そのきゅう。

 金色の髪は相変わらずのハリネズミっぷり。屋内で遊ぶというのに、サングラスを掛けていて、腰には太いウォレットチェーンがぶら下がっている。ドクロが大きくプリントされた黒いシャツに、ダメージジーンズというパンクな服装も合わさって、何処からどう見てもがらの悪い輩だった。

 そんな僕の感想を知る由も無く、亮君は悪いと言って、手を合わせる。


「清子を追っ払うのに時間かかってよ……」


 そして僕が予想した通りの言い訳を並べた。

 罰の悪そうな表情をする亮君は、きっと僕の心情を察してくれているのだろうけど、鷲塚さんからすれば、クラスメイトと遊ぶところにお邪魔するのは、割りと普通なことだろう。相手が男二人という点ばかりは引っかかるものの、彼女自身は誰とでも仲良くなるようなタイプの人間だ。

 まあ、つまるところ今の僕が一番苦手なタイプではある。あまり親しくもないし、決め付けるのは良くないけど、彼女はこの亮君でさえ自分のペースに持っていく。彼女がいれば、僕の主張は全て流されるままになってしまう……ような気がする。とはいえ、校内でも男女問わず人気が高い彼女。どちらかというと物静かな深月さんと上手く付き合っているあたり、僕の先入観なのかもしれない。特に僕は、三次元の女子を、二次元のテンプレートに当ててしまいがちだ。それしか基準がないからではあるのだけど、これはきっと悪い癖だろう。三次元はそんなに単純じゃない。

 ただ、やはり気になることはあった。

 僕は亮君の謝罪に大丈夫だと返し、改めて小首を傾げてみせた。


「鷲塚さんってよく亮君の家にいるの?」


 これは当然の疑問だろう。特に気を使うでもなく、僕は当たり前のように問いかけた。

 亮君はこくりと頷く。


「家が隣だからな。あいつ一人っ子だし、暇さえありゃ俺ん家に来てだべってやがんだ」


 さぞ面倒臭そうに溢す亮君。

 幼馴染ということは聞いていたけど、家が隣というのは初耳だった。僕は少しばかり驚くも、彼ばっかりはマジでギャルゲの主人公気質なのだから、そういう事実があっても不思議ではないと思い直す。まあ、大抵のギャルゲの主人公は少しばかりアウトローな思考で、かつ幼馴染がいるものだからね。仕方無いね。

 僕は自分から聞いておきながらも、笑って話を流した。

 と、そこでハッとする。

 そうだ。先に言っておかねば。

 僕は今にマンションを出ようと踵を返したところで、後ろの彼を振り返った。


「あ、ごめん。今日妹が車乗せて行って欲しいって言ってて、途中まで一緒だけど気にしないで」


 とすると、彼は目を見開いて「え?」と溢した。

 その様子に僕もうん? と小首を傾げれば、彼は「ああ、いや」と言葉を溢して、苦笑する。


「お前に妹いたの知らなかっただけだ」

「あれ? そうだっけ」

「おう」


 言われてみれば話してなかった気がする。

 割りと気の置けない仲にはなっているけど、まだまだ互いに知らないことが沢山ある。それこそ思いなおしてみれば、亮君をゲーセンに誘ったのは僕なのに、彼が何のゲームをするのかとかも、全然聞いてなかった。これは頂けない。大事な友人を大切に出来ない奴はクズ野郎だと、偉大なる名言もあるのだ。

 僕は素直に謝罪する。すると亮君は訝しげな表情をして、「あん? 何で謝んの?」と言ってきた。よくよく考えてみれば、謝罪するのも、それはそれで可笑しな話。僕は思わずふっと噴出しながら「ごめん。何でもない」と誤魔化した。

 マンションを出て、黒塗りのクラウンへと向かう。

 父さんがこちらに気が付くなり、亮君はサングラスを外して、ぺこりとお辞儀。すると父さんはハッとした様子で、後部座席の亜弥に何かしら声を掛けていたようだった。と、亜弥がとてつもなく面倒臭そうな表情で、車から降りた。そこでちらりとこちらを見て、びくりと肩を跳ねさせる。「え?」と言って固まった彼女は、亮君を凝視していた。

 うん? どうしたんだろう?

