IRON HORN 2ND VOL.

  登場人物

ハレー……第二柱。写真家の側面を持つ。

オルコック……第四柱。ジグール湖畔地方で傭兵をしていた。

ツィナー……第六柱。東国のゲリラ部隊出身の強気な女性。

グリグ……第九柱。東国の軍事国家にいた過去を持つ。口数は少ないが熱しやすい性格。

ホームズ……第一柱。代理総督であり、キロム退役軍人。

ピエラ……第十一柱。一卵性双生児の姉弟で、潜入に長ける。

ブランペイン……第十二柱。巨人の戦闘力ではアドラスティアでも最高レベル。


 灰色の森の名を持つ首都から、鉄道で丸一日を要する。キロムの港には、ひとつだけ公に知られていない場所があった。そこはすでに本来の役目を終えた、北にはもう何もない極寒の港。そもそもだれも近寄らなかった。北から時折押し寄せる流氷には死しかなく、かといって陸地を見ても小さな漁村があるだけだ。

 アドラスティアの原潜は、いつもここに僕を迎えに来る。僕はひとつ手を振ると、開けられたハッチに乗り込んだ。

 同じ北岸でも、油田のあるリーブスは工業都市を併設し、歓楽街も栄えている。思えばリーブスに行った夜、僕はあの少女と出会ったのだった。

 エリザ・グラハム。彼女だけは、戦火に彩られたコンビナートを違う目で見ていた。花のように無垢な表情は乾いており、娼婦としてこの街で生きるだけの女とは思えなかった。だが勧誘とあらば、本来であれば当然一般兵として誘う。一般兵も軽い破壊任務をこなすために必要な存在であり、人手は不足していた。巨人の操縦も、連れて行ってから教えるつもりだった。だが経緯を知れば、すぐに方針を変えた。

 彼女はバターカップ事件の主犯。巨人クラスで創立以来の天才と呼ばれ、十歳の時に脱走した。彼女は直感的にジェラールを避け、西の海を目指した。そして流れ着いた先がリーブスだったのだ。幸か不幸か、秀麗な若い女の働き口など山ほどあった。そこでの生活の中で、あるいは感覚が磨かれたのかもしれない。

 与えられた柱名はブランペイン。小さいが、内に危うさを秘めた彼女にはよく似合う。番号は十二。十を超えた番号は三年前のピエラからで、次の世代の人間であることを意味する。

 由来はかつてテンペルが見たという、人の成れの果て。どの歴史書にも載らない、兵士だけの口伝があった。

 バイール終戦直後、安堵に浸る人々を震え上がらせた悪夢。実験部隊「オーナーズ」は、中央バイールに建国されようとした共和政国家を一夜にして焦土と化した。巨人のわずか一個中隊が、国自体を無かったことにしたのだ。指揮官は最低で最強の兵士。その男の名前はもはや闇の中だが、十年ほど前に顔だけは見たことがある。美形であろう相貌はくたびれ、目だけが異様に鋭い男だった。一説にはキロムに亡命したという話も聞くが、もはや誰も彼の消息を知らない。

 ブランペイン、エリザの顔つきはその男にどこか雰囲気が重なるのだ。そして彼女の圧倒的な反応も、どこか論理性に欠けた鋭利すぎる感覚によるところがある。それは資料で見たオーナーズの薬物投与による効果に近い。もし彼らの力を天分として持って生まれたのであれば、それはもうわざわいそのものだろう。彼女はアドラスティアだった。

 こう殺風景だと、つい余計な思考を巡らしてしまう。

 暗く冷たい海中を基地に向かい進む。これを作ったのは、世界最大の武器商であるテンペル財団。黒い箱のローズ・ワンとしてバイール戦争を生き抜いたテンペルは、一代で財を成した。彼は国を顧客とし、兵器を売った。戦争を売ったといっていいだろう。

 そして十年前、彼はより明確な見本市が必要だと考えた。すなわち子飼いの傭兵団だ。強大な軍事力を有する少数の部隊をもって、ただ壊すことで商品たる兵器の有用性を証明するのだ。それがアドラスティアであり、ネメシスであった。最も俗な言葉を用いれば、広告塔だ。我々は光であり、歴史を作る者。テンペルはそう嘯いたものだが、その実アドラスティアが作るのは混沌と戦争だけだった。

