IRON EYES 3RD VOL.

登場人物


ウィシー・グレイ……ネメシス陸戦隊隊長兼ロイス駐留司令。旧友との再会を喜んでおり、こっそり楽器の練習をしている。

エイドリアン・ジョーンズ……ネメシス陸戦隊員。ジェラールに残した荷物の中に宝物があり、それを悔いている。

イアン・ハワード……ネメシス陸戦隊員。元砂漠の傭兵であり、地上車両の操縦士。

マイケル・カーク……ロイス守備隊ノースバイア基地司令官。独身であり、愛妻家のウィシーを羨んでいる。



「全砲門、所定の位置に着いたな。では照準合わせ」

不慣れな声とともに、仮初の目標に対して狙いを定める。一番から十二番までの隊に分かれ、各々で砲を移動させ固定した。位置取りは砲戦で最も重要な要素だ。狙いやすく狙われにくい場所を適切に選ばねなならない。

 当たった当たらぬしか結果のないこの演習は、ひとまず命中精度だけを鍛える意図で設定した。囮の巨人はうちの非番の隊員にさせているため、難度はかなり高い。だがこれができてしまえば、攻め込んで来るいかなる敵も返り討ちにできるはずだ。

「てっ!」

鋭い発射音とともに、虚空へと弾丸が吸い込まれてゆく。着弾をもってのみ、その軌跡を知ることができた。俺は奴らの成長に驚きながら、記録を取っている隊員に確認した。

「どうだ」

「百八十発中命中が百四十八。内訳はあいつらに帰ってきてもらわないとわかりませんが、しかしよく当たるようになりました」

「ああ。実戦用の的にするのは来週のつもりだったが、明日からで問題ないな」

そう言って、帰還する兵たちに目をやる。奴らは今はまだ守備隊だが、いずれ国防軍と呼ばれるべき存在だ。であれば、量も質も今のままではいけない。ゆっくり進んでいくほかなかった。

 デビルズ開戦から一年が過ぎ、大陸はひとまずは平穏を取り戻しつつあった。ジェラールが、侵略の手を止めたのだ。これに手を叩いて喜んだ国家は多いだろう。北のウエストバイア、東のカラノス、西のフレイン、南のサウスランド連邦。四方に戦争を仕掛けてきた狂人国家は、突如として沈黙した。アレックスひとりを失うことがここまで痛手かと思うと、乾いた笑みがこぼれるのを俺は堪えきれない。奴は名実共に侵略の旗印だったのだ。

 ここノースランドでも、今は激しい動きは見られない。砲兵隊の練度はまだまだだが、見方によれば及第点に達したと言ってもいいだろう。それにひとまずの満足をしながらも、どこかこの現状に疑念を抱いていた。

 なぜアリアンは動かないのか。俺はノースバイアで時々起こる小競り合いを鎮圧しながら、それを考えている。東国との交易を確立した今、連中の軍事力は非常に高い。そのまま得意になって攻めてきてくれれば、喜んで返り討ちにしてやるのだが。連中もさすがに利口であるらしく、ネメシスがここロイスを去ることができない理由のほとんどはそれだった。

 敵自体は、弱い。歩兵はネメシスに及ばず、巨人は砲で撃ち抜ける。ロイスの兵も多少は動けるようになり、小競り合い程度ならネメシスを動かさずとも十分になった。

 今は、指導力の育成をしている。新しい兵士を育てるのをロイスにやってもらわねばならないからだ。その点で、重宝する男がいた。

「エイド、奴らの様子は」

「はい。まだぎこちなさはありますが、だいぶ良くなりましたよ」

俺は教えるのがどうも下手らしい。エイドは物分かりがよく、しかもそれを正確に人に伝えられる。あの男の置き土産は、こんなところで役に立っているのだ。

「すまないな」

「いいんですよ。強い方は、得てして持たざる者のことを忘れてしまいます」

「ルディのことか」

「はい。優しい方でしたが、それでも強すぎました。私は怖くなったのです。彼の心を見るのが」

俺は苦笑した。器量のいい男だが、考えすぎるところがある。持たざる者というが、とてもそうは思えないのだ。エイドは湖畔系のジグロ人であるため、ロイスの風土には合っている。彼の居場所はネメシスよりも、むしろこの国にあるのではないか。

