第一章
IRON KNEES
登場人物 略
用語
ミューズ……機動空母。同タイプのグースより幾分小さく、少数精鋭のネメシスに合わせほぼ無人でも航行することが可能。火器も充実しており、単艦での戦闘能力は高い。
だいぶ暑さもひいてきて、服選びが楽しい季節になった。私のしもべは、文句言いつつ着せ替え人形をやってくれる。ほんとはもうひとり、ひときわ可愛いしもべがいた。もし生き残れたらあいつが世界一可愛ってこと、知らしめてやろうって決めてた、それなのに。うん、今はそんなこと言ってても仕方ない。心の中で、いくらでも服を着せてやろう。どうせあいつより可愛いやつは、あいつより好きなやつはもう現れないんだ。
そろそろ起こしに来るかな。ここだけの話、いつも早く起きてるのは私だ。頼み込むように起こしに来るあいつが、哀れで可愛いからいつも寝たふりをしてる。
さ、もう誰かわかったよね。私は布団をかぶり、しもべが階段を上がる音を聞く。
「おいニーナ、起きてくれよ。今日テストだろ。あんなに勉強したじゃないか」
「……アニタやめて、そんなところいじっちゃ……やん」
「また寝ぼけてる。こら、胸に手伸ばすな」
これで気付かないのだろうか。薄目を開けると、アニタの泣きそうな顔が浮かぶ。正直ここまでとは思わなくて、ちょっと動きそうになってしまった。
「なあ、起きてよ。ニーナ。お前がもし落第でもしたら、マギーに合わせる顔がないよ」
ずるい。こいつは私の狸寝入りも知らずに天然でこういうことを言う。そんなことを言われたら、私が悪いみたいじゃないか。
「……ごめんアニタ」
涙目で抱きつく。アニタがマギーとどんな約束をしたかはわからないけど、こんな私のためにすることじゃないのに。
「ほら着替えて、手伝うから。朝ご飯はお弁当とまとめたからホームルーム前に食べよ。うう、腹へった」
そう言ってアニタはパジャマを脱がせ、代わりに制服を着させてくれる。さすがに目は覚めているが、自分のためにせっせと働いてくれるアニタを見るのは気分がいい。そのまま着替えを終え、覚えさせたヘアセットをしてもらう。アニタがしてくれた時は、流行ってる青いアクセをつけるからひと目でわかるようになってる。本来なら乾くまでは行きたくないが、致し方ない。手を差し出し、引っ張られる形で私は家を出た。
「なあ、なんで起きたとき顔赤かったんだ?」
「アニタがばかだからよ」
アニタはスラックス姿で走る。私はスカートだが、特に気にしないため歩幅は広い。
「なんだそれ。そういえばニーナ。隊長から夕方ロイス邸に集合って」
「わかった。私の分の鍵、入ってるよね」
「もちろん。でも驚いたよ。ニーナまで戦うなんて」
それは、そうだろう。ここに来てからの私は、それを拒み続けてきた。もう戦わなくていいのに、自分が死地に赴くのは嫌だった。でも今、紛争の激化やテロによってこのロイスも安泰とは言えなくなっている。そんなロイスの平和ぼけしたばかたちの顔を見て、そのままでいてほしいって思った。もう私らだけじゃ、平和なんてわからないから。自分の居場所は自分で守りたい。ほんと、器用じゃない。
教室に着くと、みんな勉強してる。私はジョンのところに行き、教科書を奪った。別れてからも気にせず接してくれるこいつは、思ってたよりもいい奴だった。まあ、私にはなんの気持ちも残ってないんだけど。
「ちょっと、何するんだ」
「今日もばか面ね。勉強はどう」
「ちゃんとやってるよ。お前と違ってな」
黙らせるため、教科書の角で頭を小突く。セットしてるけど関係ない。
「しかしみんな真面目ね。そんなにまでしなくていいのに」
「うるさいな、返してくれよ」
つまらん。そう思った私はぽいと教科書を投げる。その後席に着き、アニタの作ってくれたノートをぱらりと見た。
テストはホームルーム直前まで行われるが、途中で出ていってもいい。私はさっさと解いて、解答用紙を提出しようとした。
「ニーナ、お前は最後まで解け」
立つだけでこれなのだ。私はしたり顔で解答用紙を見せる。
「これで文句ないよね」
