無双将軍の参謀をやりながら異世界ローマも作ってます
うみ
第1話 突然の転移
夢を見ていた――
幼い頃から良く見る今から遠い過去の夢。
古代ローマ帝国のとある参謀の過去を映す夢。
ゴミや汚物が散乱したスラムの一角を俺の目線が動いていく。
不衛生なスラム街を進む映像には何匹もカラスが映り、近くを通過すると一声鳴き飛び立つも、音は一切俺の耳には入ってこない。当たり前だ「夢は音が聞こえない」
俺は淀みなく複雑な道を通り、ボロボロのローブをまとった老年の男の前で立ち止まる。
男は髪も髭も伸びっぱなしになっており、元はオリーブ色だった髪や髭もそのほとんどが白く変わっていた。
「ベリサリウス様。皇帝陛下がお呼びでございます」
俺の言葉に老齢の男――
ベリサリウスはこちらへ顔を向ける。
「陛下はなんと?」
「はっ! 先立って帝国北部より蛮族が浸入いたしております。帝国は二万の兵を持って二度蛮族へ攻勢を掛けましたが、不甲斐ないことに蛮族の勢いは止まらず」
「了。陛下は蛮族を打ち倒せと」
「はっ! 陛下より閣下を将軍として抜擢! 蛮族を打ち倒せと」
「プロコピウス。陛下の元へ向かうぞ」
「ベリサリウス様、恐れ入りますが陛下は会わぬ、ただ敵を討てばよいと」
ベリサリウスの言葉を聞いた帝国の参謀たる夢の中の俺――プロコピウスは沈痛な表情になりベリサリウスへ変わらぬ事実を伝えたのだった。
「そうか、陛下はまだ会って下さらぬか」
悲哀の
――夢だと思っていた。
俺は木が風で擦れる音で目が覚める。昨日は確かに自室のベッドで寝たはずだ。決して酔っぱらってはいないし、夢遊病者のように夜中に出歩くこともない。
眠い目を擦りながらあたりを見渡すと、人の手入れが入っていない木々の数々がまばらに繁茂している。地は雑草に覆われ、ところどころに菌類や地衣類が繁殖している。一言でいうとここは原生林だった。
ここは? 何処だ?
突如、聞いたことのない音量の咆哮がビリビリと俺の胸を揺らす!
何だ! この大きさは。信じられないくらい大きな音! 今まで生きてきた中でこれほど大きな音は聞いたことが無い。
いつものリアルな夢か? いや、いつもの夢じゃないぞこれは。
――夢は音が聞こえない!
これまで幾度も夢を見ているが、会話以外の音が聞こえることがなかった。鳥の囀る音、馬車の音、馬の嘶き……一度たりとも聞こえたことは無かった。
それがどうだ。今の胸を震わす咆哮は! これは違う。夢ではない。
思わず俺は、しゃがみ込み草を引き抜き臭いをかぐ。草の臭いが確認できるのだ!
何だこれは、何なんだこれは! 臭いも草に触れた感覚も全て現実そのもの。
これは現実だ!
俺はへなへなと腰が砕け、地面に座り込んでしまうが、この世界は俺へ安息を与えない。
突如、木々が大きく揺れる音が鳴り響く。大きな何かが木から木へ移動しているのだ。木と木の距離は俺の見える範囲だと、十メートル近くはある。しかし、音がどんどん近くなってくる。
俺が確認できる距離まで音が迫ってくると、右へ左へと大きな何かが木をつたってくるのが確認できた。
――その何かが降り立つ。
現れたのは奇妙な黒い体毛を持つ虎だった。虎といえば語弊がある。なぜなら体長が五メートル! サーベルタイガーのような鋭い牙に、頭から鶏のトサカのような形をした真っ赤な刃状の骨か爪かそういった奇妙なブレードがついている。
何だこの生物は? こんな生物地球には存在しないぞ。
奴と俺の距離は獣の体長からするともう目と鼻の先だ!
あんなのに襲われたら一たまりも無い! どうする?
しかし、獣は俺と目を合わせようとしない。俺には全く注目していないようなのだ。
何だ。奴は何を見ている? これほどの巨体を誇る獣が警戒しているように見える。
まさか、こいつより強力な何かがいるのか?
「ここにいたか! 狼藉者の獣よ!」
後ろから大きな声がする。何者だ? 振り向くと大柄で筋骨隆々の男――オリーブ色の短髪に獰猛ではあるが精悍な顔、革鎧を身に着け、手には長弓を構えている。この男の姿をどこかで。
まさか、獣が警戒するのは、ただの人間なのか? 自らよりはるかに矮小な人間程度を獣が警戒するものなのか?
