第5話 こんにちは赤ちゃん 2

 背後から弧を描き飛んできた斧がエルフの右肩に上から刺さった。重さと速さ、重力と回転まで計算した見事なスローイングだった。エルフは体制を崩して倒れたが、かろうじて岩から落ちてはいない。

「よーし、よくやったセージ。行くぞ、取り押さえろ」

 二人のドワーフは武装したまま音もたてずに倒れた獲物に近づく。セージは左手に手斧を持ち、ダージは金属のこん棒を右手に持っていた。迷いのない効率で岩の上まで登り、血だまりにのたうつエルフをこん棒で撃ち付け、縄で身動きを封じた。

「よちよち、もう怖くないでちゅからねー」

「気持ち悪いよダージー。

 さて、蛮人野郎め顔を見せやがれ。ん、こいつは女だな」

「おい、女だからって野人野郎逃がすんじゃねーぞ、童貞野郎。連れて帰って絞り上げるぞ」

「おいおい、こんな痩せ猿みたいな奴らなんか願い下げだぜ。

さて、お嬢ちゃん。なんでうちの御子を拉致っちゃってるのか教えてもらえるかな?」

 セージがエルフの背中を踏みつけ、手斧を引き抜く。悲鳴と共にさらに血が流れ、あたりに赤色が増す。岩から川へ赤黒い血が滴る。

「…カ、カザーッミモリル」

「やっぱ言葉通じねえか、殺すか?ダージ」

「いや、一応連れて帰ろう。この出血じゃ、たぶん道中でくたばるだろうがな。さて、俺にも御子を抱かせ、」

 その動いた刹那、ダージの兜に矢が当たり、どっかに弾け飛んだ。


「ダージ、大丈夫か!!」

「外れた。御子を囲んで構えろ。身を低くして常に日時計回りに動け。絶対に御子には当てるな」


「おっと!」


 カキンと音を立ててセージの鎧のプレートに矢が当たる。普通の人間からしたら戦用の重装備に見えるドワーフの装備だが、本人たちはさほど重いとは思っていない。手足が短く、胴が短いため素材をセーブできることと、適切な薄さにまとめる事で軽量化が施されている。さらにドワーフは力持ちだ。

「見えたぞ。あのトネリコの上に乗ってやがる」

「よし、俺の斧で撃ち落としてやる」

「よせ、弓が相手じゃ分が悪い。斧を一つ貸せ、木を囲め」

「なるほどね、御子を矢先から隠しとく。注意を惹き付けといてくれ」

 赤子を岩陰にかくし、素早くトネリコの樹を囲んだ二人のドワーフは馴れた手つきで回転しながら交互に樹を手斧で切り叩く。激しく樹が揺れ、物の数秒でトネリコの樹は倒れ、エルフの狙撃手はあっさりと捕縛された。


「こいつも女か。おい、あいつと一緒に連れて行くぞ」

「あいつ死んでたよ」

「…そうか、野人だとしても埋めてやりたいが、御子がいる。スコップも要る。一度戻ろう」

「カザー!!イレモディカザー!」

 新たに捕縛されたエルフが、仲間の死を確認して狂った様に叫びだした。

「仲間が死んだから怒っているのか。ご愁傷のところすまないが、さるぐつわをさせてもらうぜ」

 セージが縄をエルフの口にかませようと手を近づけると、エルフは思い切りその手に嚙みついた。


「…痛えっ!!離せ野人め!!」

 兜をかぶったままの頭突きをくらいエルフは一瞬気が遠のく。その隙にセージはエルフの首に縄を巻き、窒息させようとする。

 呼吸と血流を止められたエルフの顔がどんどん赤く染まっていく。色素が少ないらしくエルフは肌や髪の色が薄い。それが余計に凄惨な場面に見せた。


「ふ…ふあーん。あーん!おぎゃあ!」


 不意に赤子が泣き出した。さすがに頭に血が上ったセージもその手を緩め、エルフを殴り、気絶させるくらいしかできなかった。

「御子の前であまり殺したりしたくねえよ」

「おう、それでいい。よくやった、セージ。いいかげん帰るぞ、早くしろ」

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