そのじゅう。

 色んな音が重なり合って、がやついた空間。特有の電子音と、客寄せの為に録音された声との調和は、刺激する感覚こそ聴覚であるのに、煌びやかと言う他が無い。それらが重なって押し寄せてくるのだから、どれだけ慣れたとしても、毎度毎度圧巻される心地だ。

 視界に映る殆んどの筐体は眩しく煌き、賑やかな音と合わさって、心を擽る。決して熱く滾るような衝動ではないものの、どんなゲームをしようかと視線を泳がせれば、自然と胸が高鳴った。

 世間一般的にはあまり好ましく思われない場所だけれど、僕みたく純粋なゲーム好きにとっては、これ以上ないくらいの憩いの場。普段とは違うコントローラーを使って、大画面かつ、圧巻のスケールでプレイするゲームとは、まるで自宅で観る映画と、映画館で観る映画程の差がある。それらが大抵ワンコインで遊べるのだから、楽しめない筈がない。

 自然と口角を上げながら、僕は先ず、ラインナップの確認の為に、店内を歩いて回る事に。

 以前に来たのは一ヶ月以上前なので、新台も導入しているだろう。

 とすれば、先立った僕の後に、亮君が小走りになって続いてきた。おもむろに肩を掴まれて、僕は「うん?」と小首を傾げる。彼は後ろを親指で差していた。


「親父さんが麻雀のやつやってるから、二人で回れってよ」

「ああ、うん。じゃあ、一緒に回ろっか」


 ゲームセンターにあるゲームの大半は、一人か二人用だ。

 きっと気を利かせてくれたのだろう。

 僕は遠目で片手を挙げて合図している父さんに、同じく片手を挙げてありがとうと示しておいた。

 さて、しかし僕は亮君の好みを知らない。対して僕はどんなゲームでも一通りやっている。流石に店の端っこを陣取っているパチンコやスロットはやった事が無いけど、あれは一八歳未満遊戯禁止になっているし、彼の好みに合わせても問題無いだろう。


「亮君、普段どんなゲームしてる?」


 僕がおもむろに問い掛ければ、彼は「んー」と言って、周囲を見渡す。やがて二階へ上がる階段を認めて、そちらを指差した。


「格ゲーなら割りとやってるぞ? 行くか?」


 この店の一階は、シューティングやレースゲーム、プリクラ等の、大きな筐体が占拠している。彼が言う格闘ゲーム等の、割りかし小さな筐体は、指差してくれた通り、二階にある。

 僕はこくりと頷いて、じゃあそれでと同意。

 実際にラインナップを見て、その中でやった事があるものを挙げてもらったけれど、当然ながら僕がやったことのあるメジャーなものばかりだった。その内の一台で、彼が「お、これあんじゃん」と目を輝かせたので、それに着席。コインを投入して、どちらからともなく乱入。愛用のキャラクターを選んで、バトルを開始した。

 結果から言おう。

 僕はノーダメで勝利した。


「お、おまっ。強すぎだろ! 何であそこから一〇連コンボ決めんだよ!」

「起き攻めの一〇連は割りとメジャーな攻め方じゃない? 特にこのキャラの一〇連って、下段と上段の合わせ技だし」

「だー! くっそ。もっかいだ! 手ぇ抜くんじゃねえぞ!」


 筐体を挟んだ先にいるというのに、がやついたゲーセンでもちゃんと聞こえる程、亮君は大きな声で絶叫していた。それがちらほらと視線を集めるけど、気にしない。僕がシューティングをやっていれば、立ち見されることも偶にあるし、此処において目立つことは、割りと慣れている。

 初戦こそノーダメだったけれど、亮君も随分とこのゲームをやりこんでいるらしい。二戦、三戦とやってみれば、僕の攻撃パターンに対応する術も構築されたようだ。流石にノーダメではなくなった。それでも勝ち続ける僕は、きっと彼にとって『勝てそうで勝てない相手』だったのだろう。しかしながら、手を抜くなと言われたので加減こそしちゃいないが、僕は余力を残している。ふふふ、ゲームこればっかりはキミに負けることは無いぞ。