 と、僕も亮君を見やって、そこでふと思い起こす。

 そりゃそうだ。亜弥は今朝まで僕に友達がいることすら知らなかった。ましてやその友達が不良っぽい見た目をしているだなんて、思いもしなかったことだろう。ちらりと亜弥へ視線を戻せば、彼女は引きつったような笑顔を浮かべ、「ど、どうも……」と、僕が聞いたことの無いようなか細い声で挨拶していた。

 そして、亮君は亮君で、自らの格好がこれ以上なく亜弥を威嚇しているとは気付かない。


「え? あの子が純の妹?」


 それどころか、亜弥と僕を見比べて、目を真ん丸にしていた。

 うん。言いたいことは分かるよ。僕と亜弥は全然似ていないもん。体格も、趣味も、感性も。まあ、亮君はそこに優劣をつけるようなタイプではないけど、それでも『思ったより可愛い妹が出て来た』ぐらいには思ったことだろう。少なくとも、外見だけで言えば、亜弥は自慢出来るような妹だ。世間一般的には。


「あ、あの。お父さんが、後部座席譲りなさいって……お兄ちゃんも、後ろに乗って」


 亜弥が早口に捲くし立てるような風で、そう言った。

 その口調は何時もよりやけに丁寧で、少しばかりトーンが高い。ふと見やれば、亜弥の頬は赤く染まっているようにも映る。さては彼女も思い直したのだろう。『思ったよりイケメンが出て来た』と……。

 そんな亜弥へ、「おう。ありがとな」と気さくに返す亮君。「ああ、いえっ」と、やけに女の子っぽい仕草で返す亜弥。そして、絵になる二人をぽかーんとして見守る僕。

 何だろう。凄く虚しい。

 虚しいっていうか、もの悲しい。

 何だって僕の周りはイケメンと美少女ばっかなんだよ。腹立たしいったらありゃしない!

 亜弥が譲ってくれた後部座席へ乗り込めば、亮君は早速と言わんばかりに父さんへ挨拶をしていた。慣れた風で「どうも」と、首だけで会釈する彼に対して、父さんは実ににこやかな顔で頷き、「久しぶりだねえ」と返す。此処に至って耳聡くなっていたらしい亜弥が、父さんと亮君の関係を聞いたけど、父さんは僕が通う空手教室の師範代とだけ説明した。黒帯なんだぞ。と、父さんが何処か自慢げにも見える様子で言えば、亜弥は素直に絶賛していた。

 僕としては別に友達が元不良だと言われても、気にしないけれど、父さんなりに気を利かせてくれたのだろう。不意に隣を見やれば、視線に気がついた亮君も、何処か苦笑しているような様子だった。

 黒のクラウンは走り始め、住宅街を駆け抜ける。

 暫くすれば、車内の会話は程々になっていた。何時もとの違いと言えば、よく「携帯ばかりを見ていると酔うぞ」と注意されている亜弥が、これっぽっちもスマホを取り出していなかったぐらい。彼女はしきりにバックミラーを見ていたようで、物珍しげに、こっそり亮君を観察しているようだった。彼も彼でその視線には気付いていない様子で、何処か緊張した風に、外の風景を眺めていた。

 やがて一五分程走って、車が止まる。

 亜弥が父さんに頼んでいた場所に到着した。

 ちらりと周囲を見渡せば、繁華街というには喧騒が少ないような風景が広がっている。バス専用のロータリーはとても広く、僕があまり乗らない路線の駅舎が大きく映る。市内でも比較的新しい街で、古き良き名所こそ少ないものの、街並みが美しいことで有名な場所だ。


「着いたぞ。亜弥」


 サイドブレーキを引きながら、父さんが亜弥へ向き直る。すると彼女はハッとした様子で、手荷物を纏めていた。短く礼を言って、車の扉を開く。

 亮君に向かって、「お邪魔してごめんなさい」と恭しく頭を下げる様は、極々自然な様子だったけど、とても気を使っているように見えた。家に帰ったら、礼のひとつは言っておかないと、後が煩そうだ。


