第16話_それぞれの場所で1

 俺は城に呼ばれていた。今回の件についての情報交換と今後の対応を協議するためだった。俺は冒険者ギルドフエンテ王国王都支部の支部長ギルマスだ。既に帰還した冒険者たちからの報告で[鋼竜]がダマスカス鋼を取り込んだらしいことは聞いていたが、その後がどうにもはっきりしていなかった。国王の発表で討伐されたということが伝えられたが、それを受け止める方は半信半疑といったところだ。そう、肝心の「どうやって」の部分がはっきりしていないのだから。常識的に言って、それにダメージをいれるにはアダマンタイトの刀剣のような、それこそ国宝の聖剣でもなければ不可能に近い。しかし、それが振るわれたという話は聞かないし、そんな目立つものをもっている冒険者は確認できていなかった。

「おう。久しいな、クライン」

俺は案内された部屋に入ると同時、名を呼ばれた。その声には聞き覚えがあった。

「タツオミか。お前も呼ばれていたのだな」

声のした方を見れば年季の入った厳つい風貌の男がいた。その記憶と変わらない姿に一抹の懐かしさを覚えながら俺はその名を呼んだ。

 タツオミは今でこそ宿屋のオーナーなどしているが、かつては騎士団の団長だった。その実力はかなりのもので、今いる大陸の隣、東の大陸の攻略の取っ掛かりとなる「ポーラー海峡戦」での華々しい活躍で大陸中にその名が知れ渡った。そんな彼は「渡り人」だ。第一職業は[勇者]で武器は片手の直剣だった。彼はとてつもない速さで職業レベルを上げていき上限の「50」を迎え、第二職業を得た。彼が選んだのは[錬金術師]だった。[錬金術師]は鉱石や金属などの素材を精製、錬成し素材の価値を高めていく職業だ。術師の中でも戦闘には不向きと言われており、ステータスでは魔力量に掛かる補正が大きい。精製や錬成で消費する魔力量は他の攻撃の魔法で必要とされる魔力量よりも多いことが理由ではないかと言われているが、それは神のみぞ知るところだった。彼は第一職業が[勇者]であることと合わせ、結果、膨大な魔力量を得た。そんな彼だからこそ可能になった特技が[叢剣そうけん]だ。地面から無数の刃を作り出し、敵をほふる。この刃は大陸のどこからでも採れる銀から作られていたので、「銀剣」の二つ名の由来となった。

「まあな。退役した身だといったんだが、どうにも姫様が連れてきた嬢ちゃんがなにかやらかしたようでな」

「うん? なん……」

一瞬なんだそれはと言いかけ、思い当たった。そう。毎日第二王女様と狩りに出て、四十ほどの[森ウサギ]を納入していたあの少女のことに。確か名は――。

「……アカネ、だったか」

俺は確認するように言った。彼女のことはよく覚えている。一週間ほど前、突然現れたと思えば姫様と行動を共にするようになった[武闘家]の娘。登録する際にステータス値が異常だったとして報告が入ったのがきっかけだった。ギルドカード発行の場にいたわけではないので報告以上のことは知らないが、職業補正無しで戦士職のおよそレベル「20」相当だったという。また、対応も少し不思議だったらしい。普通であれば職業の適性を見てから職業を決めるのだが、彼女は適性があることをまるで初めから知っていたかのように[武闘家]を選択したそうだ。これらの情報から彼女もまた「渡り人」ではないかと言われていた。

「ほう。なにか心当たりがありそうな顔だな」

そんなに顔に出ていたのか。

「まあな。ギルドじゃ期待の注目株だったからな。噂は彼女のことでもちきりだったよ」

冒険者の情報については守秘義務があるため適当にはぐらかす。どうせすぐにこの場で話すことになるのだろうが。そう思って会場を見回す。あまり広くはないこの部屋に騎士団長、術士団長を始め、錚錚そうそうたる顔ぶれが並んでいた。こうして顔を合わせるのはこれが初めてではない。この国は冒険者の国と呼ばれるほど冒険者に対する保護は手厚い。その打ち合わせに何度も呼ばれていた。俺は他の面々とも挨拶を交わした。