ほら、何も言ってこない。私はさっさと荷物を持って空き教室へ向かう。
「来たよ」
「早かったじゃん。ちゃんと解いたか?」
「楽勝よ。ニーナさまをなめんじゃないわ」
「私が教えたんだ、少しは感謝してほしいな」
「何よ偉ぶっちゃって。アニタの癖に」
サラダを食べながら、パンを口に含むアニタのほっぺたをつつく。これがその辺のパンよりもちもちで癖になる。そうやっていちゃいちゃしてると、空き教室にひとり入ってきた。
「ニーナおはよう」
「あ、リン。テストできた?」
「まあまあ。今カレンが頑張ってるから、それが心配で」
アニタには一生できない物憂げな顔は、そのせいだろうか。それにしては、表情が暗い。
「リンどうした、笑顔笑顔」
「ありがと。今日の招集のことで、ちょっと不安で」
「大丈夫だって、ニーナさまに任せなさい」
「でも、国境へ行くのも、班長がいないのも初めてだよ。大丈夫かな」
リンの不安はもっともだった。だけど、そう言ってても仕方ない。
「あんたはエリザから一本取った。パットもラウラに迫るように成長してる。サラはもうマックスを超えた。私たちだけでもやれるさ」
そう言うと、リンがくすりと笑う。何か、変なこと言ったかな。
「ニーナって、時々すごく頼もしく思えるのよね」
「い、いつも思いなさいよ」
「はいはい。カレンのことも、ちゃんと心配してくれてたの知ってるんだから」
「ほっとけないのよ、あいつは」
「ありがと、じゃあね」
リンはそのまま教室へと戻っていく。そろそろホームルームが始まるため、私もアニタと戻ることにした。
そこからは、退屈な授業が始まる。私は寝ているか、落書きをするか、それでも暇なら話を聞いてやる。ノートはしもべが取ってくれるから、わからなくなることはない。
夕方になると、ようやく私も元気を取り戻す。クラブもあるが、しもべをいじって遊ぶ方が最近は楽しい。そうでなくても、今日は予定があるから空き教室で集合していた。
「よーす」
「あ、ニーナだ。よーす」
アディとも、だいぶ打ち解けたものだ。もう許してくれたのかな。
「これで全員だね」
「はいはーい、今日は私が運転する番」
「え、やだよアディの車。絶対飛ばすし」
サラが文句を垂れる。実際、アディの運転は攻めすぎだから仕方ない。イサベルは甘いから何にも言わないけど。
「じゃあこっちだ。うしろ詰めてやって」
「はあ、しょうがない。わかったよ」
「みんな乗ったね。じゃあ行くよ」
「
その声だけは変わらない。私はアニタの隣に乗り、後ろに三人を押し込む。サラとゾフィはちっこいから、まあ入るだろう。アニタはエンジンをふかし、学校を飛び出した。
「ヴィクもラウラも、セントジョナサンにずっといるもんな。ゾフィ、さみしくない?」
「うん。ヴィクは、毎日連絡くれるし、ときどきラウラも」
ゾフィはまだ、私を見ると肩をすぼめる。しょうがない。私がしたことは、許されるべきことじゃないんだから。
「しかしほんとゾフィは愛されっ子だな。サラがやきもち焼くぞ」
アニタの言葉に、サラがふくれっ面をする。思えばバターカップも仲良くなったものだ。黒い箱時代は、村社会みたいに小さく閉じこもって、周りとは友達のふりをしてた。特に四班とは本当に仲が悪かったと思うし、二班や三班ともグレイスなしで関わるのは絶対にできなかった。
「ニーナ、何がおかしいのさ」
「べつに。ほら、着いたよ」
そう言って、変な顔のサラから視線を切る。ロイス邸には、グースの代わりにこぢんまりした空母がある。名をミューズといい、ネメシスが手にした新たな力だ。自分の奥底をありのままに表現する、そんな意味があるらしい。ばかじゃないの、以前の私ならそう切り捨てただろう。でも、いまの私たちがすべきことはそれなのかもしれなかった。
「よく来たな。ミューズには慣れたか?」
「そりゃあ、操艦演習は嫌というほどやりましたからね」
「鬼隊長が許してくれないんだもん」
隊長は笑いもせず、リズに鍵を渡す。グレイスやヴィクがいない中で艦長を選ぶなら、まあ彼女しかいないだろう。