 現実味のある綺麗な画面の向こうで、筋肉質の巨漢が吹っ飛ぶ。相対するのは、とてもじゃないが巨漢を吹っ飛ばす程の力があるとは思えない可憐な少女。言わずもがなだけど、前者が亮君のキャラで、後者が僕のキャラだ。

 二次元において、筋肉の量等、巧みな技術の前には、無に等しい。

 それを痛感すると良いさ!


「糞が! おい、純! 今何回目だ!」

「七回目」

「一〇回目までに倒してやっからな!」


 亮君はそう宣言して、再度乱入してきた。

 勿論、待っていた未来は、僕の一〇連勝だった。

 流石に諦めたらしい亮君は、飲み物コーナーに。僕も手早くソロプレイ用のモードをクリアして、彼の元へと向かった。彼と同じ炭酸飲料を購入し、店の壁に背中を預ける。

 一口飲めば、知らず知らずの内に昂ぶっていた鼓動が、爽快感によって一気に冷めていく。

 亮君は未だ昂ぶっている感情を惜しげもなく表情に出して、実に悔しそうだった。


「いやあ、マジであれ惜しかったんだけどなぁ」


 彼がそう言うのは、八回目のバトルだろう。

 二勝先取で、一本目を取られ、二本目も危うくとられるところだった。しかしHPバーが赤く染まった状態から、怒涛の一〇連コンボが炸裂し、更に起き攻めのそれを警戒したところに、ガード不能の投げ技が決まり、二本目を僕が取った。三本目はその勢いのまま、圧倒した。

 あの試合は確かに惜しかった。二本目の最後、リーサルに届くかというところで、亮君がコンボをミスしなければ、削りきられていたかもしれない。僕は素直にそう言って、彼を労った。

 飲み干したらしいジュースをゴミ箱に投げ入れ、亮君は背伸びをする。改まってくる顔付きは苦笑混じりで、肩を竦めていた。


「ほんとお前、伊達じゃねえのな。あのゲームは割りと自信あったんだが、こうもこてんぱんにされるとは思わなかったわ」

「はは。まあ、普段からゲームしかやってないような奴だったからね」


 僕はそう言って笑う。

 とすれば、亮君は「うん?」と言って、小首を傾げた。


「だった……って、お前、そういや最近行きしなもゲームしてねえな?」


 正に『今気が付いたけど』と言わんばかりに、目をぱちぱちさせる亮君。

 確かにその通りだ。亮君と通学時間を合わせるようになってから……というか、僕の脳味噌が深月ウイルスに冒されてからというもの、僕は通学中にゲームをしなくなった。その分亮君と会話することが増えていたし、自分でも大して気にしちゃいない。

 僕はこくりと頷いて返した。


「亮君と一緒に居る時に、ゲームしてるのは変でしょ?」

「ああ、そっか。それもそうだな」


 行きしなも帰りしなも共にする友達が居る。その隣で延々とゲームをやっているのは、流石にコミュ障どうのという話ではないだろう。常識外れだ。まあ、理由としてはこれもその内にあたるので、嘘はついていない。多分深月ウイルスの一件が無くても、同じ状況になっていれば、僕は通学中にゲームはしていない筈だ。

 ただ、そこで彼はふと何やら思い起こしたらしい。「あ、そういや」と、改まってきた。


「最近ちと気になってたんだけどさ」


 と、彼は明後日の方向を見ながら溢す。

 随分と唐突な言葉に、僕は小首を傾げて返した。

 何だろう?