男は大弓を引き絞ると、ギリギリと弦が音をたてはじめる。
獣が男を見据える! 獣の勘がこの男を危険と感じ、警戒しているのだ! たかが人間たるこの男を。
――獣が一歩踏み出すと信じられない加速力で男に向かう。
彼我の距離はたった百メートル。獣の速度ならばあっという間に男の首元まで到達するだろう。
しかし男は微動だにしない。ギリギリと矢を引き絞り、
放つ!
矢は見事獣の額に突き刺さるが、獣の動きは止まらない!
対する男は弓を構えたまま、そこから動こうとしない。もう獣は仕留めたと言わんばかりに。
事実そうだった。獣は男へ爪をまさにかけようとした時、地へ倒れ伏した。
これは、俺がはじめて見る狩りの風景だ。圧巻だった。まるで英雄譚の一幕のような、現実味のない感動的な一シーン。
「そこのお人、驚かせてすまぬな」
すでに俺に気が付いていたのだろう、男は俺へ振り向く。
「いえ、助けていただいてありがとうございます」
俺は心から思った。もしこの男が獣に注目されていなければ、俺はいずれこの獣に襲われ物言わぬ体になっていたことだろう。
しかし、男が俺の顔を訝しげに見つめる。俺の顔、体を凝視し、何か思うところがあるかのように少し感嘆の声を漏らす。
「その秀麗な顔、絹のように美しい緩やかな髪、華奢な体つき……」
怖えひょっとして、この人あっち側の人だろうか。助けてもらった手前、男が望むなら仕方もないかもしれない。
抵抗してもかないっこないし、命が助かっただけましと思うしか……いやでも、俺の容姿なんて平凡の域を出ないぞ。黒髪にのっぺりとした顔。太くはないがそこまで細くもない。
スポーツを少しやっていたから、多少筋肉はついているけど。
しかし次の男の言葉は俺の斜め上どころじゃなかった。
「プロコピウス! 間違いない! お前はプロコピウスだな!」
え? プロコピウスとかそんなややこしい嚙みそうな名前じゃないんだけど。俺は。はて? どっかでその名前を聞いたことがあるな。
「お、私のことですか?」
「ああ、そうだとも。プロコピウス! お前もここに来ていたとはな! まだ目覚めたばかりなのか? ならば私のことが思い出せなくても仕方ない」
男は勝手に納得して、話を進めている。他人と勘違いしているようだけど、俺にとっては悪くない話だ。彼と旧知の仲である人物と間違えられているのか? どうすればいい。何も分からないこの状況、話を合わせるべきか?
しかし、プロコピウス? この名前はまさか。
「え、ええ。起きたばかりでして。何のことやら」
思わず話を合わせてしまった俺に男はますますヒートアップする。
「そうだろうとも! 私もそうだった。プロコピウス! 私はベリサリウスだ。お前がこの世界へ来てくれたこと感謝するぞ」
ベリサリウスだって! そして俺がプロコピウス。やはり、あのプロコピウスか。
プロコピウスは、夢で見た帝国の有能な参謀……べリサリウスは同じく帝国の将軍......
どちらも俺の住む時代からはるか過去、歴史の教科書に残る二人だ。そう、歴史の本に残るほどの二人だったんだ。その能力筆舌に尽くしがたい。
俺がそのプロコピウスだって? ただの社会人たる俺に、優秀すぎる政治までこなす参謀の真似事なんてできるのだろうか?
いやここは、生き残る為にもプロコピウスの振りをしなければ……いいじゃないか、勘違いしているのなら。少なくとも俺はベリサリウスに悪い風にはされないはずだ。
――風が俺の髪を揺らす。
揺れた髪は俺の髪ではない……長いこげ茶色の髪だった。少なくとも髪の毛は元の俺が持っていたものではない。
鏡は無いから、俺の容姿がどのようになっているのか確認ができない。しかし俺の容姿は、彼の言うプロコピウスそっくりになっているのだろうか。
そして、ベリサリウスは言っている「この世界へ来てくれた」と。彼らの住む時代へ飛んだというわけではないということか。
確かにそうだろう、先ほどの虎、これは地球には存在しない生物だ。ここは少なくとも地球ではないだろう。どのような世界か想像はつかないが。
とにかく生き残る為には彼に何としてもしがみつかなければならない! あんな猛獣が出る森に一人で放りだされたら俺の命は一日たりとも持たないことは明らかだ!
俺はプロコピウスではない。事情はいずれ説明する時が来るだろう。しかし、今ではない。とにかく彼に安全な場所まで連れて行ってもらわないとダメだ!
俺が未知の世界で生き残る為に……俺はスウっと息を吸い込み気合を入れる。
「ベリサリウス様。何のことかまだ全く掴めません」
「よいよい。気に病むな。プロコピウス。村へ行こうではないか。ついてくるがいい」
すぐにプロコピウスではないとバレるかもしれない。落ち着いたところへ行くまではプロコピウスを演じなければ……今ベリサリウスの機嫌を損ねるわけにはいかないからな……
※4/29改稿
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