第2話 突然恋愛相談

 ベリサリウスに連れられておっかなびっくり原生林を少し歩くと、村に到着する。どうやら俺が目が覚めた場所は村の付近だったようだけど、村からそう遠くない場所にあんな猛獣が居るのかよ! 危険過ぎる世界に来たものだ……

 まずは、ベリサリウスにくっついて情報収集しないとだな。


 簡素な丸太の柵に囲まれた村の門には、二人の門番が周囲を警戒しているようだった。門番は人間に顔形は似ていたが、「人間」ではなかった。

 というのは、身長が俺の腹くらいまでしかなく、頭から二本の短い角が生えていたからだ。黒目に茶色の髪をした彼らは人間の子供のように見えた。

 彼らは木製の柄に動物の骨を削った穂先が付属した槍と、上半身の急所だけを守れる革鎧を装着している。

 人間じゃない人々がいるなんて、ここは違う世界なんだなあと改めて心に染みる。暗くなってはなるものかと、俺は門番に笑顔を向けるのだ。大丈夫、大丈夫。


「ベリサリウス殿、お帰りなさいませ」


 門番の一人がベリサリウスを迎え入れる。彼らの態度を見る限り、ベリサリウスは敬意を持たれている様子だ。彼は一体ここに来てどれくらい暮らしているんだろう? 少なくとも門番と懇意になるだけの時間は過ぎている。

 ここは村と言えばいいのか、集落と言えばいいのか。見る限り、森を拓いて村が出来たと思う。なぜなら、丸太の柵で囲まれた外側に原生林が広がっているんだ。だからこの辺りも元は原生林だったと推測できる。

 

 門から村を見ると、村は背丈の低いテントみたいな家と木の上にあるツリーハウスのような家などが並んでいた。中央には広場が確認できる。ここは何か事件が起きた時にはきっとここで集会などを行っているんだろう。また門から左右を見渡すと、櫓が組まれているのが見える、これは見張り台だろう。

 村周辺に猛獣が生息する地域なんだ。見張りを立てておかないと不味いよなさすがに。

 しかし、本当に簡素というか質素というか。村の生活レベルはベリサリウスの生きた遠い過去より遥かに技術が未発達だよなあ。現代生活に慣れた俺がここでやっていけるのか、とても不安だよお。

 生きていく以外道は無いんだけど……駄目だ! 暗い気持ちになっては。

 

 門から村へ入り、歩いているうちに何人かとすれ違ったが、門番のように背の低い角の生えた人たちばかりだった。彼らは皆、ベリサリウスに挨拶をしていた。どうも彼はこの村である程度敬意を払われているらしい。

 広場を超え少し歩いたところで、ベリサリウスは立ち止まると前方を指さす。


「ここが私の家だ。ついて来るといい」


 ベリサリウスが住むという家は他のテント風の家と異なり、家と呼んでも差し支えない造りをしている。簡素ではあるが、丸太を切り出したログハウス風の造りとなっており、サイズも人間が住むに窮屈ではなさそうだ。


 家に入ると、美しい女性が俺たちを出迎えてくれた。胸元の開いた白のワンピース調のドレスからは、少し胸の谷間が見えている。肌の色はカラスのように黒く、引き締まった腰と少し大き目の胸。薄い青色をしたストレートの長い髪。

 しかし特徴的なのは耳だ。ウサギのような長い耳が彼女が人間ではないことを主張している。顔はキリッとした気が強そうな雰囲気を出しているが、何より彼女の顔は人間離れした整いようだった。


「エリス、客人だ。よろしくしてやってくれ」


 一瞬ものすごく黒い肌の女性――エリスに睨まれた気がしたが、俺が目を向けると笑顔でお辞儀をしてくれた。


「ベリサリウス様、この方は?」


「俺はプロコピウスです」


 エリスが俺のことを聞いてきたので、ベリサリウスの代わりに俺が答える。最初が肝心だからな。上手くやらないと。


「エリス、プロコピウスは私と同じ世界から来た旧友だ」


 いや、同じ世界は合ってるが時代が違うと思うんだけど、突っ込めない。突っ込んだら今の立場が崩れてしまう!

 ベリサリウスの言葉にも、エリスは驚いた風もなく奥に引っ込んでいった。

 俺はベリサリウスに椅子に腰かけるよう促されたので、彼が座るのを待ってから椅子に腰かける。


「来たばかりでまだ記憶も曖昧だろうところ、すまないな」


「いえ、ベリサリウス様。先ほどは助けていただきありがとうございます」


「さすがのお前でも丸腰だと獣の相手はきつかったか?」


 丸腰じゃなくても無理ですから! 俺に何をさせようとしてるんだこの人は! ここはどう応じればいいだろう。そうだな。


「いえいえ、ベリサリウス様。私はただの参謀ですから」


 そう、俺は戦闘を行う武官ではない。内政やら外交やら頭脳労働する参謀。


「何を言う、プロコピウス」


 何が受けたのか分からないけど、ベリサリウスの笑いのツボに入ったようだ。でも俺は笑えねえ! プロコピウスって戦闘もしたのかよ。いくら何でも、いきなり戦闘しろ! は死亡以外道が見えないから、今後いかに回避するか練らないといけないな。俺は生まれてこのかた剣なんて握ったこともないんだ。


「まずこの村について簡単に説明しておく。この村は……」


 ベリサリウスがこの村の解説をしようとした時、突如大きなドラの音が響き渡る。物見櫓が何か発見したのか?