 亮君は少しばかり言い辛そうに頬を掻き、暫く視線を泳がした後、二度、三度と頷いて、僕に向き直ってくる。改めて唇を開く姿は、極々真面目に見える顔付きだった。


「お前、やっぱ深月のこと好きだろ」


 そしてそう言った。

 僕は思わずぶっと噴出して、手に持っていたジュースを炸裂させる。

 乾くと絶対にべたつく飲み物が手を濡らしたのも構わず、僕は慌てて彼へ向き直った。手がどうにかなるより、目の前の彼に告げられた言葉の方が、よっぽど僕の心に甚大な被害をもたらしていた。いや、被害と言うより、単純にびっくりした。


「な、ななな、何でそう思う訳!?」


 気が動転しているままに、僕は早口に問い掛ける。

 すると彼は僕の様子にふっと噴出し、「やっぱな」と苦笑した。

 しまった……誤魔化しようの無い程、確実にバレた。


「いやな? この前お前が深月のこと可愛いつったし、清子ん時は否定したくせに、深月のことは否定しなかったから、気になってたんだよ。したらお前、日がな一日深月の事見てんだぜ? そりゃあ気付くだろ」


 お、おおう。そ、そりゃあ気付かれる。

 でも、何より意外なのは、亮君がそこまできちんと思考していたことだった。こう言っては失礼かもしれないけど、彼は日常の大半で頭を使わずに生活しているように見える。だと言うのに、目ざとく気が付くとは……。

 それこそ知らない一面だった。

 僕は驚きを隠しもせずに、目をぱちぱちとさせた。

 ドクンドクンと煩く喚く胸の鼓動に、やがて不意にハッとして、僕は表情を曇らせる。短く「ごめん」と言って、頭を下げた。


「隠すつもりは無かったんだよ。だ、だけど、あの時は周りに他の生徒も居たから……その、話せなくて」

「おう。そんぐらい分かってる。気にしてねえよ」


 亮君は呆れたように笑って、肩を竦めていた。

 分かっているのならあんな場所で聞いてくるんじゃない。とは思いつつも、こうして言及する場所はちゃんと改めてくれたのだから、そこは素直に感謝しとこう。


「でも、こう言っちゃなんだが、深月の何処が良いんだよ。俺には口煩いようにしか思えないんだが」


 亮君はそう言って、訝しげな表情を浮かべた。

 彼が言うのは揶揄ではなくて、純粋な疑問だろう。特に深月さんは鷲塚さんと仲が良いし、彼はよく無能呼ばわりされている被害者でもある。疑問を持つのは当然だろう。

 辺りはゲームの音で騒がしい。普通に会話したとて、誰に聞かれることはない。僕は周囲に人気が無いことを確認してから、隣を亮君に促した。素直に従う彼は、壁に凭れて、腕を組む。僕に向けられる表情は、何処か心配しているようにも見えた。

 ドクンドクンと喧しい音が、周囲の音を消していく。

 驚いた所為か、羞恥心の所為か、頬が熱い。

 それでも亮君には理解して欲しいと思い、僕は唇を開いた。


「誰に可愛く映らなくっても、僕にはこれ以上ないくらい可愛く見えるんだよ。深月さんは」


 些細な仕草が、凄く心を擽る。彼女は確かに、愛らしい見た目をしていないかもしれない。しかし、愛らしい仕草がとても多い。それでいて、それらが全て誰かを魅了する為の偽りではなく、極々自然な様子でやっていると思わせる。

 辛辣な言葉には確かに些か度が過ぎる面はあれ、その人の為になるような言葉ばかり。どうしようもない事なんて、絶対に指摘しない。むしろ本当に困ったことがあれば、彼女はいの一番に手助けしようとする。

 平凡の裏に、毒舌の裏に、とても愛らしく、優しい心があるんだ。

 僕は彼女の魅力を、実にゆっくりと話した。

 それを黙って聞いていた亮君は、聞き終えるなり二度、三度と頷く。茶化すでもなく、「そうか」と理解してくれたような言葉を漏らした。彼は真っ黒な天井を見上げ、ふうと息をつく。その唇は、すぐに動いた。