 アドラスティアは避け得ぬ災禍。そしてネメシスは義憤。単純な構図だった。その後ネメシスは資金の一部を断り、純粋な傭兵として活動を始める。彼らはその行為に大義を見出したのだ。対するアドラスティアに意思はなく、味方もない。ただ破壊だけがテンペルの求めるところだった。

 僕がそれに賛同したのは、なぜだろうか。彼は何も語らない。自身のことも、その本心も。それでもついて行きたいと思えるだけのものが、彼にあったのだろう。考えたところでいつもその程度の結論しか出てこない。であれば、その先のことが見えるよう今は自分のことをするだけだった。

 海中四十メートルの搬入口が開き、原潜が収められる。足場で固定されたのち一部の水が抜かれ、僕は基地へと降り立った。

 搬入口はそのままブリッジと同じフロアにあるため、パスを三重に入力し入る。パスはハレーたる自分専用のもので、メインコンピュータは今誰が中にいるかを全て把握している。

 死んだ人間たる自分が席を置くような場所か。頬を皮肉に歪めた私は、分厚い扉の先に進むことにした。

「第二柱ハレー、戻りました」

「ご苦労。今はちょうど柱が揃っている。今後のことも話しておこうか」

「キルヒは?」

「彼自身の希望でカラノスに行かせている。大陸西部には当分関わるつもりはないらしい」

「自由なもんだな。別にいいけどよ」

 入って早々、ツィナーが毒づくのが聞こえる。

 ブリッジには合計八人、七本の柱があった。ホームズ、ハレー、オルコック、ツィナー、グリグ、ピエラ、そしてブランペイン。

「あーあ、もう飽きた。最近つまんねえ任務ばっかりだし、あたしの相方はこの筋肉だるまだし」

「言葉の使い方に気をつけろよ、ツィナー。虫の居所が悪いのはお前だけじゃない」

「ああ? グリグよお、お前にあたしの気持ちがわかってたまるかってんだ」

「なんだ、やるか」

「いいぜ。かかってこいよ」

「やめないか、ふたりとも」

 声をあげたのはオル。ほとんど喋らないが、どうも締まりのない柱たちの前では諌め役なども半ば押し付けられている。実力もブランを除けば比類ないだろう。

 なにせ彼は、曲者揃いのジグール傭兵をまとめ上げた不死身のルディなのだから。かつてミッドランド全域で活動した砂漠の連中も、ジグール湖畔まではついに手出しできなかったと聞く。

 だがその所以は、彼のもうひとつの顔に由来するのだろうが。

「して、ホームズ。今日はどのような要件で」

「何、年明けの黒い箱討滅戦のことだ。以前伝えた編成では、オルとブランに一般兵四機を付けた。だがどうやら、以前の目算よりも敵の戦力が多く予想される。そこで予定を変更し、柱だけで行くことにした」

 そこでだ、その戦列に加わりたいものはどれほどいる。ホームズの問いに柱は様々な反応を見せた。ブランだけが渋い色を見せたのは、境遇から致し方ないことだろう。

「俺とブランはもう入っておりますね」

「あたしは行くよ。グリグ、お前も来るだろう?」

「ああ、久々に強敵と相見えそうだしな」

「僕はやめておくよ。まだその時じゃない」

 視線に応じて僕がそう答えたのち、短い沈黙があった。

「ピエラ。お前らはどうだ」

 問われたのは十代後半くらいに見える白髪の男女。その顔立ちは近くで見ても違いが見いだせぬほど瓜二つだった。彼らは巨人というより白兵戦や諜報において力を発揮するタイプだ。

「姉さん、どうする」

「私は行かない。今やってる作業もあるし」

「では僕も」

 そう言ってふたりは去っていく。ホームズは引き止めることをせず、司令室に残った柱を見直した。

「その四人なら過不足ないだろう。今のうちに作戦概要を説明しておく。資料はあがっているから端末を見てくれ」

 液晶に地図が示される。今回は全て、黒い箱と南方国境を挟む地域で行われるようだ。

 表示されたエンブレムは多岐に渡った。黒い羽に炎はアドラスティア。白い羽に雷はネメシス。それぞれ花があしらわれた黒い箱連隊。禿鷲の翼はジェラール正規軍。そして最後にグラム中隊。歴史ある騎士の盾は、黒い翼で汚れていた。