「国王ガルディア・ド・フエンテ様、第二王女ミツキ・ド・フエンテ様がお見えになりました」

この言葉に部屋の空気が一気に引き締まる。開かれたドアから現れたのは標準的な体格の男性。その後ろを歩くのは小柄な少女。この少女は先遣隊――という名の当て馬――を任された王女様であり、前を歩くこの男こそがフエンテ王国を治める王である。現国王は四十代半ばであり、一国の主としてはかなり若いだろう。だが、この国の王族は代々武勇に優れた者を多く輩出しており、戦えるものが王となるという代々続く掟があった。現国王も剣の才があり、この国でも屈指の実力を持っている。第一王子も既に王太子になられているが、やはり相当に実力があるそうだ。

「会議を始める」

国王が会議の開催を宣言した。


***


 街の南方に現れた鋼竜を迎え撃つために冒険者たちが出立したその日の夕方、突如として街の北側に魔物の軍勢が現れた。そのほとんどは中級以下であり、個でいれば気に留めるほどのものではない。しかし、それが集まって多数の軍勢となって真っ直ぐに街に向かってきているとなれば、当然それは大きな脅威となる。城では[鋼竜]が陽動であるとして、本命と思われた魔物の軍勢を迎え撃つことに決まった。本隊を王都こちらに置いていたのだ。防衛戦で引けを取るはずがなかった。襲撃は失敗。勝ち戦だと誰もが疑わなかった。そんな中で伝令役の[召喚術師]の使役魔物による空便でもたらされた一報。それはその場にいた者たちに大きな衝撃を与えた。


――[鋼竜]がダマスカス鋼を取り込んだ


 [鋼竜]こそが本命で、街を襲う魔物の軍勢は足止めでしかない。この事実は劇薬だった。城では作戦の変更が即座になされ、解呪ができる者たちを護衛と共に前線に送ることが決まったのだった。

 しかし、隊が到着すると既に[鋼竜]は死体と成り果てていた。その場に居合わせていた騎士たちに話を聞くと冒険者の少女と姫の使役魔物が倒したという。しかし、肝心のどうやってというのが要領を得ない。わかるのはやった本人だけだが、普通に攻撃しただけといって明かさないという。ただ、事実として[鋼竜]は絶命しており、その場に居合わせた複数の騎士から証言も得られているという。

 肝心の精霊は無事であり、[鋼竜]によって穢された大地を浄化すればすっかり回復したようだった。しかし、よくよく話を聞いていくと精霊は極度に衰弱しており、隊の到着を待たずして命を落とすだろうと思われた。それを、ミツキ様が精霊様と召喚契約を結び、治癒することでその命を繋いだという。そして、その提案をしたというのも冒険者の少女だったとのこと。


***


 その報告を聞いた者たちは皆ただ黙っていた。たったひとりの少女が救国の英雄のごとき働きをしていたのだ。俄かには信じがたい。だが、その一方で「渡り人」たちが持つ特殊な能力もまた目をみはるものがあるのだ。御伽噺おとぎばなしだといって笑い飛ばすこともできない。

 だが、俺はなによりも肩書きを持つものとしてひとつ確認しなくてはいけないことがあった。

「俄かには信じがたい話ではありますが、事実確認ができているとのこと。その少女にはギルドを通じて討伐報酬を支払うということでよろしいですか」

報奨金は既にギルドに預けられていた。報告通りの活躍をしたのであれば一刻も早く支払ってやらねばならない。そして報告からすれば十中八九「あの」少女だ。当日の朝にギルドで騒いでいたという報告も聞いている。

「ああ、もちろんだ。くれぐれも頼むぞ。……して、その少女のことなのだが。クライン、タツオミ。お前たちを呼んだのは他でもない。アカネという冒険者のことを聞きたい」

報酬のことがふたつ返事で了解が得られたことに安堵する。ここで揉めるとは思ってはいなかったが、回答次第で対応が変わると思うと不安にもなる。

 さて、まだ決めるべきことはあるというのに話題が移った。王の一番の関心事ということだろう。というか、俺はこのために呼ばれたのか。とすると、他はすべて決まっているということか? ……会議とは名ばかりだな。話した後は報告を聞くだけなのか。

 そして予想通り、俺とタツオミが件の少女のことについての知る限りの情報を王に報告した後は、残りの山積した事後処理の方策がとんとんと決まっていった。……ほんとに会議とはなんだったんだか。

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