「む、敵襲か。暫しここで待っていてくれ、プロコピウス!」


 俺の言葉も待たず、ベリサリウスは飛び出していったのだった。残された俺一人。ここで待つのか……

 来たばかりで一人放置は不安が募る……



◇◇◇◇◇



 取り残された俺は茫然としたまま、机に額を付け倒れ伏していた。ベリサリウス、何事もなく戻ってきてくれよー。


「ちょっと、あなた。プロなんとかだったかしら」


 うなだれる俺に声をかける美しい女性の声。エリスだ。


「は、はい。何か」


 起き上がり、エリスのほうを向くと、いきなり彼女は俺の髪と頬をベタベタと触ってくる。美人に触られた喜びより、突然こんな行動に出てきた彼女への恐怖心のほうが大きい。

 ベリサリウスが居ない間によそ者は抹殺だ! とかではないよな?


「ねえ、プロなんとかさん、ベリサリウス様とどういった関係なの?」


「どういったとは?」


「ベリサリウス様、まさか男色じゃないでしょうね。あなた、とても美しいわ」


 思いっきり顔が至近距離に迫ってくる。こええよおお。


「いえ、ベリサリウス様に男色の趣味はありません。私は過去……過去といっていいのか前世と言えばいいのか、彼の部下でした」


「ふーん、初対面のあなたにこういうこと言うのはあれだけど。私はベリサリウス様に全てを捧げてもいいと思ってるわ」


 つまり、エリスはベリサリウスのことを愛していると言いたいのか。突然出てきた俺に、ベリサリウスが男色の趣味を持っているかもしれない、と思ってライバル心を燃やすとか、どんだけ妄想が激しく嫉妬深いんだこの人。


「は、はあ」


「私はベリサリウス様の少しの慰みであってもいいの。でもベリサリウス様はどんだけアプローチしても」


 拳をギュっと握りしめるエリス。彼女のような美女に迫られたら、普通男は落ちると思うんだけど。まして二人きりですごしているように見えるからなおさらだ。

 ベリサリウスに何か秘密があるのかなあ。

 

「エリスさんは、見目麗しい方ですし、ベリサリウス様が目もくれないのは何か理由があるんじゃないでしょうか?」


 最もらしいことを言って誤魔化そうとした俺に、エリスは喰いついて来る。


「プロなんとかさん! あなた旧友なんでしょ! ベリサリウス様にそれとなく聞いてくれないかしら」


 無茶振り来た! まだ俺ここに来たばかりで何も分かってないし、まず生き残ることに必死なんですが! エリスによるミッションだけが増えるとは厳しいものがある。できればお断りしたいところだけど、もうね。

 彼女の顔を見ると断れない! 鬼気迫る顔とはこのことを言うのだろう。


「わ、わかりました」


「頼んだわよ。協力してくれたら私もあなたにできることなら手伝うわ」


 エリスに協力を頼むことがあるかは分からない。しかし、一人でも相談できる人間がいるのは悪いことではない。


「一つ疑問が、ベリサリウス様は人間ですけど構わないんですか?」


 エリスは黒い肌の色はともかく、ウサギのような耳が明らかに人間ではないのだ。人間を愛するものなのだろうか。


「ええ。私がダークエルフでベリサリウス様が人間だろうとも、そんなこと些細な問題だわ」


 ダメだ。恋する乙女の顔になっている。ここはこれ以上何か聞いても、空返事しか返ってこなさそうだ。

 エリスは人間ではない、ダークエルフという種族だそうだ。村には角の生えた人たちがたくさんいた。他にも別の種族がいそうだなあ。


 夢での記憶によると、確かベリサリウスには妻がいた。さらに妻以外の女に全く興味を示さなかったと思う。彼は帝国で一番位が高い将軍の地位に就いていたはずだ。だから、女性からの誘いも絶えなかった。

 それでも妻のみを愛するとは、ちょっと普通じゃないかもしれない。いや、俺が住んでいた二十一世紀の日本なら普通にありえるんだけど、彼の生きていた時代は妻を何人も娶ったりするし、女性関係も今よりもっとおおらかな時代なんだ。

 だからこそ、妻のみを愛するというのは何か理由があるはず。


 たしかベリサリウスの妻の映像を見たことがある――

 思い出した! 一言で言うと彼の妻は、


――豚だった。

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