「最も重要な点は、どこがどこを敵とみなすかだ。我々は当初は黒い箱のみを目標とするが、敵対行動を取るもの全てを破壊するのは変わらん」

「黒い箱など、吹けば飛ぶような存在。何故、総督はかように入念になさる」

「グリグ、本質を見誤るな。本作戦は黒い箱という客観的かつ歴史的な悪を、滅ぼすことにある。図らずもそこには大義があり、ネメシスと行動方針が重なる。恩を売れるわけだ。これは我々のこの先において重要なことだ。連中と真っ向から敵対すれば、それは脅威となりうる」

「だがネメシスの兵は強くない。オルはともかく、あれぐらいならあたしだって蹴散らせるぜ」

「ツィナーの言う通り。何故そのようなものを恐れますか」

 では聞くが。そろそろ苛立ちを覚えてくる頃のホームズは静かに語気を強めた。

「歌姫が仮に巨人に乗ったとして、この中の誰が奴を止める。私は、ブランがやっとだと思うが」

 これに押し黙ったのは二本の柱だった。砂漠で対峙した経験のあるオルなどはその実力をよく理解していようが、東国出身のふたりにはもはや噂にしか聞かぬ存在だった。

 実際のところ、砂漠の歌姫など伝説に過ぎないと思っていた。なにせ敵対する誰もが、見たことがないのだから。外の人間が観測できるのは、傭兵たちの酒場から漏れ出す芯の通った歌声だけ。そこに分け入る命知らずなどいようはずもない。

 だからまだ、二人は威勢を保てたのだろう。

「それでも、大陸で最も精強である柱が、負けるなど」

「グリグ。貴様、かつて極東のマヤウにいたらしいな。少数部族の制圧も任じられていたと聞く」

「それが、何か」

「さいきん知ったことだが、あの女。蠱毒のリラだそうだ」

 グリグだけではない、ツィナーの表情まで凍りついた。その名は東国の軍人にとって恐怖以外の意味を持たない。二人はついにこの一件について口を開くことができなくなった。

 少し余談が過ぎたな。ホームズは仕切り直すと、地図を映した大画面に目を向けた。

「敵はそれだけではない。第三師団のライル、エハンス騎士たち。目標である黒い箱も実力をつけているという話だ」

「でも、あたしらにはいつも最強の機体が用意されてるんでしょ?」

「我々には時代で最も性能の高い巨人を用いる強みがある。だが奴ら、エハンス騎士には、その常識が通用せんのだ。巨人の性能に飛躍的な進化をもたらしたエハンスは、その技術を門外不出とした。雛形はジェラールの手に渡ることなく破壊され、それを元に作られた機体も多くは設計図を失っている。技術者も行方をくらました今では、もう財団でさえその力を使うことはできんのだ」

 ふうん。ツィナーは腑に落ちぬ様子で頷く。

「それじゃ、今回ばかりは性能に頼ってばかりもいられねえわけだ」

「ツィナー。整備班が示したレポートによれば、お前はまだ巨人の運動性能を十分には引き出せていない。この間の戦闘で高射砲に被弾しただろう。エハンスのものが規格外と言えど、技術の粋を結集した財団の巨人が後れを取るということはない。作戦前にシミュレータで見直すように」

「お前の戦いは勢いだけだからな。隙も大きい」

「グリグ、お前もだ。グレイウルフとの交戦は反省点が多いはずだ。確認しておけ」

「は、かたじけない」

「要点は以上だ。なにか不明な点は」

 ひとつ。そう確かに口にしたオルは、一歩前に出た。その表情は、いつもの倍硬かった。

「敵は例外なく、殺してもよいか」

 これは非常に重大な問題だった。平常時のオルであっても、そう簡単に敵に遅れを取ることはない。だが敵を生かすこともまたアドラスティアの戦いである。破壊が本文であって、死は必ずしも必要ではないのだ。