「まあ、他人の趣味にけち付けるような性質はしてねえし、お前が好きなら好きで良いと思う。ただ」


 そう言って、彼は僕に向き直ってきた。

 そしてぺこりと頭を下げる。


「すまん。そうとは知らず、お前の前であいつのことぼろっかすに言って悪かった」

「あ、ううん。気にしてないよ」


 潔いと言うか、男らしいと言うか……気にしなくて良い事まで気にしてしまう亮君。そんな彼だからこそ、僕のこの想いを、誰に吹聴することはないだろうと思える。何処かホッとした心地になった。

 まあ、亮君からすれば、ただの口煩い女子だろうしね。それぐらいは分かるし、理解する。だからこそ、そこに対して怒りは覚えないし、口に出して指摘する事も無かった。実際のところ、深月さんが可愛いと思うの僕の感性は、相当変わり者の部類だとは思う。それ自体も理解しているのだ。遺憾この上ないけど。

 強いて言うなら、亮君が己の感性を盲目的に正しいと思って、僕を咎めてくるような人じゃない事だけ、本当に有り難い限りだった。そういう勘違い野郎は何処にでもいるし、そういう感性の奴等こそ、オタクはキモいと揶揄してきがちなのだから。深月さんには無能と言われたし、その通り、生きるには役に立たない趣味だけれども、これらの感性は僕の大切なアイデンティティだ。

 此処に居る友達が亮君で良かった。

 そんな事を考えながら、「よし」と改まる彼を見やる。すると彼は、悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、僕を振り返ってきた。


「んじゃあ、ちょいと協力すっか。夏休み入ったら、深月と清子誘って、海行こうぜ?」


 事も無げに溢す姿は、実に不躾だった。

 僕は目をぱちぱちとさせながら、言われた言葉を反芻。そして理解して、思わず顔を盛大に歪めて見せた。


「は、はい? 何言ってんの?」


 そう問い返す。

 いや、確かにもうすぐ夏休みだし、夏と言えば海だし、鷲塚さんの伝手で深月さんを誘うのは無理が無さそうだけども……としたところで、僕は重要なことを思い起こした。亮君にジュース塗れの手を差し出して、「うおっ、止めろ。汚ねえ!」と言われながら待ったを掛けた。

 汚いと言われた手を引っ込めて、僕は自分の腹を指差す。

 四月の頃よりは随分と引っ込んだけど、未だぽっちゃりしている腹。海と言えば水着だが、それを着るには些か恥ずかしい身体だ。


「好きな女の子の前で、これを晒せと?」

「あー、そうか。それは気になるよな」


 とすれば、亮君も理解を示してくれた。

 仮に彼みたくムキムキなマッチョであれば、己の肉体は文字通りな武器かもしれないが、僕みたいな奴にとっては劣等感しか生み出さない。スポーツも得意じゃないので、泳ぎで挽回することもない。だるだるかつ、色白で情けない肉体を晒すのは、悪手以外の何ものでもないだろう。


「じゃあ祭りでも行くか? それが無理ならどっか遊びに行くでも良いけど。あ、でもその前にお前の髪とか服装弄ってやるのも良いかもな」


 そう言って、面倒臭そうに後頭部を掻く亮君。

 いや、待て、その前に何故いきなりダブルデートのようなものを計画することになっているんだ。どうして唐突にそうなった。

 僕がそう問い掛けると、彼はさも意外そうに、小首を傾げた。


「いや、前に言ったと思うけど、清子に遊びに連れてけって言われてっから。丁度良いだろ? それともお前、告る気ねえの?」


 当然のように言葉を並べ、怪訝そうに小首を傾げる彼。

 もう僕に反論の余地は無かった。

 言い訳のしようは幾らでもあったけれど、それを許してくれる程、彼は優しい教官ではない。そんな事は日々のハードメニューを鑑みれば、すぐに分かることなのだから。

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