第3話 おはよう勇者 3

 記憶を失って3日目、ヨカナンは未だに一睡もしていなかった。

 ヨカナンの部屋は高台の建物の3階にあるらしく、小窓から王都キングストンの街並みや人々の営みを覗きみることができた。

 街が美しく、人々が身ぎれいなのは、この建物がそれなりに裕福な者たちの住居区に位置しているからであって、貧しい人の住む区域も別にあるのであろう。この部屋はヨカナンの後援者であるという教会の者から紹介を受けた隠れ宿らしいが、かれこれ一ヵ月は住んでいるらしい。

 何か思い出すかもしれないと、変装してシエラと共に街に出たこともあったが、あっけなく熱烈なファンを自称する男にばれ、集まってきた群衆に覚えのない武勇伝をしつこくせがまれて辟易した。なんとか逃げ出して、隠れ宿に帰ったのだが、幸い隠れ家はばれずに済んだ。

 しかし、帰った後に気づいたのだが、マントに矢が刺さってぶら下がっていた。運がよくて命拾いしたようだが、城門で囲まれた城下町には勇者を殺したい者もいるらしい。矢じりにはヌメっとした毒らしきものが塗られていた。


「そろそろ教えてくれないか?」

「どの話から?」

 ベッドに横たわるヨカナンを横目に、シエラは先ほどの騒動で群衆に引き裂かれてしまったヨカナンの服を縫っている。

「なるべく最初から」

「あら、最初の方は私の知ってるお話の方が少ないわよ。それもほとんどあなたから聞いたお話。もしかしたらだいぶ誇張してるかも知れないし、私の記憶違いもあると思う」

「それでも構わない。聞かしてくれ。俺がどういったやつだったのか知りたいんだ」

「もちろんいいけど、もう夜更けだよ。私もあなたもそろそろ寝ないと」

「あの日、目が覚めておまえと出会ってから一睡もしてないんだ」

「…やっぱり、不安なのかしら。あの豪傑のヨカナンが今はまるで、そう、赤ちゃんみたい」

「ばか、外に出るだけで毒矢を射られるんだぞ。わけがわかんねえよ。せめて自分が何をしでかしたかくらいは知りてえ」

 ヨカナンはうつむいていて表情は読めない。

 たぶん、今後の安全や身の振り方を一生懸命考えてるのだろう。彼はいつもそうだった。表向きには大胆不敵の無敵の勇者で時の人となっている。

 しかし、彼には敵が多かった。外出の時の毒矢だって彼に私怨をもつ貴族や権力者の差し金だろう。彼が強いのは敵に負けないため、敵を徹底して葬り去るのは敵を無くすためだった。本当は不安が胸をかき乱しているのだろう。いつのときも自分自身のささやかな平和を守るために深く考えていた。


「そう、わかったわ。私が知ってる限りの物語を教えてあげる。

それは私とあなたの思い出や、あなたが私に語ってくれた寝物語、飲み屋の荒くれものたちの噂の武勇伝。

 あなたが眠るまで毎晩聞かせてあげる。わたしのヒーローの伝説の数々を、あなたへの寝物語に…」

 



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