第4話 こんにちは赤ちゃん 1

「長アッサームの息子が生まれたぞ!」

「名前はヨカナンだ!」

「瞳や髪は真っ黒で、肌は真っ白らしいぞ!」

「俺は見たぞ。あれはお袋似だな、不細工なアッサームとは全然似てねえ!」

「つまりハンサムってことだ!」


乾杯!! 乾杯!! 乾杯!!!


 その日、ドワーフの鉱山都市は町中がビールの泡と乾杯の歌にあふれかえっていた。彼らの部族における長、つまり王に当たる者の子供が生まれたのだ。それは美しく丈夫そうな男の子だったという。


 宴の途中だからこそ説明しよう。ドワーフという人達は我らが思うところの人間とほとんど変わらないが、たとえば犬とタヌキくらいの違いはあるそうだ。ドワーフは普通の人に比べて身長が低く、平均的に20cm弱の違いがあるという。それだけならただの小さい人だが、彼らの体格はずっしりしていて、体重は人間を優に超える。金属、宝石の採集が上手く、金具や工芸品の製造を得意としていた。

 そんな手足が短い以外は、生活水準的に他の種族を圧倒していた彼らだが、ひとつ劣ることがあった。子供があまり増えないのだ。遥か昔は人間の様に増えたそうだが、やけに死産や不妊が多い。

 そんな事情もあって、長の跡取りが生まれたことは国を挙げてのお祭り騒ぎであった。


 街のいたるところにビール樽が乱立し、大人はジョッキか直口でビールを好きなだけ流し込み、子供はソーセージの蔓をポケットいっぱいに詰め込みヌンチャクのようにして遊んでいた。ホルンや太鼓を持った男たちが地鳴りの様な低い音を響かせれば、フルートやタンバリンをを持った乙女たちが小鳥のように歌い、踊りまわった。

「おめでとう!!我らの山が天地創造の日からあれど、今日こそが最高の日だ!」

「おめでとう!!アッサーム家と我らが部族が千年も万年も笑って暮らせますように!」


おめでとう!! おめでとう!! おめでとう


「…ああああ、あああああああ!」

「お、お、お、奥様、おおおお落ち着いて…!」

「ひ、ひっひっひっか、神様…ひどい、ひどすぎるわあ」

「お前、気をしっかり持て」

「あなた、ああ、ご、ごめんなさい… 赤ちゃん死んじゃった…」

「仕方ないだろ、これも息子の天命だったんだ。よくあることだ、仕方ないんだ…」

 アッサームの妻は泣きじゃくるまま、毛布に包まれた赤子の亡骸を抱いて離さない。元から白かった赤子の肌はどこか青白く白かった。

「私のヨカナン、たった一日しか一緒にいれなかった可愛いヨカナン…」

「お前いつまでも… すまん、また後で来る。ばあや、ファティマを頼むぞ」

 アッサームが妻の寝室から出ると、城に仕えてる男や女たちが廊下で出待ちしていた。

「お、おまえら、人の嫁の部屋ん前でたかってるんじゃねえ!」


「しかし長!我々も御子を一目見たくてですね!」

「アッサーム家の跡継ぎだぜ、ご利益にあずかりたくてねえ!」

「どうか、一目見してくだせえ!!」


「ならん!!」


 不意にはじけた獅子吼のような一喝にドワーフの男女はびっくりおののいた。

「…お、おさ?」

「…え?」

「あ、いや。ふん、お前らなんぞが息子に触れたら、自慢の白肌が煤だらけになってしまうわ!!俺も飲むぞ!」

「万歳ーーー!!」

 どこかしらか陽気な音楽が鳴り響き、長が踊りながらビールを片手に行進する。ただ、流れる涙はうれし涙なのだと、誰もが信じて疑わなかった。

 

 なぜかドワーフの赤子は死にやすい。これは実のところ、鉱山から出る鉛や水銀などの重金属が川に溶け流れていることが原因であるが、彼らからすれば知る由もなかったし、知ったとしても山でなければ生きていけないのだ。


「おいおい、街は宴の真っ最中だってのに、なんで俺らだけパトロールなんだよくそったれ」

「愚痴るんじゃねえセージ。お前の愚痴で俺らの楽しい仕事時間を汚すんじゃねえ」

「いやいや、普通は一緒に愚痴ったりして親睦を深めるとこなんじゃないのダージ」

「勝手に親睦深めんじゃねえ、お前は腋臭がくせえんだよ」

「知ってるけど言うなよ。お前は口臭が、おいイノシシいるぞ!」

「声がでけえ、黙って通り過ぎとけ。それとも宴の肴に捕まえていくか?」

「持ち運ぶの面倒だし、やめとこう。っと、橋流れてるぞ」

「今日は修理無理だろう。誰も働かねえ、おっと伏せろセージ」


 髭をぼうぼうに生やした毛皮を羽織った方がダージ、女目を気にして口髭と顎髭の生え際を整えている若い方がセージ、二人は山道のパトロール当番だった。実際は当番のスケジュールではなかったのだが、お祭り騒ぎの朝に当番だった者が「自分だけ不公平だ」ということを言い出し、それに同情したが故にサイコロで負けて二人はここにいる。

 二人はそれぞれ筒の様なものをのぞく。レンズが二つ前後にはまっていた。

「あの川上にあるでかい岩見ろ。そうそれ、上に人乗ってんだろ」

「本当だな。あれ人じゃないよ、違う種族だ。足長か、いやエルフだ、あれは」

「マジだ。あの蛮人野郎ども盛り上がってる日にわざわざいるとはおかしくないか?」

「くせえな。なんかカゴみたいなの持ってる」

 その時、不意に高い猫の様な声が聞こえた。

「猫じゃねえ、赤ん坊だ!まさか御子が?」

「こうしちゃいられねえ。セージ、武器だけ持っていくぞ。あとお前の腋臭は命取りだ。あいつらは鼻が利く、例の白い粉ふっとけ」

「がってんだ」

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