良いように戦争にかり出されていた。

 しかし、彼はどのような苦境であっても戦争となると勝利した。これがさらなる不興をかう。彼の晩年は勝利すれども栄光無し。ほんとに恵まれない人生だったのだ。

 とにかく、事戦闘に限るのならベリサリウスほど信頼のおける人間はいないということだ。

 


 飛龍は村の上空に迫る。

 これが飛龍か!

 全長はおよそ十五メートル。翼竜のようなシルエットではあるが、体は翼竜より太く、鋭いかぎ爪に長い尻尾。遠目からも尾にトゲトゲがついていることが確認できる。

 おそらく、上空からの急襲に爪と尻尾を絡めて攻めてくるのだろう。


 うち一頭の口が僅かに揺らめいている! まさか、これは。

 口を開けた飛龍の口内には、何と炎が揺らめいていた!


 こんな生物地球には居ない。火を吐く生物なんて幻想の産物に過ぎないんだ。なんだこれは。最初に見た虎、人ではない種族――確定だここは地球ではない。異世界だ。

 この世界、野生動物が危険に過ぎるぞ。


「奴は任せろ」


 ベリサリウスのよく通る声が辺りに響き渡る。彼は俺を救った時と同じ大きな長弓を構えていた。


 矢が風を突き抜ける音が響き、口を開けていた飛龍の下顎から脳天に向けて矢が貫く!


 僅か一矢。しかし致命の一撃が飛龍を貫く。


 これで一匹。飛龍が空から落ちる。


 続いて二射目、三射目と矢が放たれると、全て必殺の一撃となり飛龍を墜落させてしまった。


 なんという弓の腕だ。上空に高速で動く飛龍の頭を正確に貫いたのだ。しかも三回も。


 確か俺の読んだ資料にこうあった。


<弓の名手>


 と。


 名手ってもんじゃないぞ。個人武勇が優れていたベリサリウスが持つあらゆる技能の中で、特に優れていたのが弓だったというわけか。全ての能力はずば抜けているが、それよりさらにという意味での名手だったのかもしれない。

 世界が違うことなんて彼には些細な問題だ。彼の能力は筆舌に尽くしがたい。

 

 正直震えた。圧巻だった......襲い掛かる火を吹く飛龍に必殺の矢。これを見て震えないものはいないだろう。もちろん感動でだ。

 俺は彼の弓に魅せられていた。他の者も同じ気持ちだろう。あれで信頼しないわけがない、あれでついていかないわけがない。


 ああいう戦闘を何度かここの村人は見ているのだろう。だから、彼にみんな敬意を払っているのだ。

 彼の美技は世界の差なんて関係なかったのだ。見る者全てを魅了していたのだから。


 落ちてきた飛龍の首を落とした村人たちは歓声を上げる。彼の名を呼びながら。

 英雄がそこにいた。



◇◇◇◇◇



「おお、プロコピウス。出てきていたのか」


「ええ、ベリサリウス様を拝見しようと思いまして」


「ははは。あんな獣どもとの戦闘を見ても、お前の心はたぎらないだろう」


 いえ、たぎるどころかビビッておりますけど。曖昧に頷くことしかできない。


「お前の本質は文官だと私も分かっているのだが、私と従軍したお前の姿をつい想像してしまう」


 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるベリサリウス。一体プロコピウスは何したんだろう。確か資料には従軍経験ありと書いてはいたが、彼はあくまで書記官。書記官の戦場での仕事は、部隊の補給や占領政策など多岐に渡るが軍隊の指揮を取ることはおろか、直接戦闘もしない。

 まさか、ベリサリウスと一緒に突っ込んだのか? そうなのか?


「いえいえ、ベリサリウス様」


「ハハハ、そうか。お前の智謀はいずれ必要になる。村でも国でも治めるにはお前のような力が必要だからな」


「ベリサリウス様、そこまで褒めていただかなくても」


 書記官の帝国中枢でやる仕事は、官僚組織のボスだ。近年の言葉で言えば宰相みたいなもの。たかが一般社会人たる俺にできるわけがない!

 正直怖い、俺内政とかやるの? 村の組織作るの? 無理っす。


「ハハハ、勝利の指揮者たるお前が何を言ってるんだ。褒めてなんかいないさ。事実を述べているにすぎない」


 やめてー。ハードル上げないで! 何だよその「勝利の指揮者」って! 俺が指揮棒振らないとダメなのか。

 軍を率いるには、軍を食べさせることも必要だし、戦争に至るまでの外交交渉も必要だ。

 もちろん、国が乱れれば戦争なんてできないし、国内の安定も必須。そういった難事をこなし、実績を作ったが故の「勝利の指揮者」なのだろう。

 ホントにやめて......


「ところで、ベリサリウス様、ここでは妻をめとられたのですか?」


 これ以上この話はまずいと思った俺は、突然突拍子もないことを聞いてみる。エリスからも頼まれていたことだし。もう俺の話をしないでくれ......


「何を言うか、プロコピウス。妻とはそんな簡単に決めるものではないのだ」


 胸を張り、貞淑を説くベリサリウス。何か裏がありそうなんだよなあ。


「愛人もいらっしゃらないんですか?」


「もちろんだ」


 この流れなら聞けるか! 聞くぞ俺。


「ベリサリウス様の好みの女性とは? どのような女性なのです?」


「そうだな......女性にはまずふくよかな包容力が必要だと私は思う。目はパチリとまつ毛は長く、油のような光沢のある肌も好きだな」


 えっと、それって。


「冬でも汗をかいているような、情熱的な女性ですか?」


「おお、分かっているではないか。汗は女性を美しくする。座っているだけで、汗が浮き出るほど熱のある女性がよいな」


 あああああ。もう確定だー! ベリサリウスさんは、ぱっちりお目目の冬でも汗が止まらないほどの、ふくよかな女性が好きなんだー。

 エリスに何て言おう。


「分かっているとは思うが、プロコピウス。今の飛龍は斥候だ」


 真面目な表情になったベリサリウスはさも当然という風に俺に告げるが、分かってない、分かってないから。

 俺はまだこの世界に来て数時間だぞ! あの亜人たちも何か分かってないんだけど......

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