「今日は南部国境だ。実戦が想定されるため、安定飛行に移ったらすぐ演習に入る」
苦言は上がらない。アディあたりが何か言うと思ったが、意外と真面目な顔をしてる。
艦に乗り込み、離陸準備に入る。最新の艦だけあってエンジンの始動に手間はかからない。といっても私は搭乗員だから戦闘までは特にすることがないのだけど。
「これより本艦はノースバイア基地へと向かう。総員、離陸の用意を」
リズはブリッジを見渡し、声をあげる。
「アニタ、計器は」
「出力クリア、回転数クリア。離陸できるよ」
「ありがとう。アディ、高度上げて、右に百三十五度回頭」
「
レバーを絞ると、艦が上昇していく。町を見下ろす十分な高度に達すと、徐々に向きを変えていく。私は暇だから、ブリッジから外を見ている。
「針路を南に。ミューズ、発進する」
「最大船速、発進」
そう言うと、艦は水平移動に入る。速度が安定し始めると、隊長が声をあげた。
「では演習を開始する。通信士」
「七時の方向に敵影、数は四つです」
リズはそれを聞いて指示を出す。実際、艦隊指揮のシミュレーションでグレイスに匹敵するスコアを出したのは彼女だけだ。私も人をこき使うのは嫌いじゃないし、結果も悪くなかったけど譲るしかなかった。
「各砲座、発射用意。巨人部隊、出撃」
「
四人はブリッジから格納庫へと移る。巨人に飛び乗りメットをかぶると、システムを起動した。通信を艦に合わせ、順にカタパルトへと向かう。
まずはリンとパットの二機が飛び出していく。私はサラにグータッチを求めたが、無視された。つれないやつ。
足元を固定し、空に放り出される。空戦型の訓練は本当に腕が動かなくなるまでやった。私にはグレイスが付いてくれたが、彼女の成長速度が私よりも速いせいでぜんぜん勝てないまま合格だけくれた。彼女はどこまでも責任感が強い上に、たぶんマギーのことを悔いているんだろう。私に細かいアドバイスをするときも、どこかつらそうだった。
――出撃まで一分二秒。遅いとまでは言わないが、実戦では一秒でも早い方がいい。反省点を確認しておけ。よし、巨人部隊はそのまま二手に分かれ、対抗演習に入る。サラとリンが攻撃、ニーナとパトリシアが防衛。開始は二十秒後だ、すぐ用意しろ。
防衛側は苦手なんだ、余計な事考えなくちゃいけなくて。まあ、やらなきゃいけないことも出てくるし仕方ない。離れていく二機を、ミューズの上で待つ。そして個別回線以外を閉じ、パットの鋭い声を聴いた。
――接敵。
その瞬間に、リンが最大速度で突っ込んでくる。パットがそれに応じ、間合いを測る。
――アルファには私が行く。後ろは任せた。
「おーけー」
とは言うものの、ストライカーのパットが艦を背にしてリンを止められるとは思えない。抜かれた時のケアをしつつ機銃でリンを狙う。リンは的確にパットを盾にしてその照準を向けさせない。
「艦との距離維持して。ベータを牽制しながらこのまま動くのを待つ」
――あいよ。ちっ、攻めが厳しい。ベータが来る前に援護を。
仕方ない。艦から見て左はパットが塞いでくれている。サラの位置取りも巧妙で、私が前に出て右を抑えるのを待っているようだった。サラは格闘技術を除けば、もう誰にも劣らないだろう。旗色の悪いパットに対し、私は身動きが取れずにいた。
――しまった。
パットが剣で押され、艦の方向へ後退する。本来であれば、裏を取られないようにリンに対して真後ろに退かないといけなかった。それを見た私は腹を括る。絶対に、左からくる。リンがパットの陰に隠れ、左に機影が見えた瞬間。私は突撃して、機銃を撃った。気付いた時には、もう遅かった。
「な、サラ」
機銃はサラの盾に吸い込まれ、右から出てきたリンは艦に銃口を向ける。防衛戦には不慣れだったと言っても、やはり負けるのは悔しい。私は歯噛みしながら回線を開いた。
――全機帰投。のちブリーフィングルームまで。
私はため息をついて、艦へと機体を動かす。そこで私が見たのは、リンにひかえめなハイタッチを求めるサラの姿だった。ぱちっと小さな音がしたのちリンの顔が見えると、やはりぽかんとしていた。
