第17話_それぞれの場所で2

「くそっ! どうしてこうなった!」

あの小娘か。あれさえいなければ、作戦は成功していたはずなのだ。

「うふふ。いいざまね。……そうよ。そうやってもっとわたしに憎しみと復讐を頂戴な!」

近くから声がした。

「ちっ。エクセクラか。おまえの趣味なんかに付き合ってられるか」

声のした方をみると、予想通り、黒いローブをまとった背の高い女がいた。

「まあ! そんなつれないことを言わないで頂戴。わたしはあなたに手を貸してあげたのだから。それでも失敗したあなたはみじめなのだけれど」

一言多い。だが、それを否定できない結果となってしまったのだから返す言葉がない。本当にあれにはひどい邪魔をされたものだ。俺は沈黙を保った。

 エクセクラの言う「手を貸した」とは[鋼竜]の呪いのことだ。エクセクラは魔王軍幹部のひとりであり、呪詛を得意とする。特に得手不得手はないはずだが、対象に激しい憎悪を植え付け、凶化、暴走させることを好む。今回もその例に漏れず「怨念を与えた」と言っていた。

 そういう俺も魔王軍幹部のひとりだ。人間たちは魔人であれば誰でも魔物を使役できると思っているようだが、実際はごく一部だ。ほとんどの魔人は魔物に襲われにくいという程度であり、魔物に襲われて命を落とす魔人も珍しくはない。魔物と魔人の間に特に関係はないのだ。魔物を使役できる一部の魔人というのはそういう才能をもって生まれてくる。エクセクラの呪詛もそういう才能のひとつだ。俺のように軍勢と呼べるだけの数の魔物を使役できるというのは傍目に見ても破格の性能であり、その才を買われて幹部の座を与えられた。……まあ、幹部と呼ばれる者たちはそれなりの数いて、まだ功績がない俺は序列で言えば下の方なのだが。ちなみにエクセクラは上の方だ。

「それにしても、あの娘は凄かったわね。たったひとりで[鋼竜]を倒しちゃうんだもの。せっかく千の魔物だけでなく、ダマスカス鋼まで用意したというのに」

実際に用意した魔物は千ではきかないが、「たくさん」という意味では合っている。そして、ダマスカス鋼を用意したのは彼女だった。ダマスカス鋼の刀剣は魔王軍の中でも人気が高い装備だ。それを餌として使うなどという理由で譲ってもらえるはずはなかった。ましてや、自分で振るうからなどと言えるはずもない。俺は剣なんか扱えない。となれば、自分で調達するしかなかった。だが、調達するといっても方法は人間に紛れて剣を買うか、持っている奴から奪うかのどちらかだ。まだ、生まれてから日が浅く、個としての実力が未熟な俺にはどちらも不可能と判断するしかなかったのだが、作戦のためエクセクラに声を掛けたところ、あろうことかあっさりと持ってきたのだった。これが序列の差かと震えたものだ。聞けば「拾った」とのことだったが。真相は知らん。

「くっ。こんな恥をかかされたのだ。しっかりと俺の手でその息の根を止めてやる」

俺は復讐を誓う。小娘などに俺の栄達の道を邪魔できるはずがないのだ。

「うふふ。精々頑張ることね」

彼女はそう言って立ち去ろうとし、ふと足を止めこちらを振り返った。

「今回のは貸しだからね。くれぐれも忘れないでよ、アスザール」

そう言い置くと再び前を向き、今度は足を止めることなくその場を後にした。俺はただ憎々しげにその背を見送った。

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