第12話
解散になったのは日が落ちた頃である。松原は一応はマネージャーらしく雑事を済ませ、その間は待たせていた疲弊した部員たちと共に帰りのバスに乗り、先に自宅に近付くと、部員たちの小さな別れの挨拶を背に受けて、自宅への帰路に着いたのだ。
そうして街路を歩く道中、地面を踏み鳴らすように真っ直ぐ下ろす足には、異様な力が入っていることを自覚する。
その原因はわかっていた。彼女は部員たちを別れてひとりになった頃からずっと、鼻息も荒く原因を口の中で呟き続けていた。
「なんであの子たちはわかんないのかしら!」
苛立ちは心身を駆け巡り、身体を内側から叩くような、どうしようもない衝動めいた疼きを作り出している。松原はそれに抗うか、あるいは正反対にその感情に流されるように、時折は身体をねじったり、腕を振り回したりした。
「どうしてもっと本気で取り組まないのよ。なんのためにうちに入ってきたのかわからないわ。もしも私が責任を問われたら、どうしてくれるのよ!」
サークルの大会での成績が悪くとも、大学側からなんらかの責任を追及されることはない。松原が懸念しているのは明らかに先輩と顔を合わせた時のことで、それが何より重要だった。自分の評判が落ちるかもしれないのだから、由々しき事態である。もちろん、実際にそのような顔合わせの機会があったとしたら、部員たちの取り組みの悪さを強調するつもりではあったが。
「どうすれば本気になってくれるのかしら。甘えた気持ちを取り除かないといけないんだけど、その方法が難しいわね」
松原は真剣に、その対策を考え始めた。
次なる公式の大会はまだ先の話だが、実のところ他校のテニスサークルから練習試合の誘いがきていたのである。無論、断る理由などなかったのだが、現状では真っ当な試合すらできないのではないか、というのが松原の見立てだった。
その最たる理由はやはり、やる気のなさにあると考えていた。
「気持ちで負けてるってやつよね」という自分の呟きが、自分の耳に入ってくる。そもそも練習試合だから勝つ必要がない、必死にやる必要がないとさえ思っているのかもしれない、と松原は推測していた。
そうであれば、それは紛れもなく練習試合に誘った相手校に対する侮辱でもあるだろう。そしてひいては、そうした部員たちの無気力を放置している自分自身の責任として、他校での評判も悪化してしまう可能性がある。
松原はそうした思いによって、ある種の焦りを感じていた。
「やる気を出させて、練習試合といえども本気にさせる方法……練習にだって、もっと本気で取り組ませる方法……そうすればきっと結果は出るし、出させなきゃいけないのよ」
「迷っている? 悩んでいる?」
不意に、そうして問いかける声がどこからか聞こえてきて、松原は慌てて足を止めた。辺りを見回すが、そこはアパートの並ぶ夕暮れの街路で、入居者の少なさのせいか人通りがほとんどない。松原の住まいはその中にあるアパートの一つだが、同じ大学に通っている者は誰もいない。
他にあるのはなんの用途かわからない集会場めいた建物や、聞いたことのない名前の工場、用水路、街路樹、子供の姿を見かけない公園といったものであり、それら全てが暗い夕暮れ色に染まっているだけで、静寂、あるいは閑散としている。
ただ、松原がそれらを確認するために後ろを向き、また前方へと向き直ると、そこにはいつの間にか、まるでずっと存在していたかのように、ひとりの少年が立っていた。
十二か十三歳ほどの、白衣を着た黒髪の少年である。俯いて、口元だけを僅かに微笑の形に吊り上げながら、松原が彼の突然とも言える出現に喫驚し、誰だと問うこともできずにいる間にも、彼は囁いてきた。
「悩んでいるのなら、ボクが導いてあげるよ」
「導く……私を?」
少年は頷いたのか、それともただ街路樹の影が掛かっただけかもしれないが、「いきなり何を言い出すの」と怪訝な顔を見せる松原の不信感を無視して続けた。
それはやはり囁くような声だったが、不可解なほど異様に松原の耳の奥底に届き、そして同時に、彼を無視することができないような強い力、全く未知の次元から届く人間外の説得力を感じさせるものだった。
おかげで松原は、不信感を抱きながらも立ち去ることも、反駁することも、軽視することもできないまま、不可解な少年の声を聞いてしまった。
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