「サラ、どうしたの」
「エリザからの命令。連携がうまくいったら絶対やれって」
すまし顔でそう言ってのける彼女は、やはり変わった。そのまま演習を振り返る二人をよそに、私は悔しそうな顔で出てくるパットに近寄る。
「ごめんニーナ。私のミスだ」
「私も、もう少しうまく動けた。お互い様だよ」
「もっと自分で考えられるようにならないと、今のままじゃダメみたい」
その通りだった。特訓が始まるとき、私はグレイスと同じくらい操縦がうまくなればいいと思ってた。でも、それだけじゃグレイスがしてることの半分もできてない。グレイスは目の前の相手と戦いながら、常に広い視野で動いていた。パットも、ラウラと自分との違いを感じてる。そこが同じだからこそ、このペアで演習が組まれるんだと思う。
「全員帰還しました」
「ご苦労。戦闘データをもとに、各自反省するように。お前らには、もうそれができるからな。では解散」
そう言って、リンとサラが去っていく。私とパットは、示し合わせてもいないのに動かなかった。
「まだ劣勢時の行動選択が甘い。不慣れな状況を繰り返しやらせているのはそのためだ。確認しておけ」
「はい」
隊長は、どうも私らに厳しくするのが苦手だ。それは私らが可愛いから、ではなくまだ扱いに困っているんだと思う。ずっと軍人として育てられていたから、道具のように使われても戸惑ったりはしないんだけど。
そろそろ国境が見えてくる頃だそうだ。ノースバイアは同盟のアリアン方面の要衝だったと聞いてる。今回はちょっとたいへんらしく、何日もここで防衛線を張るんだって。でも大規模な侵攻作戦が始まっちゃうと私らだけじゃ抑えられないかもだし、どういうつもりなんだろう。
そしてミューズは基地を確認し、着陸準備に入る。そこで見た景色に、私は一瞬息を吸うのを忘れた。開けた荒野に広がる、巨人の群れ。同じだ。私からマギーを奪った、あの南方国境と。
ブリッジへと向かう。ブリッジクルーだけじゃなく、全員が集まってぶ厚いプラスチックの窓を見ていた。私は何も言わず、アニタの隣に立った。もし泣き出しそうになっていたらとおもうと、怖くて顔を見れなかった。
だから、肩に置かれた手に私は驚いた。
「今度は、守るぞ」
「あ、当たり前よ」
言いながら、みんな同じなんだと気づいた。繰り返さないためには、自分が強くないといけないんだ。
着陸し、基地へと入っていく。兵士の顔を見る限り、もう実戦は始まっているみたい。まずは指令室へと向かった。ここの守りを任されているのは、同盟軍の士官だったというカークさん。その割には職業軍人の固さがなくて取っつきやすい人だ。
「ミューズ艦長リズボン・メイジャー以下十一人。着艦作業を終え、参上いたしました」
「ありがとう。巨人は五機ということだったね。こちらの巨人五個小隊をそれぞれに率いてもらいたいのだが、陸戦隊長。それでもよろしいか?」
「俺は基本は砲の指揮を執る。こいつらに任せればいい」
後ろから響く隊長の声にひとつ頷き、カークさんはリズの方を向き直した。
「では、艦長。それでもいいかな」
リズは振り返り、私たち四人の方を見る。サラとリンは頷き、パットは胸に拳を当てる。難色を示すやつは誰もいない。私も笑顔でその答えとした。
「はい、問題ありません。それで、今後の予定は」
「明日明朝に演習を組んでいる。指揮系統の確認だね。だけど今日が開戦となるかもしれない。その場合は独立小隊で戦ってほしい。そうなっても、いずれ機会を設けるつもりだ。隊長、それで問題ありませんか」
ああ。そう言って頷きながら、隊長は腕を組む。
「砲兵隊の合わせを今日やりたい。問題ないか」
「はい。今から予定を組めば二時間後に開始できます」
「それならいい。俺が巨人に乗るよりも、砲の精度を上げる方が戦線は強くなる」
「では、今から打ち合わせを。艦長、長旅ご苦労さま。今は少しでもクルーの体を休めてほしい。では、解散」