 しかし、彼がこれを言うとは。嫌な心当たりがあったのは決して僕だけではないだろう。証拠に、ホームズの口が不満でねじれるように開かれた。

 不憫なまとめ役には、この大人しそうでその実最も危険な男にひとつ重要な釘を刺しておく必要があった。

「貴様の判断に任せる。だが、死ぬことは許さん」

「は、承知」

「では、解散とする。各自、任務を遂行せよ」

 この期に及んで、揃わない敬礼がホームズの眉を顰めさせることはない。そのようなことは当たり前であり、むしろ一般隊員などが混ざればより悲劇的な様相を示す。

 ここにいるのは皆、社会からの逸脱者だ。ほとんどが精神に重大な欠陥を抱えている。せめてもの救いとして、柱はその有り余った力が落ち着きをもたらしているところがある。ツィナーなどは、いい例だ。あれで力がなければ、毎晩自暴自棄を起こしてわめき散らしているだろう。あるいは戦場で気が触れて死んでいるか。

 もっとも、そんな彼女もここでは「力が足りない」と暗に言われてしまうのだが。

「グリグ、模擬戦付き合え」

「おう、七番機と三番機はもう動かせるぞ」

「気が効くねえ、じゃあ行こうか」

 騒がしいふたりが消える。いがみ合っている分、この辺りの呼吸は皆が認めるところだ。実際、組むと強いタイプの巨人使いはいるがこのふたりほどの連携はなかなかできるものではない。

 ホームズが執務室に消えると、柱は三人となった。

「オルさん、あそぼ」

「模擬戦という気分ではない」

 そっか。ブランはひとつ思案顔を作ると、オルにぐっと顔を近づけた。

「じゃ、防音室行こ」

 オルは目を丸くするが、すぐにいつもの気のない表情に戻った。その頬は、少しだけ緩んだように見えた。

「それならば」

 かつてのジグール傭兵がこの姿を見たらどう思うだろうか。我らが不死身の指揮官が、十四の小娘にたじたじなのだから。僕も数年彼をここで見てきて、情動と呼べるものを見たことは数えるほどしかなかった。だからこそ、驚きを隠せないというわけだ。

 拠点に防音室がある理由をテンペルに聞いたことがある。理由は明確で、ネメシスがここを使う予定だったからだ。歌姫とグレイは黒い箱でバンドを組んでおり、その名残で希望したのだという。

 だがネメシスはその結成の前夜に、海上の廃工廠を根城とすることを決めた。だからこの施設が残ったのだ。アドラスティアはノースランドでいずれかの陣営に付く予定だったが、それを機にテンペルが設計した施設にそのまま入ることになった。取り残されたこの部屋は、今は一部の柱によって使われている。

 僕は私室で一息をつくことにした。リーブスで女を買っても、ノースランドの交戦地帯で写真を撮っても、どこかで満たされない自分を感じている。巨人には長らく乗っていない。自分が戦うのは、どこか乗り気がしないのだ。

 部屋は四方を壁に囲まれている。窓があってもどうせ闇しかないのだから、ダクトに反響する機械音の方が落ち着くというものだ。人の賑わいや自然などが、今更僕の心を潤しはしない。ここにいるのは、皆そのように乾いた人間なのだろう。兵士はその乾きを、壊すことでしか潤せない。いや、その程度で潤せるのならば、むしろ幸せだろう。

 柱たちは、どうせ何をしても満たされないことを理解しながらここを選んだのだ。

 外とつながる窓ガラスは、キロム国立水族館の大水槽とほぼ同じ厚さとなっている。イワシの群れやコオリクジラの水圧砲の代わりに、極寒の北風と小型ミサイルから施設を守るのだ。

 上空は財団の管理下にあり、いかなる邪魔も入らない。三番機と七番機はもう始めていた。

 このふたりの模擬戦には、どこか惹かれるものがある。互いに苛烈な攻めの応酬を演じたかと思えば、一転して静止し間合いを測る。ツィナーの三番機は片手で支えきれる限界のサイズの大剣を振り回し、その勢いで必殺の一撃を繰り出す。グリグの七番機は同じく大剣だが腰を据えて両手で振るう。

 短期決着しかあり得ないような激しい戦いなのに、腹に付けられたマーカーは傷ひとつつかないのだ。

 左下腕部に装備されたバックラーはジェラールの特殊合金の技術を応用しており、機体の運動性をほぼ損なわずに敵の斬撃を受けることができる。採用されたばかりのこの装備は、ウエストバイアの回転式シールドよりもコストを除くあらゆる点で優れていた。