「お前が傍にいてやれば、あるいは奴もアドラスティアなぞには」

いいえ。エイドは首を振った。

「ジェラールの侵攻を止められない以上、ジグロは滅びる定めにありました。ですから、どの道ルディさんは死に場所を探したでしょう。私には、止められませんでした。大事なもののために死を賭したあの方を、羨みさえします」

「あるいはあのデビルズで、初めて奴は生きられたのかもな」

端末が鳴る。誰だろうか。設定していない番号だった。

――ウィステリア、久しぶり。

「フレディか。もう三ヶ月が経つが、どうだ」

――なかなか難しい。有力者たちも土地を失って困窮している。取り返すには、国際世論を味方につける必要がある。

それは難しいだろう。俺は吐き捨てた。国際世論などというものは、はなから存在しないからだ。キロムやウエストバイア、ジェラールといった大国は一部交易しつつも互いに敵対しており、東部の大国であるカラノスは独自路線を貫いている。要はキロムの了承を取り付けフレインの資本を獲得すれば良いのだが、ジェラールの前で立ち回るとなるとこれは困難を極めることだった。

「騎士たちは、なんて言ってるんだ」

――グラム副団長が言うには、制圧すること自体は今の状態でも可能らしい。だが、既に入植したジェラール人が厄介だと。

ジェラール人の中には、ある種国粋主義に当てられたような者も多い。かつてのエハンス領は、比較的その傾向が強かった。それは自らの手で勝ち取った土地だからだ。そうでなくとも、一度入植した人間を立ち退かせるということは多大な労力の伴うことだった。

「して、シスルはいつ戻ってくる」

――来週までに戻れると思う。その時に僕も顔を出そうかな。あと、ミレーヌ殿下とお呼びすることだ、ウィステリア。もう君たちの兵士じゃない。

いいや。俺は通信越しで首を振った。彼女のことを考えても、その認識は共有できない。

「シスルはネメシスの隊員だ。少なくとも、あいつが望む限りはな」

――殿下を危険に晒すわけにはいかない。

「それには及ばんさ。巨人であいつに勝てるやつなど、いったいどれほどいる」

――だがそれでも。

フレディは納得がいかない様子だった。面倒になってきたため、俺はこう言って通信を着ることにした。

「じゃあな。くれぐれも飯代はけちらんことだ。あいつは見かけによらず気の短い女だ。お前も殿下にへそを曲げられては困るだろう。それでは」

返す言葉は、聞かなかった。強情なフレディと意見が合うとも思えない上に、すべきこともいくつか残っている。

 執務室へ向かうと、何ともロイスらしい男がせっせと働いている。ノースバイアの基地司令は、雑務から解放されるということがない。

「あ、隊長。お疲れ様です」

「カーク、すまないな。いつもこのようなことばかり」

「いいんですよ。同盟の軍人として、私の意志でロイスを選んだんですから」

「だが、あんたはベルズの民族ギルドにいたんだろ」

「ええ。当然、破門ですよ。でも私は、当時州知事だった長官の人柄に惹かれたのです。だから、同盟からどんな命令を受けようがこの基地は守り抜いてみせました。敵国と対峙するには、ここが不可欠ですから」

ここの戦略的価値については、カークの言う通りだ。どちらが獲っても、敵国への攻めの起点となる。逆に同盟とアリアンにしてみれば、この要衝を押さえられたことは大きな誤算だったろう。お互いに切り取り騒ぎをする分にはよいが、邪魔な第三者の台頭を許した。

 これによりロイスは国力で優る二国に対し、均衡ともいうべき状況に落ち着いているのだ。

 だがそれは、ロイスがノースランドの火薬庫であることも同時に示していた。満を持してここが破られることがあれば、それがどちらの国であっても瞬く間にキゼルまで押し寄せるだろう。俺たち義憤の雷が間に合わぬことは十分ありうる。ロイスが自衛力を持つ国家たるために、守備隊に課せられた使命は重大だった。

 そして彼らは、十分にそれを果たしている。戦力増強により、アリアン側から攻めてきても守り抜けるだけの力はついただろう。巨人もだいぶ様になり、ネメシスが抱える少女らにも圧倒されるばかりではなくなってきた。奴らも奴らで、黒い箱にいた時より速い速度で成長し続けているが。

 俺はロイス周辺の好循環にひとつ頷くと、端末に入った通信に気が付いた。

――あなた、聞こえる?