そうして、私らは部屋を出る。基地に来ても、緊張状態では街に繰り出せるわけじゃない。寝るのはどうせ艦だし、実際のところあまり変わらなかった。ミューズはみんなの家みたいなものだ。もちろん、戦いは切り離せないけど。
警戒状態には、守備隊よりは慣れていた。ロイスの人たちが設置してくれたエスプレッソマシンが、ひっきりなしに稼働してる。リビングに集まって、寝ないようにリズが淹れてくれてるのだ。みんなの好みを覚えている彼女は、やっぱ艦長の器なのだろう。私たちをつなぎとめたのは、そんな小さなことなのかも。戦地の不安や怖さを、このカフェでだけは忘れられる。
「はい、ニーナはそのままだよね」
「ごめん、砂糖四個ちょうだい。アニタも同じので」
リズは目をぱちくりしたが、すぐにその意味に気づいた。アニタの分のカップとともに、積まれた角砂糖が運ばれてくる。私は慣れない手つきで、それを小さなカップに入れた。
そして唇がカップに触れると、暴力的なまでの甘さが口内を襲った。
「うええ、甘すぎ」
「そうか? 私はもっと甘くてもいいけど」
「あんたはいつもカプチーノでしょうが」
文句言いながらさらに口に含むと、その甘さがひどく懐かしいものだと気づく。これでも苦いというアニタは、逆にその苦さを懐かしんだりするのかな。
緩やかな空気は、いきなり鋭い音に切り裂かれた。
「リン、この音」
「うん、来る」
地面が揺れ、巻き起こった轟音をかき消すように警報が鳴る。カップを残したまま、私らはそれぞれブリッジと格納庫へ走った。今は砲兵部隊が演習を終えたころかな。巨人が出るまでもってくれればいいけど。
――隊長より。国境に駐留していたアリアン軍が進軍を開始した。目標はここノースバイア基地。今のところ同盟は静観してるけど、動き出す可能性は否定できない。慎重に遂行せよ。
「ハッチ開けて」
――うん、今開ける。各員、持ち場について。巨人部隊、出撃せよ。
「
ただの返事でも、気持ちが込もれば声も大きくなる。そして巨人を動かしハッチの前に立つと、ちょっと汗ばんだ操縦桿を引き絞った。
そうして空から国境を見る。アリアンの数は目測で三十機以上。そして同盟は……。
――うそ、こんな数。しかも、ハウンドもあるよ。サラ、識別は。
――敵影のうち三十七がアリアン。二十二が同盟、残る二十は、公国。同盟は知らないけど、こいつらは隙を見せたら来るよ。
サラの口ぶりは重かった。そのまま砲兵隊や守備隊の巨人の頭上を通過し、敵の前に立つ。
敵はその場から動かずに、砲撃を続ける。狙いは厳しくなく、私らはまだ前進する余裕があった。だが、そこから先に進むのはためらわれた。足を踏み込めば、戦端は完全に開かれてしまう。二の足を踏んでいると、後ろから通信が入る。
――巨人部隊は基地を中心に散開。敵の装備には対巨人弾もある。慎重に前に出ろ。ミューズ、並びに砲兵隊。巨人部隊の援護を。
それを聞いて、少し身構える。私の機体はどちらかと言えばエリザのネーメに近い。でも私にあいつの目はないし、技もない。もし当たっちゃえばダメージは大きいだろう。でも、避ければいい。そんなことで弱気になってちゃいけないんだ。これから、こんな戦いがずっと続くんだから。
――
――わかった。アニタ、計算を。
――装填準備完了。最速なら時間エリザで行ける。
「オーケー。じゃあ位置について」
よーい。数秒の空白の中で出力を最大にまで上げ、一列に並んだ四機が敵に狙いを定める。
今更戦うことに、怖さはないと思ってた。でも今、あの時よりずっと死にたくない。と思ってる。それはたぶん、強くなったからなんだろう。私はアニタみたいにほっぺたをぱちんと叩き、その目の先に敵を見据えた。
砲声が聞こえる。ペダルを踏み、着弾より先に切り込んでいく。今までと違って、この戦いは自分が選んだことだ。だからこそ、レバーを握る手にも自然に力がこもっている。
あの時と同じ放火の海を、今度は強い気持ちで泳いでいける気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます