七番街


 ――がたりごとりごとり


 ――がたりごとりごとり


『次は玄天街七番街、玄天街七番街』


 ――がたりごとりごとり


 ――がたりごとりごとり


 ……規則正しく、車輪が軌条レールの繋ぎ目を通る音が聞こえる。


 ふと、意識を取り戻した神門は、玄天街環状線の車内にいた。

 いつしか眠っていたらしい。神門は横座席の椅子に座り、車窓の枠の段差に右の肘をかけ、二の腕を枕にしている。


 どうやら、昨夜の作戦は思っていたより心身に負担がかかっていたらしい。寝入っていたとしても神門は敵意が近づくと、すぐさま目を覚ますよう訓練されている。更に左手はいつでも軍刀の鯉口が切れる状態である様子を見れば、少しでも聡い盗人ならば安易に手を出そうとは考えはしないだろう。だが、だからといって、我知らず意識を失うなどと不覚にもほどがある。


 念のため、持ち物の確認をして、不備の無しを認めると、眠気を誤魔化すように眉間を揉みほぐす。窓の向こう側は朝だというのに薄暗く、外を眺めた神門の顔を曖昧模糊に映し出し、仄暗い景色と同化させる。


 朝の玄天街環状線は客が少なかった。車輛には神門の他に、船を漕いでいる男と子供が二人――おそらく親子であろう――が乗っていた。

 男はなにか夜半からの仕事を終わったとみえ、眠りの世界からの手招きに抵抗してはいるものの、戦の趨勢は明らかに睡魔にあった。

 そんな様子の父親を起こそうとはせず、子供二人は自分たちだけで騒がぬ程度に遊んでいる。年齢の割に、考えが回る子供達だ。


 そういえば、昨夜から何も口にしていない事に、今更ながらに神門は気がついた。

 懐から、念の為に用意しておいたブロックタイプの携帯食を取り出すと、窓の外を見ながら口に入れようとした時。窓の向こう側、薄闇の景色と合わさり、兄弟が座席の仕切りの先から顔を出し、神門を――正確には神門の持っている携帯食を見つめている様子が、目に入った。


「……」


 おそらくは、飢えるほどではないとはいえ、満足な量の食事はなかなか取れないのだろう。戦争が終結したとはいえ、時代はまだまだ人に優しくない。


 神門は一口囓ると、携帯食を窓枠に置く。


『まもなく玄天街七番街、玄天街七番街』


 車内アナウンスが目的地の到着を告げると、やおら立ち上がる神門を認めて、兄弟が座席の仕切りから出していた顔を引っ込めた。


 列車が完全に停車する前に、鞘鎖を鳴らながら、出口扉へ去る神門を見送ると、兄弟は彼が窓枠に『忘れていった食べ残し』のブロックタイプ携帯食を手に取り、二つに割って分け合っている。


 彼らの様子を、閉まった扉の薄暗い窓の反射から認めると、先ほどの夢を思いだし、神門は今は遠くなってしまった過日へ思いを馳せる。


 断片的に古い記憶から、次第に時代を駆け下りていき、先ほど見た悪夢の光景で鈍い頭痛に阻まれた。未だ、あの記憶は、夢の中で足元をじゃれついていた白靄はくあいに包まれている。この記憶さえ完全ならばと幾度となく思っただろう。それが叶わぬからこそ、この玄天街を彷魔酔さまよい続けているというのに。


 気がつけば列車は停車していたらしく、自動扉が開き、六番街とはまた違った匂いの空気を感じた。


 玄天街七番街駅の千鳥式ホームとなっている歩廊プラットホームは、多少列車との間隔が広く、列車の扉の方が高くなっている。列車もそれぞれ別の鉄道列車から買い上げたと思われる、色も大きさも異なる蓄電池式機関車と付随車がチグハグな、どこかコラージュめいた印象を与える。元々、玄天街環状線は正規の鉄道会社が運営しているわけではなく、知識やノウハウを持った有志が集まり、払い下げの列車と軌条レールを元に環状線を取り繕っているに過ぎない。この程度の不便もむべなるかな。むしろ未だこれといった事故がないのは、彼らの優秀さの賜物と言えるだろう。


 玄天街七番街の歩廊へと神門は降り立った。前の黒い蓄電池式機関車の車体側面から、機器冷却のためか噴き出された白霧が神門を包み込んだ。白い遮光幕カーテンで覆われた視界の向こうには、幾つもの人工の光が透けて見えている。次第に白い靄が晴れていき、神門の視界が玄天街には似つかわしくないきらびやかさを捉えた。

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