「ああ、どうした」

――衛星から国境三七地点に不穏な動きが見えたわ。陸戦隊、出撃を。

「承知。戦力規模はわかるか」

――そこまでは見えてない。巨人も考慮しておいて。

わかった。俺は通信をつけたまま。カークに手で合図をして部屋を出る。

 この拠点にうちの戦力を割いているのは、つまりはそういうことだ。訓練された兵士が足りず、国境警備に十分な人員を用意できずにいる。そも、基地ひとつと私設警備隊だけで千二百キロの国境線を監視することなぞ不可能だ。どこかに、必ずほころびが出る。無論衛星で管理しているが、それでも対応のラグは避けられない。

 屯所へと向かえば、隊員が暇を持て余している。わざわざ端末を用いるより、走った方が近かった。

「おい、お前ら。いるか」

「隊長、どうしたんですか」

「実戦だ。国境三七。お客さんをおもてなししろってな」

それを聞いて、隊員の目が変わる。彼らの在り方は守備隊員とは本質的に異なる。ネメシスの構成員にとって、戦いとは目的なのだ。であればこそ、頼れる。

 そうして、全員で母艦に乗り込む。地上母艦ストラは、ロイスの軍事工廠で建造された初の機動兵器だ。巨人五機を収容でき、火器管制システムにより重厚な弾幕を形成する。これにより少ない戦力を即座に要所に向かわせることができるが、しかしそのやり方は好かない。砲は当たれば良いのだ。その一発を当てるために鍛練を重ねるのであって、弾幕というものは貴重な弾を無駄にする愚挙に過ぎない。

 ともあれ俺たちは西に向かって発進する。砂漠上がりのイアンでも時速三百マイルが限界だった。地上を高速で疾る船は、操舵に熟練を要する。それゆえ性能を十分に発揮できる搭乗員が俺も含めて誰もいない。もちろん母艦としてだけなら十分運用できるが、最大速度回頭時間、あるいは運動性までも、熟練者が乗れば歴然だ。

 そして、それができる人間を俺はひとりだけ知っている。いや、知っていたが正確か。

「なあ、イアン。こいつの舵を任せたい奴はいるか」

「もういませんよ。あの子は天才でした。難しい操艦も笑顔でやってのけて」

イアンの言う通り、砂漠にはひとりの少女がいた。バーンズ・オーブリー。捨て子だった彼女は傭兵団に引き取られた。そこから操縦技術を叩き込まれ、俺が加わる前のジグロ戦線ではもう巨人に乗っていたと聞く。ヘンリーのふたつ上だから当時八歳か。異常というべき早熟ぶりだった。

「あいつの存在は大きかった」

「はい。拠り所を失い腐っていく俺たちの中で、あの子は希望でした。それが」

「あいつには人の心を変える力があった。いなかったら、ネメシスはねえだろうよ。俺もレナも死んでるか、あるいは柱にでもなってるかもな」

バーンズは砂漠のために笑い、泣き、そして戦った。だが砂漠はジェラール戦争で消滅し、バーンズも砲火に消えた。傭兵団の酒場には、夜でも太陽が燃えていたものだ。ベースを構えたときの誇らしげな笑顔は、俺たちに今を生きる力をくれた。

 ともかくだ。俺たちは地上艇の操舵手を取る事を拒んでいる。財団から送られてくる人材リストを黙殺するのは信用問題もあるが、俺やイアンが過去に囚われていることも大きい。そしてレナも、そんな俺を咎められなかった。