 ツィナーはかなり大振りな攻撃をする。対するグリグはあくまで動きを見てから。軽快なリズムとは裏腹に、全身を打ち据えるような重い剣戟の応酬だった。

 ツィナーがここに来て二年以上は経つが、心を開いたといえるのは同時に加入したグリグだけだった。それはグリグとて同じなのだろう。彼らはこの模擬戦に、心の潤いを感じているのだろうか。

 であればこそ、その攻めは苛烈を極めた。ここからだと太刀筋がほぼ見えないが、セラミックの刃が発する火花だけがその経過を伝える。乱暴に振り回したどの剣戟にも、強い感情がこもっていた。

 終わりもまた突然。それと知らず剣を振り回すツィナーのマーカーは、すでに潰れていた。二機は空中で静止すると、別々に戻っていく。

 感情を爆発させるツィナーと、こと戦いでは感情を押さえつけるグリグ。二人の焼け付いた瞳が敵をまっすぐ捉える時、それは強い怒りに変わる。失ったものは二度と取り戻せないと知りながら、やり場のない思いをぶつけるのだ。

 帆いっぱいに追い風を受けていたかつての自分であれば、冷笑に捨てただろう。ふたりは敗者だった。彼らだけではない。今の自分も、オルも、ホームズもだ。勝者の定義は難しいが、少なくとも世界に溶け込めないものをそうは呼ばない。群れられず、かといって孤独にも耐えられない者が敗者なのだ。

 飢えにまかせ、戦うしかなかった。そしてこれからも戦うのだ。年始のウエストバイアまで、敗者はその肥大した角を磨き続ける。それは決して誇るためではない。他者を傷つけ返り血に濡れた角を見たとき、柱は束の間の満足を得るのだ。

 ハレー。背後からの低い声は、いつもの乾ききったものとは少し違っていた。

「オル、どうした」

「話がある」

 それは珍しいことだった。

「構わないが、場所を移すか」

「ここでいい」

 演習場が見える小さなスペースは通路と直結しており、人払いがしづらい。だがここは、施設の広さの割にほとんど人がいない。聞かれる心配も少ないだろう。

 口数の最も少ないオルは、いつもの低い声をさらにひそめた。

「次の戦場には、倒すべき敵が来る」

 ネメシスのグレイウルフか、歌姫か。あるいは、ジェラール第三師団のライルのことだろうか。彼は砂漠の傭兵を憎んでおり、殺すことも考えているのは当然といえた。

「オル、何が言いたい」

 オルは先の言葉を、発さなかった。私はその意味を今一度確かめるために、目の前の男に問うた。

「あれを、使うのか」

 あえて明言を避けてそう言った。それは端的に言うならば、彼の本気だ。

「だがホームズは使わぬようにと言っていた。それには同感だ。今回の戦いは難しい。勝てばよい、壊せばよいというものではないのだ」

 ハレー、間違うなよ。何十倍にも希釈されているが、その声には確かに怒気が含まれていた。

「我々がどんな約定でここにいるか。その上で敵を前にして、壊してはならんと。あまりに我々を愚弄してはいないか」

 砂漠は、俺の全てを奪った。オルは悲痛な面持ちでここまで口にした。

 無論、よくわかっていた。だからこそ、私は口をつぐんだ。だが説得はすべきだった。

「オル。しかし今は」

 手で制止され、言葉が途切れる。オルは落ち着きを取り戻し、まっすぐこちらを見た。

「わかった。確約はできぬが、使わずに行くことにする。それで何か見いだせるかも知れぬからな」

 たまらずため息をつく。懸念材料のひとつが、解消の糸口を見出せた。

「今はブランもいる。第三と第五が抜けたことによる戦力面の不安はもうないだろう。我々は無敵に戻った」

 オルの目は少しだけ見開かれた。それも彼の感情なのだろうか。少し目をそらしながら、声を低くした。

「だといいが」

 ジグールの傭兵隊長は、殺すだけの機械として今まで生きてきた。それに何か、変化があったのだろうか。

 アドラスティアが災禍として、真にすべきことは何か。私は、ハレーは考えねばならない。全ての戦争、全ての平和を敵に回し、我々が向かう道はどこか。今はこう決めるしかなかった。

 答え合わせの日に、結論をもって臨もう。


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