「あまり遅くならないようにな」


 閉められた扉の窓を開け、父さんが注意する。

 とすれば亜弥は、苦笑しながら頷いた。


「友達とパフェ食べに行くだけだってば」


 と、僕が聞かされていなかったお出かけの理由を並べ、亜弥はじゃあと言って車から離れる。

 そのままバスロータリーの一角で佇んでいた人影に手を振って走り寄って行き、こちらを一度だけ振り返って頭を下げていた。傍らの人物はどうみても女の子で、デートだと思った僕の予想は、どうやら大外れだったようだ。

 車は再度走り始め、亜弥を送る為に通り過ぎてしまった隣町へと、来た道を引き返した。


「仲、良いんだな」


 とすれば、亮君はぽつりと溢す。

 不躾な言葉遣いに、自分が話しかけられていたと悟って、彼へ振り向く。すると彼は、何処か微笑ましげな様子だった。

 僕は苦笑して返し、肩を竦めてみせる。


「少し前までそんなでもなかったんだけどね。最近になって、ちょっと当たりが優しくなったというか、何て言うか……」


 気を利かせて貰った手前、あまり妹のことを悪く言うのは気が引けて、僕はそんな風に言葉尻を濁す。するとくすりと笑ったような音が聞こえてきた。ふと見やれば、父さんがバックミラー越しに僕を一瞥していた。

 その視線はすぐに前方へと戻ったけど、鏡に映る父さんの目つきは、とても優しいものに見えた。


「純が頑張っているからだろう。ちょっとした変化は自分じゃ実感し辛くても、他人の目には珍しく映るものだ。それも含めて、進藤君には感謝しきれないな」

「いや、そんな……」


 唐突に話を振られて、亮君は首を竦めていた。

 ちらりと見やれば、苦笑しているような、苦虫を潰したような、よく分からない表情をしている。きっと照れているのだろう。彼は首筋を掻きながら、目の前の運転席を見詰めていた。


「俺の方こそ、柴田さんには手間ばっかかけてましたし。あ、でも純のことは純のことで、連れだからです。柴田さんに世話になったからってんじゃないんで、感謝とか止めて下さい」


 亮君が敬語を使っている姿は、割りと珍しいものだ。

 不良のそれが祟ってか、今でも教師に対して敬語を殆んど使わない人間だったりする。だと言うのに、父さんに対して恭しく接する姿は、彼が以前言っていた『親父さんに捕まるのが一番楽』という言葉の表れかもしれない。

 当時のことはあまり詳しく聞いていないけど、場合によっては更生施設に放り込まれていても不思議ではなかったんだとか。それこそ、今年の四月に起こした暴力沙汰が切っ掛けで、彼の両親は度々世話になっていた父さんに、相談していたりもしたそうだ。だけどそこで、僕から彼が脱ヤンキーを志していると聞いて、少し様子を見ようと相成ったとか、そうでないとか……。

 まあ、彼自身も四月の一件で夜遊び仲間と縁を切ったらしいし、その後の経過はこの通り順調。彼も彼で、家族間の付き合いが変わったんだと言っていた。

 道中の与太話がてら、そんな話を聞いて、やっぱり僕は亮君のことをまだまだ知らないと感じた。付き合いの長さこそ、まだそれ程長くはないので、ショッキングな事だとは思わないものの、改めて自分に友達がいなかった理由を思い知らされた気分だった。先程考えたことだけれど、もっと人のことを知ろうとしなくちゃ、何時まで経っても自分本位な奴だ。

 今まで、思い遣りとか、優しさとか、そういう綺麗な言葉は、文字通り綺麗な言葉だった。少なくとも、二次元の世界では、心の奥底で『単なるコレクションだから』と考えていても、正解のコマンドをひとつ選ぶだけで達成される。だけど現実ではそうはいかない。ふとした仕草、普段からのフラグがあってこそ、そういう綺麗な言葉が、『本物』になるんだろう。

 僕はまだまだ、独り善がりなオタクだった。

 本当の意味で脱オタする意義は、此処にあるんだ。と、そう思えた。

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