「ただもう、俺たちが後ろを向いてちゃいけねえ」

「あの子はどうです? バターカップの」

「アドリアナか。確かに操縦はうまいが、あいつには空母をやってもらいたい。その方が戦略的価値が大きいからな」

「ああ、あの新型ですか。となると、なかなか人材は見つからんもんですね。そういや、ミナは?」

「あいつか。あいつは兵士ではないし、背負うべきものもない。バーンズやヘンリーより楽な道を歩けるやつだ。ネメシスには向かん」

「バーンズといつも遊んでましたね。今何をしているのか」

「ジェラールは才能が不足している。出たがりのギター奏者は好かれるし、でなくとも奴は何をしてもうまく行くだろうよ」

そうこうしている間に、敵がいるという場所へとたどり着く。ソナーが示す敵影は、強い熱源を捉えていた。巨人の侵入を許した。こうなればさすがに心して望まねばならない。

「巨人ならびに歩兵部隊、出撃せよ。敵もすでにこちらを捕捉しているはずだ。できる限り視認されるな、地形を生かして展開しろ」

艦の砲座を回転させ、その陰から巨人が出ていく。敵の死角を意識し、射撃ポイントを決定していく。拠点防衛において、巨人は囮だ。対巨人榴弾を手に散開した隊員にその隙を見せるまで、これ見よがしに立っていればいい。当然格闘することにはなるが、そこで無理に前に出ると思わぬミスを招く。敵の数は最低でも二機。車両や歩兵の相当も待っているため、さっさと済ませたかった。

 そして、巨人同士が相見える。出足に機銃を撃ち牽制するも、さすがに止まる相手ではない。そして、その機体は予想とは異なるものだった。

「七丸か、攻撃目標を水素炉のある胸部に切り替えろ。しかしこんな場所に」

指示を出しながら、俺は自分の掌が汗ばんでいることに気づく。この機体も、すでにロートルなのか。二十年前に受領したサンドブルを、今でも使っている。白い機体色は灼熱の陽光でコクピットが焼かれないためでもあるが、最も重要なのは視覚効果だった。砂漠ではよく目立つほか、太陽の向きによっては目くらましにもなる。

 だがそれでも、性能が変わるわけではない。最新鋭機と比べれば、差は歴然だった。

 俺は敵の撃つ榴弾砲を迎撃し、その爆風で前に出る。斬り結んでしまえば、陸戦型のこいつの方がトルクは上だ。得物もこちらの方がでかい。斬り合いの空白にツヴァイハンダーを振り上げると、どこからともなく対巨人榴弾が飛んでくる。馬鹿野郎。俺は吐き捨てた。七丸の細い弾は空戦型のための装備だ。こいつには効かない。であればこそ、俺は振り下ろした。

 これを腕の小さな盾で受けるならば、いいだろう。俺は援護が不要であることを伝え、その太刀筋をねじ曲げた。肩口に斬り込めば、この巨人の一番脆弱な部分にたどり着く。

「中身を替えて出直してきな」

爆風の中で、すぐさま索敵に切り替える。残る二機は市街地へ向かう足を止めて俺たちを迎え撃とうとしている。やはり不利は伴うか。しかしこうなればもう憂うことはない。攻めるだけだ。

 機銃で相手の動きを絞り、榴弾砲に回避を要求し、主砲を叩き込む。俺も膝をつき、射撃姿勢に入る。巨人は砲座に過ぎない。バイザーを下ろし、フェイスカメラにサイトを収める。その十字の中心でその敵を捉えたときには、超音速の弾丸がすでに襲いかかっている。その結果は、論ずるまでもない。数分索敵を行なったのち、帰途に着いた。

 ただ、わからないのは目的だった。ロイスにネメシスがいるのはもう周知の事実であり、いかにアリアンが七丸の技術支援を受けていてもその差は歴然だ。こちらは財団の最先端の製品が常に与えられるのだから。

 当人はともかく、上は勝てるとは思っていまい。これはなにがしかの合図だとみるのが自然だろう。だが、それは何だ。ロイスを奪い取りたいなら、同盟と密約でも交わして一気呵成に攻め込めば済む話だろう。こんな方法を取るということはよほど同盟との仲が悪いか、示す先が異なるか。

 後者の場合は、危険だ。アドラスティアが調べてはいるが、エリオの旧友とやらがどこに潜んで何を目論んでいるかはわからない。ティシポネもまだ潜伏して機を伺っており、油断はできない。

 今はロイスに全戦力を配備しているが、ずっとそうしているわけにもいかない。ジェラールはフレインを諦めているわけではないだろうし、サウスランドの情勢も不安定だ。ロイスに国軍ができるまでは、少ない戦力で守り通すほかない。

