第15話_鋼竜3

 [鋼竜]が見境なく暴れるようになってから明らかに時間当たりの攻撃回数が減っていた。攻撃のパターンが読めないので、どうしても接近を躊躇ためらってしまう。しかし、タイムリミットは刻一刻と迫っている。ほんと、パーティだったらな、と思う瞬間だった。でも、ないものねだりをしてもしょうがない。ひとりで突っ込んでいったのはわたしで、そう決めたのもわたしなのだ。手助けが無いことに文句を言う相手はどこにもいない。また、一撃だけ加えて即離脱する。深追いはしない。それで痛い目を幾度もみてきたのだ。極力リスクは取らないように行動する。今がすでにリスクとかいらないツッコミはしない。

 相手の体力ゲージを確認する。ようやく半分に届いたといったところ。やっぱり、出だしよりも削れ方が小さい。このままのペースではミツキたちに被害が出るのも時間の問題だろう。とはいえ、わたしひとりでは特になにかできるわけではない。このまま少しずつ削っていくよりない。

 そんな時だった。[鋼竜]がある動作をとったのだった。それは「竜」を冠するものたちが行使する凶悪な特技スキルを放つ前動作。


――ダメ! そっちはミツキたちがいるのに


わたしの願いもむなしく放たれ――ることはなかった。[鋼竜]は不自然な体勢のままで硬直した。何が起こったか考えるより先にわたしは攻撃を叩きこむ。一通りの攻撃を加えて大きく下がった。ざっと五パーセントほどを削ることに成功した。[鋼竜]の様子を見るに精神干渉系の魔法による阻害だろう。だれがやったのだろうか。辺りを見回すと、頭上にロロがいた。

「……ロロがやったの?」

わたしは[鋼竜]を視界に収めつつ訊いた。

「……はい。微力ながらお手伝いさせていただきました。お役に立てたでしょうか」

随分と主張が強いものだ。[ブレス]の発動キャンセルに行動阻害でチャンスを作ったくせにお役に立てたでしょうか、だと。憎たらしい。

「……まだまだね。とどめが刺せていないもの。手伝うというならしっかり働いてちょうだい」

敢えて褒めないことにした。まあ、油断するなという意味合いもあったりなかったりする。

「……手厳しいですね。ですがその通りです。……いきま――」

「ガアッァァッ」

悲鳴のような声と共に、がばっと[鋼竜]の口から何かが溢れてきた。

「……なんなの、一体」

わたしは率直に言葉にする。

「……吐瀉物でしょうね。あれだけ内部にダメージが蓄積すれば、普通なら内臓が無事では済みませんから」

粘度の高そうな銀色の液体。おそらく水銀だろう。[鋼竜]の身体のほとんどは金属だ。ならば体液も金属からなると考えるのが自然というもの。金属は金属に溶けやすいのだから。……というか、あれ、バステないよね?

 再度、合図してわたしたちは行動を開始する。ロロが精神干渉の魔法を使い隙を作り、わたしが攻撃を叩きこむ。これだけのことで先程とは打って変わって、さくさくとゲージが削れていく。そしてついにその巨体が地に伏した。後ろの方から「まじか」「すごいな」「うそだろ」などの声が聞こえてくる。けれど、まだ終わっていない。

「……あと、二割、か」

わたしは呟いた。

「……二割、ですか?」

「そう。まだ、HPゲージは残っているの。どうして行動を止めたのかはわからないけど、きっちり仕留める必要があるわ」

スキル[透撃]を使い、容赦なく蹴りを入れていく。そして、HPゲージが消えたことを確認して討伐が終わったことを告げた。

「……まあ、あれだけ衰弱していれば動けなくても、むしろ自然ですけどね。死ぬ間際まで普通に動けるのは死霊系のアンデッドやゴーレムなどの生き物でないものくらいと思います。……死ぬという表現が似合わないものたちばかりですが」

ロロの言葉になるほどと思う。この世界ではHPが「1」あるからといって動けるわけではないということなのだろう。HPゲージを生命力と考えれば、残り二割まで衰弱してなお差し障りなく動けるというのは非常識と捉えることができる。高熱を出しただけでまともに歩けなくなることを考えれば、HPがどのくらいまで削れたらまずいのか、把握する必要があるかもしれない。けれど、それはまた追々ということにする。

「……なるほどね。……うん。ありがとう。それと、ロロ。お疲れ様。……ありがとね、助かったわ」

今度は素直にお礼を言った。なんだか照れくさい。

「……お疲れ様です、アカネ様。……こちらこそ、ミツキ様を助けていただきありがとうございます」

そういえば、ミツキを助けるとか、そんな感じのことを言ったんだっけ。……まあ、結果オーライよね。わたしは視線を泉の方へ向けた。

「ミツキ」

わたしとロロはミツキのそばまで移動する。騎士の人たちにお礼を言ってもらえたけれど、わたしも彼らもそれどころではなかった。まだ、困難が残っているからだ。わたしたちの視線は自然とミツキの手元に集まる。水の精霊だ。精霊は予想以上にひどく衰弱しているようで、ゲージを確認すると十五パーセントほど。そして呪いによる衰弱のバッドステータスがついている。深度は「2」。効果はHPゲージの最大値の大幅な減少と微細な被ダメージ。やはりというか、あの水銀にはバステがあったようで、あの後からスキルが効かなくなったらしい。とすれば、泉とその周辺の大地の浄化が済むまでは外れないということになる。そして事態を深刻にするもうひとつの材料があった。精霊は治癒の対象にはならないため、光魔法および[聖術師]のスキルではHPは回復しないということだった。これは死霊系のアンデッドやスピリットなどにもいえることで、通常の手段では治癒できないのだ。わたしたちはただ、精霊が弱っていくのを見ていることしかできなかった。

「わたしのスキルレベルが足りていれば」

ミツキがそう言うが、足りないのだからしょうがない。たしかに足りていれば、[鋼竜]が穢した大地をスキルで浄化してバステを外すことができたかもしれない。けれど、できないものはできない。ないものねだりをしてもしょうがないのだから。

わたしは一つの可能性を提示することにした。後悔をしないためにも。

「ミツキ。この精霊と契約できる?」

この国でこれがどんな意味を持つのか、わたしにはわからない。けれど、重大な意味を持つだろうことはわかる。

「……可能だとは思います。けれど、なぜ?」

わたしは説明をする。[召喚術師]の回復は光魔法や[聖術師]のスキルの対象から外れる死霊系のアンデッドやスピリットにも有効なのだ。ということは、精霊にも有効である可能性がある。試してみる価値はあるはずだ。

「……ですが」

ミツキは決断できずに周囲の顔を窺うように見回した。そして一人の騎士が前に出た。

「姫様。どうか精霊様をお救い下さい」

その言葉を受けて、騎士たちが次々と精霊を助けて欲しいと訴えた。

「……わかりました。わたしが契約をさせていただきます」

ミツキは強い決意をにじませてそういうと、スキル[召喚契約]を発動した。契約はなんの問題もなくあっさりと結ばれ、ミツキの使役魔物ならぬ使役精霊となった。そして、問題の治癒はというと――

「ミツキ。HPゲージが回復してる。成功だよ」

わたしは笑顔を作って言ってやる。そばにいた騎士たちからは歓声が上がり、ミツキは――

「……良かった」

そう静かに呟いた。雫が頬を伝った。

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