「隊長」

イアンにも、その危惧は伝わっている。この男は上からも下からも好かれる男だった。

「なんだ」

「帰ったらセッションしましょうよ」

すぐには、首を振れなかった。それをしていいものかという不安がある。過去を振り払うことが正しいのか、わからないのだ。柄ではないが、冗談を挟むほかなかった。

「あいつを呼ばないと拗ねるぞ」

「そうですね。それに歌なしというのは、砂漠の柄じゃありません」

「歌えるやつなら、グースにもいる。あるいは奴らも、自然に音楽を求めるのかもな」

拠り所のない兵士は死ぬしかない、なければ作れ。イアンはかつての頭目の言葉を口ずさむ。

「アレックスにとってのそれは理想でした。ですが、ヘンリーのやつはどうでしょう。今のあいつを支えるものはありますか」

正直を言えば、考えたことがなかった。俺は俺自身だけを拠り所としていると信じていたからだ。ライルの言葉は空虚なダンディズムだと思っていたし、拠り所などを求めては兵士は死ぬだけだと思っている。

 だがそれでも、兵士は孤独だ。死に引きずられないようにするには、この世との縁が必要なのだろう。俺にとっては、言うまでもない。だが、それは弱さでもある。ネメシスはアドラスティアのような屍兵にはなれない。

「やつもネメシスである以上、それが必要だろうな」

 そういう意味では、バーンズは俺たちに生をくれた。ヘンリーを弟のように可愛がっていて、互いにその先の感情まで芽生えていただろう。だからこそ、やつは屍兵になるべきではない。それはバーンズが望まないからだ。

 バーンズ以外の女に、やつが拠り所を求めることはないだろう。兵器に愛着がある方でもない。であれば、何を見るのだろうか。

 思索に耽っていると、拠点に着いた。艦を降りると、基地は騒然としていた。勝手知ったる基地を見慣れぬ人間が歩き回っている。ひとまず帰還の報告のため、司令室ヘ向かう。

「あいつらはなんだ」

「七丸の技術者だそうです」

七丸。俺はそう言ったのち言葉を失った。ネメシスは、財団はどうした。

「許可は」

「取ってあるそうです。証書も見ましたが、本物でしょう」

俺は舌打ちをした。精巧な偽造品を見すぎて、もはや真贋など論ずるのは馬鹿らしくなっている。

「それよりも、あそこの技術支援は高額だ。それに周陽だけならいいが、カラノスの後ろ盾がある。借りを作れば面倒だぞ」

「ええ。だから話だけだと思うんですが、ともあれ長官の言葉を聞かなければ」

「そうだな。連絡は取れるのか」

「それが先程から繋がらなくて、あ、着信」

通信を開くと、強いノイズに阻まれた。ヴェルナーは何をしているのか。俺は小さな焦りとともに歩を進めた。

「貴様ら、何の用でここにいる」

その言葉に、細長い顔の男が答える。

「ロイス長官からの依頼です。内密にとのことで」

その拍子抜けするほど率直な回答に眉をひそめつつ、俺は返す言葉を探した。

「見てわかる通り、ここは財団の縄張りだ。機密に触れないよう、気をつけて歩くんだな」

「ええ、そのつもりで参りました」

答えた男の頬に、わずかに浮かぶ微笑を見た。なるほど、敵はどこにいるかわからんということか。去っていく男から視線を切るのも忘れ、俺は立っていた。

「隊長、どうしたんですか」

「すまん。少し考え事をしていた」

「どうやら財団にも、嫌な動きがありそうですね」

「俺たちは、ここを守り抜くだけだ。あいつに余分なものを背負わせるわけにはいかない」

ふと見ると、イアンが笑っている。どちらかと言うと堅物で表情を表に出さない男であり、俺はその理由がわからなかった。

「ああ、すいません。司令の話するときの顔、もっと他の人にも見せたらいいじゃないですか。隊長が思っている以上に、隊長のこと知りたがってる人は多いですよ」

俺は閉口した。レナの前でさえ、俺はにやけているつもりはないのだが。

「うるさい。艦の点検が終わり次第、防音室に集合」

「承知。エイドも呼びますか?」

「ああ、あいつは砂漠の男だ」

イアンは微笑を浮かべ、それに頷く。整備を終えれば、陸戦隊の夜が始まる。そこにはバターカップの可憐さも、砂漠の女たちの優美さも強さもない。

 歪でむさくるしい男たちの挽歌だった。

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